第26話

 水込村から帰って数日。岡崎は島部に事の顛末を話すため、大学の部活棟を訪れていた。数日でポテトチップスやコーラの空き容器の目立つ部屋へと逆戻りした部室に溜息をつきながら、畳んでおいてあったパイプ椅子を広げて行儀よく座ってから口を開く。

「先輩、手助けありがとうございました。おかげで色々と捗りました」

「そーかい、そりゃ良かった。俺の睡眠時間は高くつくぜ?」

「そうですね、なのでちゃんと差し入れを用意しましたよ? ポテトチップスの新味です、まだ食べてないかと思いまして!」

「そりゃ気が利くことで」

 島部は岡崎の差し出したコンビニの袋を受け取り、中をごそごそと漁っている。岡崎は自分の荷物からお茶を取りだして、彼のお眼鏡にかなうポテトチップスが果たしてあったかどうかを遠目に見ている。

 新入生はまだ来ない。入学式を数日後に控えた大学内は、入学式の準備で体育会系の部活が軒並み駆り出されているせいで部活棟は嫌に静かだった。文化系の部活は新学期まで活動をしていないのだろう。軽音楽部のの楽器の音さえしない部活棟は酷くしんとしてがらんとしている。

「先輩」

「んあ?」

「先輩は、自分の命を投げ打ってまで私の事助けに来てくれます?」

「そんなことするわけねえだろ、俺は自分の命がいちばん可愛い」

「そうですよねえ」

「今回は向こうに協力者がいたんだってな」

「はい。作家の風嵐先生って知ってます? あの方と、梶野さんのお兄さんがいらしたので何とかなりました」

「逆に言えば、そこ二人がいなければお前共々依頼人は向こうで精肉加工されてたかもしれないって話だな。だから軽々しく依頼を受けるなって言ってんだよ」

「そうは言っても、興味深かったんですもん。仕方ないじゃないですか」

 島部へそう言い返しながら、岡崎は持ち込んだ新聞のある記事を眺める。地方欄に小さく載ったその記事は、あの水込村のものだった。

 ーー村民全員不審死、大量殺人の可能性も視野に入れて調査。

 あの後水込村の村民は、不可解な死を遂げたらしい。第一発見者は移動スーパーの運転手で、村の大きな道にそって村民が一列に並び死んでいるのを見つけたのだそうだ。

 オカルト掲示板には村の写真が数枚アップされ、一時お祭り騒ぎになっていた。一列に並んだ村民の首は一様になく、生首が遠くに並べられていたのだという。

 不思議とその周囲に血痕などはなく、地面や被害者の衣服は綺麗なままだったそうだ。事件内容が事件内容のため、テレビや週刊誌などでは取り上げられずインターネットの中だけでその事件は静かに息づいている。

 それくらいが良いのだと、岡崎は思う。あの土地は神の寵愛を受ける手段を無くしてしまった。梶野を花嫁に捧げていたとしても、姉である梨佳が既にいないだけいつか来る終わりが早まっただけだ。

 詩嶌もあの村で子を成し、神を信仰し続ける気もなかったのだ。いづれは訪れる終わりが、思ったより早くあの村を襲っただけに過ぎない。

 神の寵愛がなくとも、成り立つ都市はある。大都会なんかは、目立って神を信仰したりしていない。そんな文化は下町に少し残るだけで、大都会にはネオンとLED照明だけが満ちている。

 だが、あの村は神の寵愛が必須だったのだろう。障害児だけが捨てられて出来た村。そんな社会的弱者のみで形成された村は、神の力を得なければどうにもならなかったに違いない。

 すかわて様がどんな神なのか、ついぞ分からないままだったが、自身が土地を去る時にその住人を連れていく優しさがあるだけ良い神だったのかもしれない。あんな前時代的な悪習さえなければ。

 岡崎がそんなことを思い巡らせていると、きい、と控えめな音を立ててオカルト研究部の扉が開かれた。新しい依頼者かと思って視線をやると、扉の向こうには元気そうな顔をした梶野と詩嶌の二人がたっていた。

「急な来訪、すいません。依頼したのに依頼料をお支払いしてないなと思いまして」

「いいんですよ、私と先輩は楽しんで依頼受けましたから!」

「ですが、気持ちだけでもちゃんとお礼をしたくて……。なのでケーキを買ってきたんです、一緒に食べませんか」

「ケーキですか!? 本当にいいんですか!?」

「はい、西園寺先輩もいらっしゃればと思ったんですが、そちらはオカルト研究部の方ですか?」

「あー、一応部長をしてる島部ってもんだ」

「あ、これは初めまして、梶野莉奈と申します。この度は岡崎先輩に助けられまして……」

「ああ、話は聞いてる。そっちがお兄さんだな」

「はい、自己紹介が遅れました。梶野詩嶌です。妹がこの度はお世話になりました。なんとお礼を申し上げていいやら……」

「気にしなくていいんですよう!」

 岡崎はニコニコ顔をして、床にちらばったゴミを足で部屋の隅へと追いやった。埃や食べかすが落ちている床だが、リノリウムが見えている方がまだマシだろう。そんな思いつきで急ごしらえで片付けられた物質に二人を招き入れ、紙皿を出す。

 いつぞや持ってきた折りたたみ式の電気ケトルでペットボトルの水を沸かし、ティーバッグの紅茶を入れて紙コップのまま二人に渡す岡崎。紙コップを受け取った二人は、少しだけ重々しい口調でこんな話を切り出した。

「母は、あの村で死にました。岡崎さんはご存知でしょうが」

「例の村の不審死ですね、インターネット掲示板で見ました。咲穂さんは、あの後村を出なかったんですね」

「はい。迎えには行ったんですが、すかわて様が梨佳を返してくれるまで村にいると言い張って。もう何が何か分からなくなっていたんだと思います。神の力を持ってしても、死者は生き返らないということが母には分からなくなっていたんです」

「そうでしたか。詩嶌さんは今どちらに?」

「元々一人暮らしをしていたので、マンションに戻っています。莉奈もその近くに越してくる予定で」

「はい。そろそろ自立しようかなと思っていたところなので」

「それはいいですね、咲穂さんの事はご愁傷様でした。あの村、悪いところばかりではなかったんですけどねえ」

「あんな事件が起きてしまっては、もう誰も住まないでしょう。神がいようといまいと、いつかは限界集落になってひっそり終わって言ったんだと思います」

「それはそうかもしれませんね」

 岡崎の肯定に、詩嶌は少しだけ苦しそうな顔をした。不審死というからには、まだ咲穂の遺体は帰ってきていないのだろう。まだ葬儀が残っている今、前向きな気持ちになれないのは仕方がないのかもしれない。

 岡崎はケーキをつつきながら思う。神によって村が終わるのと、老化によって村が終わるの。どちらが良かったのだろう、と。

 どちらも地図上から村が消えることに変わりはないが、残された家族としてはどちらが納得出来たのだろう。

 後者だろうか、それとも幸せなままで死んでいけた前者なのだろうか。詩嶌の反応を見るに前者ではなさそうだが、他の人間は果たしてどう結論づけるのだろう。

 そんなことを考えながら、岡崎はケーキを口に運んでちらりと外に目をやった。外では早咲きの桜がひらりと、その花弁を落としていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る