四茂野村の怪

第27話

 水込村の奇祭に出向いてから、約一ヶ月。桜は咲いて散り、すっかり葉桜になっていた。入学してきた新入生でどの教室も溢れ、眩しさを感じる毎日を岡崎は送っていた。

 新入生が入ったことで部活棟は賑わいを取り戻し、どの部活も勢い付いている。だがそんな勢いや喧騒から遠く離れたオカルト研究部は、島部と岡崎のたった二人だけで運営を続けていた。

 今日も今日とてポテトチップスの袋や、コーラの空き容器に溢れる部室を片付けながら。相も変わらずソファで寝っ転がる島部へ、岡崎は小言を漏らす。

「先輩、そろそろ他の部活からゴキブリの苦情入りますよ」

「勝手に言わせとけ、その後なんかあったら恩を売ったと思っとけばいい」

「そういう問題じゃないですって。私もこんな汚れた部室嫌ですよ」

「なら頑張ってお前が片付けることだな」

「先輩……。こんなにポテトチップス食べてたら太りますよ。健康診断で引っかかっても知りませんからね」

「残念ながら大学の健康診断には採血はないからな」

「ああ言えばこう言うんですから……!」

 岡崎がゴミ袋にポテトチップスのゴミを入れながら島部の方を睨めば、割れ知らずといった様子で視線が逸らされる。その様子にも腹を立てながら部室の掃除をしている時だった。部室のドアが控えめにノックされた。

 来客の予定はなかったはずだ。島部へ視線をやってみるが、彼にも思い当たる節がないらしく不思議そうに体を起こしている。

 ついに害虫の苦情が来たか。岡崎が頭を下げる気持ちでどうぞと声をかければ、ドアがゆっくり開かれた。怒りに任せて開かれた様子でないだけ、苦情という線は消えたかもしれない。

 ドアの向こうに立っている人物へ視線を向ければ、そこに立っていたのは小柄な女性だった。ウェーブのかかった明るい髪と、女性らしい柔らかな線を描くスカート。おっとりとした表情は、人好きのしそうな優しさを孕んでいる。

 知り合いにこんな人はいただろうか。岡崎と島部が困惑していると、一歩踏み出し部室へと入りながら女性は言う。

「初めまして、私平坂累といいます。オカルト研究部はこちらでお間違いないですか?」

「え、はい、オカルト研究部はここで合ってますけど何かご用ですか?」

「ええ、オカルト研究部の方ならご存知だと思うんですが、四茂野村って知りませんか?」

「四茂野村……。あの行くと帰れないって噂の?」

 島部の返答に、平坂と名乗った女性はにっこりと笑顔を浮かべて頷く。突然飛び出た四茂野村という地名に、岡崎ははて、と首を傾げた。

 四茂野村。旧四茂野集落を指しており、戦中に爆撃で焼け野原となり、住民のほとんどが死に絶えたため地図から消えた集落だ。島部が言った通り、オカルト界隈では「行くと帰れない村」として有名なそこが会話の流れで出たことが謎だったのだ。

 四茂野村へ行こうとして、悪路のため諦めたという話はよくインターネットで見る。オカルト掲示板でも数度、その書き込みと写真を見たことがあった。

 そんな旧集落跡の話が何故自然と出たのか。岡崎は体を起こし、ゴミ袋を手に平坂の方をよくよく眺めた。

「オカルト研究部に所属している方なら、興味ありませんか? 四茂野村」

「確かに興味はありますけど、あそことてもじゃないですけど車で行けたような道じゃないですよね?」

「ふふ、確かにそうかもしれません。でも私、四茂野村へ行って帰ってきたんです」

「……え?」

「四茂野村は今もあります。オカルト的な噂が独り歩きしてるだけで、今でも生活を営んでる方が多数いらっしゃるんですよ」

 ですから、一緒に四茂野村へ行きませんか?

 平坂は平然とそんなことを言ってのけた。その言葉に岡崎と島部は顔を見合せ、もう一度平坂の方を見た。

 冗談を言っている様子はない。真剣に岡崎と島部を誘っているらしい。一度行けば戻れない村に人を誘っているようには見えない彼女に、岡崎は困りきってしまった。

 正直な話をすれば、もちろん四茂野村に興味はある。だが、誰も村にすら辿り着けたことがないそこに、彼女だけが辿り着けているというのはおかしな話だ。

「あの、カフェへのお誘いとかじゃないですよね?」

「はい、勿論です。お二人は四茂野村、ご存知ではありませんか?」

「いえ知ってはいますが、先程も言った通り辿り着くことすら出来ない場所にどう行くんですか?」

「インターネットで知り合った方に連れて行って頂いたんです。道は覚えてますからナビゲートします」

「本当に、四茂野村へ行けるんですか?」

「はい。私が行って戻って来てますから。信じてください」

「信じると言っても……。四茂野村じゃなくて、別の村に到着したって線はないですか? 近隣に村があったとか」

「ありません。住民の方に四茂野村だと聞きましたから」

「ええ……」

 頑なな姿勢に、岡崎はお手上げだった。西園寺も頑ななところはあるが、ある程度話を聞いてくれる柔軟さがある。それが一切なく、自分の主張を通そうとする平坂に岡崎はもちろん、島部も不信感を募らせていた。

 先輩、どうします。

 視線で島部へ問うも、彼は首を横に振って手をあげるだけだ。彼もお手上げ状態らしい。

「ええと、平阪さんですよね。こちらにも都合があるので、お返事は後日でもいいですか? あと一人、人数が増えてもよろしいですか?」

「はい、それは構いませんが出来るだけ早めにお返事頂けますか? 私、四茂野村に引越しをするんです。なのでそのついでにご案内をしたいと思ってるので」

「引越し、ですか……。分かりました。出来るだけ早くお返事するので、連絡先を伺ってもよろしいですか?」

「はい、携帯の番号でこちらになります」

 比良坂は自分の手帳に電話番号をさらさらと書き、ページを破いて岡崎へと差し出す。岡崎が受け取ったのを見ると、再度にこりと笑って廊下へと出た。

 そしてくるりと振り返り、軽く頭を下げてお返事お待ちしてますねとだけ言い残してその場を去った。

 岡崎と島部はそれを瞬きで見送り、平坂の背中が見てなくなってから口を開く。

「あれ、岡崎はどう思う?」

「ハッタリを言ってるんじゃないと思います。多分、本当に四茂野村に連れていくつもりなんだと思いますよ」

「サイコ女か? まあとにかく、西園寺にも相談して決めろ。俺も頭数に数えられてる以上、バックれられないしな」

「先輩興味無さそうなのに来て下さるんですか?」

「水込村の時みたいに、暴力で全て解決する女二人で行かせられるか」

 島部の苦々しい顔に、岡崎はふいと視線を逸らした。祭壇を焼いたことを話した時から、呆れられている自覚が彼女にはあった。それゆえ、そう言われてしまっては居心地が悪かったのだ。

 とにかく西園寺先輩に一度聞いてみますね。岡崎はそう話を区切り、スマートフォンをポケットから取り出した。

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