第22話

「棺から罹は、追いつかれたらどうなるんです?」

「風嵐に話を聞いてきたか。……あれは、追い付かれると発狂して自死する怪異だ」

「発狂して自死、ですか。妙ですね、そんな怪異が全員に現れていたんですか?」

「少なくとも風嵐には生じていた。アレは儀式の日に発狂して村中を走っていたからな」

「その口ぶりからするに、詩嶌さんが風嵐先生の言っていた協力者ですね?」

「……まあ、そうなるか」

 詩嶌は少し答えづらそうに頷いた。風嵐の協力者が詩嶌であるということは、彼女の契約主が詩嶌だということになる。そうなれば契約の内容は自ずと見えてくる。

 梶野梨奈が“成人の儀”を行うために戻ってきた際、無事に日常へ返す手伝いをしろ。恐らくそんなところだろう。だとすれば風嵐がこの村へ戻って来た理由も、彼女が棺から罹について情報提供を行うのにも理由が付けられる。

 梶野は詩嶌の愛によって守られようとしていた。それは美しい家族愛であり、兄妹愛だ。西園寺にはそれが眩しいやら羨ましいやらで言葉をかけることが出来なかった。

 岡崎は自身の姉や弟がオカルト的なことに巻き込まれた時、果たして周囲に根回しをして無事に生還させることが出来るかが自信なかった。人との関わりを絶ってきた以上、そんな時頼れるのは西園寺や島部しかいない。

 この二人なら嫌な顔をせず頷いてくれるだろうが、それでも遠慮のようなわだかまりが生まれてしまう。それは遠慮であり、そしてある種の排斥であるように思う。

「風嵐先生の協力者だということは、詩嶌さんはこの村の因習について良くは思っていないと思ってよろしいですか?」

「当たり前だろ。令和になって久しいのに未だに生贄を要求する文化が生き残っていること自体、あまりにも前時代的すぎる」

「それには同意見です。私達は生贄になるために来たわけでもありませんし、早いところこの村から出たいんですが送っていただくことは出来ませんか?」

「無理だな」

 詩嶌の返答は非常に短かった。否定の言葉を飾らずにぶつけられた岡崎は、少し瞬きを繰り返したあと考え込む。出来ないというのなら、どうこの村を出るか。その方法を早急に考えなければならない。

 岡崎の思考が読めているのか、詩嶌はさらに続ける。

「朝から車を動かそうとすれば、村人に気付かれてそこで無理矢理祭壇に連れて行かれてもおかしくない」

「あー、そこで閉鎖的な村の悪い所が出てきますか」

「狙うなら、“成人の儀”がつつがなく行われると奴らが浮き足立った時だな。浮き足立ってくれさえすれば、隙を突くのも難しくはない」

「確かにそう言われてしまえばそうですね。ということは、何も知らない振りをしてそれを待たなければならないということですね」

「そうなるな。お前達には負担になるが」

「いえ、助けがいると分かっただけ心強いですよ! レンタカーの鍵がなくなった時はどうしようかと思いましたが、足の確約もあるわけですからね!」

「……レンタカーの鍵、隠すようなこともしてるのか母さんは」

 詩嶌は呆れてものも言えないらしく、溜息をついたまま黙り込んでしまった。自身の母親がそんなことをしていれば、落胆もするだろう。その気持ちが痛いほどわかるだけ、その場で詩嶌を責め立てるような人間は誰もいなかった。

 暫く誰も口を開かずに時間が経ったが、おずおずと言った様子で梶野が口を開く。

「あの、じゃあお兄ちゃんがお母さんの料理を食べなかったのは……」

「なにか混ぜられてたらお前を守れないだろ。だから異物が混入しないインスタントを食ってた。お茶も同じくだ」

「お兄ちゃん……」

「妹を守るのは、兄貴の役目だろ。それに、これ以上生贄を捧げてアレが増えるのも困る。今以上に増えたらこの村では隠しきれなくなる」

「アレというのは、すかわて様の使いのことですか」

「ああ」

「あれについて、なにかご存知ですか? 私の目には見えますが、西園寺先輩や梶野さんには見えてないんですよね。ということは、あれは完全にオカルト的な意味合いで存在しているものだと思うんですが、それは間違いでは無いですか?」

「間違いない。あれはすかわて様に捧げられた花嫁の成れの果てだ。すかわて様は娶った花嫁を、自身の眷属として産み直す。その段階で確実に花嫁は死んで死後、眷属として活動を始める」

「眷属、ですか。嫌な単語ですね。わざわざそんなことをしているということは、眷属にもなにか役割があるのでしょうね」

「逃げ出そうとした花嫁候補を、すかわて様の元まで連れていくのが奴らの役目だ。だから今からこの村を出たところで、梨奈は精神的に狂ってあっち側へと連れていかれる。夜に外に出るなってのは、アイツらが闊歩してるからだ」

「なるほど、よく分かりました。確かにそれでは夜に外へ出るなと言われるわけですね。この家の人間は、すかわて様と縁深いだけ、その影響力は甚大でしょう」

 ーー呪いというのは、元々一つだったものに強く働きかける側面を持ちます。同じ血筋から分かたれたお二人、それも梨奈さんには強い作用をもたらすでしょう。

 感染呪術的な考え方なんですけどね。岡崎はへへ、と頭をかいて笑う。西園寺は岡崎の言葉に納得したように頷いたが、梶野と詩嶌はなんのことか分からないという表情をしている。

 そんな二人に、西園寺が次のように説明する。感染呪術とは、一度接触したものや元より一つであったものは遠隔地においても互いに影響し合うという考え方のことを指す。人形などに髪を入れて呪術に使うなどがそれに該当することをも付け足せば、彼らはやっと理解できたのか頷いた。

「この村は、成り立ちから歪なのでここまで因習が育ったのでしょう。オカルト的見解から紐解けば納得がいくものばかりですが、こうも学問的に解明できると第三者による介入を疑いますね」

「サンスクリット語が流入している時点で、それは明らかなのではなくて? すかわて様がいつの頃から言われている神様かは知らないけれど、長年生贄を捧げ続けてきたことを考えると、早い段階で誰かが入れ知恵してますわよ。今回のざくろの件についてもそうですけれど」

「そうなんですよねえ。村の方達がオカルト的見解でざくろ茶を飲ませることを思いつくとは思えないんですよ。詩嶌さん、私達以外に誰かこの村を来訪した方はいらっしゃいませんでしたか? 覚えてる限りでいいんですが」

「そういえば、和解民族学者が一ヶ月くらい前にここに来ていた気がする。それ以降、“成人の儀”をやたらめったら気にするようになったかもしれない」

「ビンゴです。その方の行き先が分かれば更にいいんですが、そこまでは分かりませんよね……」

 岡崎の問いかけに、詩嶌はすまないと頭を下げる。岡崎は気にしないでほしいと慌てて取り繕い、詩嶌に頭を上げさせた。

 誰かが信仰の補強をしていたのだとしたら。岡崎は薄ら寒い何かを感じた。誰かが民俗学を悪用して何かをなそうとしている。それが分かっただけ、嫌な気持ちはすれども前進なのかもしれない。

 お話ありがとうございました。岡崎は元気よく頭を下げて、詩嶌の部屋を後にした。誰かが介入しているのであれば、こちらも介入してこの村から生還するよりほかにない。岡崎は改めて自分がすべき事を自分に言い聞かせて、大広間へと戻った。

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