第23話

 詩嶌と話をして、今はにっちもさっちもいかないことがわかっただけ、岡崎は落ち着き払って布団に入った。急いだところでどうにもならないのであれば、明日になってから何とかするよりほかにない。

 梶野は不安そうな顔をしているが、岡崎と西園寺が落ちついているのを見て同じように布団へその体を潜らせる。

「本当に、大丈夫でしょうか……私、まだ死にたくないです」

「大丈夫ですよ、明日もう一度風嵐先生のところに先輩と二人で行ってきます。それで祭壇の場所を聞いて祭壇をしっちゃかめっちゃかにしようかなと思ってるので」

「え、そんなことして大丈夫ですか……?」

「まあ何とかなりますよ! 祭壇さえなければ、儀式は難しいでしょうから少しの時間は生まれます。祭壇を直すのに人手が裂かれるでしょうから、手薄になった所を詩嶌さんの車で抜け出しましょう!」

「く、車はどうすれば……」

「レンタカーはわたくしが後で何とかしますわ。その辺のことは気にしなくてよろしくってよ。……綾、わたくしを勝手に算段に入れないでちょうだいと何度言ったら分かりますの」

「でも先輩、明日言ったら一緒に来てくれるでしょう? ならカウントしててもいいかなって思いまして」

「呆れた、呆れてものも言えないわ」

 西園寺は横になりながら大きな溜息をついた。もう何度もこうして勝手に算段にいれられたことがあるだけ、彼女はもう慣れっこなのかもしれない。

 わたくしは寝るわ。もぞりと布団の中で体の向きを変えた西園寺に続いて、岡崎も布団を被って寝る体勢に入る。最後に残ったのはまだオロオロとしている梶野だけだったが、梶野も少し経てば眠りに落ちていた。


 三人が眠りについて数時間。岡崎は妙な音で目を覚ました。窓の外から何かが足を引きずるような音が聞こえたのだ。

 体を起こし、耳を済ませてみるとざっざっという足を引きずるような音が複数庭先で聞こえている。岡崎の背中に緊張が走る。それと同時に、耳の奥にかんからりという下駄の音が聞こえてきた。

 距離はどんどん近づいている。足音と同じくらいの場所で、鳴っている棺から罹に岡崎は舌打ちをしそうになったが何とか抑えて窓ガラスの近くへと体を寄せた。

「先輩、この音……」

「はい、棺から罹とすかわて様の使いです」

「足音、近くなってませんか……?」

「梶野さんを迎えに来たんでしょう、庭先にいます。音が聞こえるということは、梶野さんとだいぶ近しい人も混じっているんでしょうね。梶野さんは窓に近づいちゃダメですよ、何かあった時困りますから」

 岡崎の言葉に布団を掴みながら頷く梶野。彼女のそんな様子を確認してから、岡崎はカーテンをちらりと捲った。

 カーテンの向こうには、人のような姿があった。だがその頭部は山羊のように変形しており、横向きの瞳孔が岡崎の視線とかち合った。

 大きく伸びた角と、つんと尖った鼻。首から下は人間と何ら変わりないその生物は、岡崎が見ていることに気がついた直後に窓ガラスへばん、と手をついた。

 窓ガラスが揺れるほどの力で、それは何度も手を付き重力に従って手を落とす。本来であれば五本指の手形が付き、脂肪分をそこに残すはずが、そこも山羊と化しているのかひづめのような形が窓に残るだけだ。

 最初は一人だけが窓を叩いていたが、時間が経つにつれその人数は増えていく。数分経つだけで何倍にも膨れ上がったそれらが窓を手で叩いている。

 絶えず叩かれる窓ガラスはたわみ、いつ割れてもおかしくない状況だ。岡崎は窓から離れ、布団を体の前に回して体を守っている。

「思った以上に不気味ですねえこれ。こんなにすかわて様の眷属がここへ集まると思ってませんでした」

「綾、貴女気楽すぎるのではなくって!?」

「でも仕方ないじゃないですか、何も出来ないんですから。……それにしても、凄いですね。これただ梶野さんを迎えに来ただけじゃないと思いますよ」

「というと?」

「すかわて様に捧げられるのは、巫家の血筋を引いた人間だという話でしたよね。ということは、つまりこの怪異達は全て巫家の血筋上生まれた梶野さんの遠い親戚ということになります」

「ええ、それはそうね」

「ということは、です。ルーツがここなんですよ。ここは本家に恐らく最も近い血筋でしょうから、ここに集まってきているのもあるんだと思います。帰りたい、中に入れて。そんな思念もあるんだと思います」

「……嫌なことを言うわね、貴女」

 西園寺の言葉を遮るように、窓ガラスを叩く音が響き続ける。まるで岡崎の言葉を肯定するかのような音に、西園寺は少しだけ顔を歪めた。

 巫家の血筋である以上、その本家に帰りたいと願うのは当然なのかもしれない。家に帰りたい、中に入れて欲しい。花嫁になっていった娘達は、そんなことを思いながら死んで行ったのだろう。

 最後に願ったことが、死後も引き継がれるのはよくある事だ。故にすかわて様の眷属達は今も尚家に帰ることを望んで村をさまよっている。それは酷く悲しいことのように思えた。

「とにかく、これがおさまらない限りは寝るに寝られませんねえ」

「寝るどころな話じゃなくてよ。棺から罹も聞こえてますし、こんな中で寝られる神経の図太さは残念ながら持ち合わせていませんわ」

「それはそうですよねえ。梶野さん、大丈夫そうですか?」

「な、何とか平気です……」

「なら良かったです! とにかくおさまるまで待ちましょう。止んだら明日に備えて寝ましょうね、明日が勝負ですから」

「はい……」

 梶野が頷いた時だった。手で叩かれてたわんでいた窓ガラスがとうとう限界を迎えて割れた。一斉に割れた窓ガラスに梶野が頭を抑えて縮み上がった時、ふっとすかわて様の眷属達の姿が消えた。

 割れたガラスと、穴の空いた窓枠だけを残してそこには一切何もなかった。

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