第21話

 咲穂が風呂へ入ったのを確認して、三人は手分けして家の中を探して回った。調べるのは大広間やキッチン、物置を除いた数部屋。

 一番怪しいと踏んでいた仏間を探した岡崎は、過去に仏壇が設置されていたらしい窪みに母子手帳が二冊置いてあることに気がついた。神凪詩嶌と神凪梨佳。そう記名された母子手帳の片方は、ほぼ白紙で保管されている。もちろん白紙の母子手帳は神凪梨佳と書かれたものの方だ。

 やはり、バニシングツインによって梶野は姉を亡くしている。その裏付けが取れた岡崎は、スマートフォンで数枚写真を撮った後、別の部屋へと移った。

 西園寺と梶野は屋根裏を探していた。使わないものを雑多に押し込んだ印象のそこは、長年使われていないらしく酷く埃っぽい。

 くしゃみや咳をしながら探すこと数分。床になにか巻物が落ちていることに梶野が気付いた。念の為開いてみると、それは家系図のようだった。

 巫という名前を元に、枝分かれをしていくそれはその先がバツで消されていたりと内容を読み解くのはほぼ不可能といったものであった。だが最近バツ印を付けられたらしい風嵐という苗字と、唯一残った神凪という苗字があることは何とか気付くことが出来た。

 風嵐にバツが付けられているのは、風嵐が儀式を放り出して村外へ逃げ出したためだろう。これは推測でしかないが、すかわて様への花嫁というのは二十歳以外が認められないらしい。

「神凪家が残りの血族ということですのね。梶野さんが儀式を放棄するとなれば、あとは詩嶌さんですけれど……この村の因習に否定的というよりは、村自体に否定的なようですからここも途切れるでしょう」

「この村は、すかわて様から見放されるのでしょうか……?」

「そうなるかもしれないわね。でもこのご時世、神様の寵愛がある土地なんてほぼないわ。神に愛されていなくとも、都市は存在するのだから」

「そうかも、しれませんが……」

「貴女が罪悪感を抱いているならそれはお門違いというものよ。生贄を用意しないと寵愛が得られないならその程度の神なのだから貴女が悪く思う必要はないわ」

 西園寺の物言いに、梶野は小さく頷いた。その様子に西園寺は安心したのか、満足したのか屋根裏を後にする選択をした。もうここにこれ以上の収穫はないだろう。

 屋根裏から降りてきた西園寺と梶野の前で、岡崎がひらひらと手を振っている。ちょうど別の部屋に行くのに仏間から出てきたらしかった。

「何か収穫はありました?」

「家系図があったくらいね。綾、貴女はどうなのかしら」

「母子手帳が二冊ありました。詩嶌さんの母子手帳と、梨佳さんの母子手帳。役場の黒塗り部分は、こよの梨佳さんで間違いないかと」

「でも生まれてないのに戸籍なんか作るかしら」

「良くも悪くも村ですから。バニシングツインは、死産として扱われませんし、死産として扱わないといけない周期より前に起こるんです。なので、気が急いて戸籍を作ったものの、消失したので黒塗りにしたのかもしれません」

「なるほど、それなら納得出来るわ」

「あとですね、巫の字を当てていた理由を考えてみたんですが、漢字の持つ意味かもしれませんね。巫女の字に含まれるだけ、神に仕える女性という意味があるんです」

「それで女性を捧げる因習なのね、まあ確かに理にはかなっているのでしょうけれど。昔は力仕事なんかを行える男性の方が重宝されたのでしょうし、間引くという意味合いではうってつけの名目だったでしょう」

「はい。それにここは障害者が捨て置かれる村だったという話ですから。昔は多産や障害児の出産を忌み嫌う傾向にあったと思われます。医療の発展していない頃はそういった良くない傾向は母親の資質によるものだと考えられてきたものもありますから、明らかに重度の障害を持っていたり、多産だった場合は神に捧げるというのはまかり通っていてもおかしくないかと」

「ええ。綾の言うことは理解出来るわ。だから分家を多く作って半合法的に口減らしをしていたんでしょう。腐るほど、人はいたでしょうから」

 西園寺の言葉に、岡崎が頷く。梶野は想像内でではあるが、暴かれていく村の本当の姿に絶句しているようだった。そのような因習を続けてきた村が、自身とルーツとして刻まれている。それはなんとも複雑な心境だろう。

 それが分かるだけ、岡崎と西園寺は梶野へ下手に言葉をかけず、次の目的地である詩嶌の部屋へと向かった。梶野もとてとてと後ろを着いてきているあたり、ショックではあるが落ち込むほどではなかったようだ。

 きっちりと閉められた部屋をノックすれば、ヘッドフォンを首から下げた詩嶌の顔が覗く。扉をノックしたのが岡崎だと分かると、部屋の扉をもう少し開けてぬっと肩まで姿を表す詩嶌。

「何の用だ」

「棺から罹について、少々お伺いをしたいことがありまして。この村の中で信用できるのは、風嵐先生と詩嶌さんだけかなと思いまして」

「なるほど? 俺に話せることがなかった時はどうするつもりだった」

「ここへ来ているということは、車をお持ちでしょうから麓まで運転をお願いしようと思ってました。麓からなら歩いて一時間程度でサービスエリアに着きます。そこから高速バスに乗ることもできますから」

「なるほどな、考え無しの行動じゃないのか」

「一応その辺は考えて行動してます! もっとも、一時間歩くのに、西園寺さんと梶野さんが耐えられるかどうかは別の話なんですが」

「いいだろう、疑問に思っていることをわかる範囲で答えてやる。母さんは風呂だな?」

「はい、そうでないとこんな大胆なことは出来ませんよ」

 岡崎の言葉に詩嶌は深く頷き、部屋の扉を大きく開けた。入れという意味なのだろう。岡崎は遠慮なくその扉を越え、詩嶌の部屋へと足を踏み入っていく。

 西園寺もその背に続き、一番最後をおろおろとした様子の梶野が続く。全員が部屋の中へ入った時、一番に目につくのはその圧倒的な蔵書量だった。

 壁という壁を本棚が埋め、その端から端まで宗教関係の本が詰まっている。キリスト教から新興宗教までありとあらゆる本が詰まったそこは、大学図書館にも引けを取らないだろう。

「それで、聞きたいことは?」

 部屋の中に置かれていた椅子に腰かけながら、詩嶌が問う。その風格は、この部屋の主と言うに相応しいほど貫禄のあるものだった。

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