第20話

 耳の奥でこびりついたかのように、下駄の音が繰り返される。それを振り払うかのように岡崎はノートへ筆記具を走らせる。暫く岡崎が筆記具を走らせたあとには、今回の怪異を取り巻く関係図が出来ていた。

「梶野さんに分かるようにご説明します。依頼いただいた以上、分からない内に片付いた、というのは適切ではないと思うので」

「は、はい」

「事の発端は、咲穂さんが妊娠初期に梶野さんのお姉さんか妹さん……恐らくお姉さんにあたる赤ちゃんをバニシングツインで亡くしたことが始まりです」

「バニシング、ツイン……」

「はい。本来なら子宮に吸収されるはずだったその赤ちゃんは、梶野さんの体内に吸収されて数年前まで梶野さんと一緒にいました」

「……はい」

「ですが、腹痛によって運ばれた柳田医院で摘出されて、おそらく今はあの教会に保管されているのでしょう」

「待ってください、どうして保管なんて……」

「そうしなければ、梶野さんが完成された実でなくなるからですよ」

 岡崎の言葉に、梶野は理解できないとでもいうように困惑した様子を見せる。それも仕方ないだろう。突然自分の理解していなかったことを引き合いに出され、完成された実でなくなるなどと言われればそんな反応を見せるのは当然のことだ。

 梶野の困惑に気が付いた岡崎は、図に書き足す。

「そもそもです。この村では巫家ーー梶野さんの母方の血脈が、代々すかわて様への花嫁という形で生贄に捧げられている。そこまでは大丈夫ですか?」

「はい、そこは何とか……」

「良かったです。話を戻しますが、血族を生贄に捧げ続けるとどうなるか分かります?」

「ええっと……人がいなくなる……?」

「はい、ご明察です。言葉通りに子供を捧げ続ければいずれ生贄となる子供は絶えます。そこで、恐らく巫家の人間はこう考えたんです」

 ーー男子は名前を継いで後世の巫家を作るためすかわて様に捧げない。加えて、女も同じであるために一人は残しておいて、妹が生まれた時のみ生贄として捧げる。

 岡崎の言葉に梶野があっ、と声を漏らす。先程岡崎が咲穂に質問した意図が分かったらしい。咲穂は知らされていないだけで、梶野同様姉を亡くしている。それもこの村の因習で。

 咲穂が幸運なのは、村の因習についてなにも知らされていないからだろう。知らされていれば離婚したからといって村に戻ってくることはしない。令和になったにも関わらず、未だに神に生贄を捧げ続ける村になど通常の神経と感性を持ち合わせていれば、戻りたいなどと思うはずがない。

「その例に当て嵌めると、梶野さんは大変稀有な例でして」

「稀有……?」

「本来であれば、推測になりますが棺から罹というのはあの世のものを食べなければ発現しないはずなんです。それが発現しているということは、死者をそもそもの話取り込んでいるからという話になります」

「死者……もしかして……」

「そう、寄生性双生児です。梶野さんは生まれながらにしてあの世のものを体に宿して生まれてきた、まさに完成された実なんです。だからすかわて様になんとしても捧げたいのでしょうね、風嵐先生のところに行ったのがバレたので村の人達は必死です」

「日程が早まったのはそういう……」

「ええ、貴女なら完成された実ですから多少の粗は問題ないだろうという考えなのでしょうね、皆さん」

 西園寺の補足に、梶野はいよいよもって恐ろしくなってきたらしい。ガタガタと手足を震わせ、落ち着きない様子で視線を行ったり来たりさせている。

 それもそうだ、自分が生贄としていかに優れているかを説かれたところで嬉しくもなんともない。それどころか自身が死ぬ理由を突き付けられるだけで、恐ろしいよりほかにない。

 梶野の様子にこれが普通の反応ですよね、と岡崎はうんうんと頷きながら話を続ける。

「加えて、私達までもが棺から罹が聞こえているのはおかしなことなんですが、これは村の人達の入れ知恵によるものでしょう」

「咲穂さんの様子を見るに、ざくろ茶は善意で出されているもののように感じますから。流石に人を騙そうとしている人間が、ああもお茶をなんとも思わず提供し続けられるはずがありませんもの。なにかやましい事があれば、必ず態度に出ますわ」

「西園寺先輩の仰る通りでして。咲穂さんは正直、騙されてざくろ茶を提供しているように思います。村の人にとって重要なのは、つつがなくすかわて様に嫁入りが行われること。それに尽きると思うので」

「じゃ、じゃあなんでわざわざ岡崎先輩や西園寺先輩にもお茶を……?」

「それはですね、私達が牛の代わりだからです」

「牛の……?」

「はい。すかわて様には花嫁と同時に牛も献上される。風嵐先生はそう仰ってました。ですが、この村に献上できる牛はいない。そうなると、何か別のものを探す必要が出てきます」

「それが、先輩方なんですか……?」

「はい。ざくろ茶を飲んだ私達には棺から罹が生じています。ということは、シンボル学的、神話的には私達は死者という扱いになります」

「はい」

「死者を殺すことは犯罪に当たりますか? 死体損壊の罪は存在しても、死者をもう一度殺したことを罰する刑は存在しません」

 あくまで村の人達が良心の呵責に苛まれないための苦肉の策なんですよ。

 岡崎の説明に梶野はほうけた様な、絶望に浸されたような顔をした。自身のルーツに未だにこんな因習を続ける村があったことはショックだろう。だがそうしてほうけている暇はない。猶予はあと半日しかないのだ。その間に何とかここを出ていく算段を立てなければいけない。

 車の鍵を見つけることを最優先にしましょう。その他のことは何とかなります。

 岡崎の真剣そうな声に、梶野と西園寺の両名が頷く。まずは手始めに家の中を探して回るのと、詩嶌に話を聞きに行くことだ。

 三人は行動指針を決め、食事の終わった皿を下げた。そして食器洗いをしながら、咲穂が入浴するタイミングを見計らう。

 咲穂は彼女らの狙いに気が付いていないらしく、岡崎と西園寺が進めるままに風呂場へと向かった。泡のついている食器を軽く水で流し洗いし、岡崎達は咲穂が浴室の扉を閉めるのを今か今かと待ち続けた。

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