第16話

「アンタ達にも聞こえるってどういうこと」

「それはこっちが聞きたいですよ! 一応仮説は立ててますけど、合ってるかどうか」

「仮説、ね。一応聞いとこうか」

「はい、すかわて様の加護を授かるカテゴリーに間違えて入ってるのかなと。同年代の女性なので、大雑把に言えばカテゴリーは同じなのでそれでかなと」

「アタシの話聞いた上でそれ言える?」

「いえ、無理があるなと思いました。なのでまた別にあるんだろうと思います」

 岡崎がそう答えときだった。彼女のスマートフォンが着信で震えた。慌ててスマートフォンを取り出して画面を確認してみれば、ニコシマ先輩の文字が表示されている。

 風嵐や西園寺達に断って電話に出れば、疲労困憊といったような声で島部が話し始めた。

『頼まれてた件だけどな、その辺の慣習でめぼしい物は特段なかった』

「なかった、ですか? そんなことはないと思うんですが……」

『慣習の本なんかをひっくり返したから間違いない。むしろなんであると思って俺に連絡してきた?』

「水込村では、外から来た人にざくろを振る舞う慣習があると聞いたので。私達もそれでもてなされているので、てっきり昔からのものだと……」

『いや、そんな記述は見てない。水込村の記述で見たものと言えば、そこが昔障害者を捨てる為の集落だったってことくらいだな』

「障害者を……? 姥捨山のような感じですか」

『ああ、それが近い。事実結構近代まで障害者は水込村に置いていかれてたらしい』

「なるほど……。ニコシマ先輩、ご無理言いましたよね、ありがとうございます」

『いや、もうお前の無茶振りには慣れた。他に用はないな?』

「はい、今のところは大丈夫です。また何かありましたら連絡しますね」

『分かった、じゃあ俺は寝るからな』

「はい、おやすみなさい先輩」

 欠伸を噛み殺したような声で短く返事があったあと、電話は切れた。岡崎が失礼しましたとスマートフォンを片付けている最中、風嵐が岡崎へと問いかけた。

 ーーその風習、誰から聞いた?

 緊迫した声に岡崎の視線が風嵐の方へ向けられる。先程までとは違い、風嵐はカップを手元で遊ばせるような動作は見せていない。真剣そのものと言ったような様子に、岡崎はスマートフォンを片付けたあと出来るだけ短く返事をした。

「咲穂さん、神凪家の奥さんに」

「……なるほどな、アンタ達にもあれが聞こえる理由がわかったよ。そこのアンタ、ギリシア神話には詳しい?」

「人並みには知識はあります。……ざくろ、ですよね」

「ああ、そこまで言えば分かるな?」

「はい。私達がペルセポネだと言いたいんですね?」

 岡崎の返答に、風嵐はなにも答えなかった。沈黙は肯定。岡崎はそう見なして、いよいよ頭を抱えそうになった。

 ペルセポネとは、ギリシア神話における豊穣神であるデメテルの娘にあたる。冥府に連れ去られ、冥府の王であるハデスに婚姻を申し込まれるも拒否し続けるが、ハデスの差し出したざくろを空腹と喉の乾きから口にしてしまったことで一年の三分の一を冥府で暮らすことを余儀なくされたという逸話を持つ存在である。

 そんなペルセポネと岡崎達が同じだということは、片足をあの世に突っ込んでいるからこそ棺から罹が聞こえるということになる。生贄の血筋ーー神凪家の血が混じっている半死者と同じ存在。そういう扱いをされているのだろう。

「話はまだ続くけど、聞きたい?」

「はい、聞きます。もうここまで来たら何でも来いですよ……」

「ここの宗教はね、成人の儀の時に神の花嫁って形で神凪家の血筋の人間と、それに伴う供え物として牛を捧げるんだ」

「牛、ですか。なるほど、山羊とかじゃないんですね」

「すかわて様が山羊に似てるもんでね、この村に山羊はいないんだ。その代用として牛を使ってるわけなんだけど、タイミング悪く病気だとか寿命だとか、産後の肥立ちが悪かったりだとかで全部死んだとこでね」

「……もしかして、それ先月くらいの出来事だったりしませんこと?」

「察しがいいな、その通りだよ。その後にアンタ達がこの村に来て、半死者として扱われてる。意味、分かるよな」

「私と先輩を、牛の代わりにしようとしてるってことですか……」

「そういうことだ」

 風嵐の肯定に、岡崎は深い溜息が出た。そして両手で顔を覆い、考えを巡らせる。

 このままタイムリミットまで水込村に居続けた場合、梶野だけでなく我が身すらも危ういことは火を見るより明らかだ。だが根本的解決方法が分からない今、何か手を打とうにも墓穴を掘りそうで積極的にはなれない。

 四面楚歌、八方塞がり。そんな言葉が岡崎の頭を占める。どうするべきか、どうすればここから逃げ、呪めいた血筋の悪習から逃れられるのか。

 今まで当たってきたオカルト的な事象を思い出しながら考えるも、これといって有効な手立てが見つからない。どうしたものか。岡崎が悩んでいると、西園寺が口を開いた。

「一つお伺いしますが、風嵐先生はどうやって棺から罹からお逃げになりましたの?」

「ああ、それな。……まあ、実験的にあれを何とか出来ないかって画策してる奴がいたもんで、ソイツの力を借りてここから逃げ出しただけだ」

「なるほど、この場を離れてしまえばあれは聞こえなくなると思って宜しくて?」

「ああ、現に戻ってきてからはあれを聞いてない。あれは期間限定の、それもこの土地にのみ染み付いた怪異だから、他の場所へ行ってしまえば効力はなくなるらしい」

「でしたらもう帰ってしまえばよろしいのではなくて? 庶民、レンタカーのキーはあるでしょう?」

「えっ、あ、ちょっと待ってくださいね……あれ、おかしいな、あれ……?」

「梶野さん?」

「……レンタカーの鍵が、ありません」

「……なんですって?」

 梶野の絶望しきったような声に、西園寺の目が釣り上がる。してやられた。岡崎は舌打ちをしそうになるのを堪えて、頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。

恐らくうとうととしている時間帯に鍵を抜き取られたのだろう。咲穂が朝驚いたような表情をしていたのは、気付かれたかもしれないという感情もあっての事だったのだろう。

 自発的にここから逃れる術が絶たれた今、どう怪異、否呪いから逃れるべきか。岡崎は追い詰められた状況でただひたすら頭を回転させるより他になかった。

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