第15話

 風嵐の家は、村の端の方にあった。まるで追いやられたかのような場所にあるその家は、長く手入れがされていなかったのか外壁にひびが入り、屋根の一部が剥がれ落ちている。

 庭の草木は枯れていたり、むしろ青々と生い茂り伸びっぱなしになって家の外観が視認されるのを防いでいる。お化け屋敷と言われても否定が出来ないそんな風貌の家を前に、岡崎が軽く感嘆のような声を上げた。

「ここまで放置されてる家も珍しいですよねえ、村にあるなら尚更ですよ。都内ならまあ、たまにありますけど」

「人様の家に向かって失礼でしてよ、綾」

「でも思いませんでした? 私は思いましたよ、流石に。窓が割れてないだけ運がいいですよこれ」

「はあ……貴女の悪いところはその正直すぎる口だと思うわわたくし」

「そう言われましても天性のものですので、どうしようも出来ないんですよねえ。……まあそんなことはどうでもいいんですよ、早速お話を伺うことにしましょう!」

「アポイント取ってないですが、大丈夫でしょうか……?」

「なんとかしましょう! 任せてください! 人心掌握術には自信がありますので!」

「貴女のはただの屁理屈こねだといつも思いますわよ、わたくし」

 呆れた口調で零す西園寺を無視し、岡崎は風雨に晒されてすっかり色の褪せたインターホンを押した。割れた音の呼出音が二回鳴り、岡崎達の来訪を中へ知らせる。

 数十秒ほど時間が経ってから。ゆっくりと、まるで億劫だとでも言うように開けられた扉の先には一人の女性が不機嫌さを全く隠そうともしない顔でたっていた。

 矢じり模様の入った赤い着物に、黒から灰のグラデーションの入った袴。黒髪を煙管でお団子にまとめ、長い前髪で片目の隠された丸眼鏡越しの紫の瞳。

 令和のこの時代にはそぐわない、まるで明治大正の書生のような格好をした彼女は岡崎達の姿を認めると、すっと目を細めてから扉を閉めようとする。

 それをすんでのところで阻止し、岡崎が足をねじ込んだ。物理的に扉を閉められなくなった風嵐が、低く唸るような怒りの滲んだ声で言う。

「さっさと足をどけろ」

「そんな冷たいこと言わないでくださいよ、私先生のファンなんです! ぜひこの機会にお話を!」

「アンタと話すことなんて何もないよ、早く帰りな。迷惑だ」

「急な来訪申し訳ございません。ですが、風嵐先生にお伺いしたいことがございますの。人の目が気になる話なので、ご迷惑を承知で家の中でご相談させて頂けませんこと?」

「知らないね、アンタ達の都合なんて。アタシは原稿があって忙しいんだ」

「そこをなんとか! ……先生が聞いた、呼び声についてのお話なんです。先生以外にお話伺える方なんていませんし! お願いします、先生!」

「……何、アンタ達かんからりについて聞きに来たの」

「かんからり、ですか。それがあの音の呼び名なんです?」

「……。……気が変わった、中に入りな。少しだけなら時間をとってやる」

 急に扉を開けた風嵐は、それだけ言い残すと家の中へと入っていく。態度の豹変ぶりにきょとんとしていれば、家の中から早く入れと急かす声が飛んだ。

 家の中は洋風に作られているらしく、螺旋階段のように伸びる二階への階段が真っ先に目に飛び込んできた。ホールのような玄関で三人が立ち尽くしていれば、右の部屋に入っててとまた声が奥から飛んできた。

 大人しくその支持に従い、右の部屋へ入れば応接室なのか豪奢な家具が無造作に設置された部屋であった。深く沈み込むソファに座って風嵐を待っていれば、数分後にトレーを両手で持った風嵐が部屋へと入ってきた。

 コーヒーの入った来客用なのであろうカップを岡崎達の前に並べ、一人掛けのソファへ座り、足を組みながらコーヒーをすする風嵐。その様子は気だるげで、どこか文豪めいた風格を思わせる。

「それで? 村八分にされてるアタシに話を聞きに来ようなんてよく思ったもんだね」

「起こっていることについては、過去の当事者である先生に聞くのが一番かと思いまして。私達は村の住人ではありませんし、多少肩身の狭い思いをしても数日の辛抱ですから」

「そりゃそうだ。……話が逸れた、かんからりについてだったね。神凪んとこの娘さんがいる前で話していいならすぐにでも話すけど」

「梶野さん、いない方が話しやすいお話だったりします?」

「別に話しやすさは変わらないけど。ただ当の本人にはショックかもしれないことを話すから、一応確認をとっただけだけど」

「なるほど……。梶野さん、どうします? 一緒にお話聞きます?」

「……はい、聞きます。私に起こっていること、ですので。私が理解しないと、どうしようもないと思うんです」

「じゃあ一緒に聞きましょう! 先生、お待たせしました。お願いします」

「なら話すけど。アンタが聞いてるかんからりって音はね、」

 ーー女の声なんだよ。

 想像していたのとは全く違ったことを口にした風嵐に、その場にいた三人の動きが止まる。女の声とは一体どういうことなのか。

 自身の言葉だけでは十分でないことを分かっていたのだろう、風嵐は三人の反応をひとしきり眺めてから続ける。コーヒーカップを傾けながら、変わらず気だるそうに。だがその気だるそうな様子が、彼女の言うことが真実なのだということを裏付けているようにも思えた。

「あれをかんからりって呼ぶのが何故かから話した方が早いか。あれは棺桶から罹患すると書いて棺から罹なのさ。あれが聞こえる人間は、すかわて様へ捧げられる生贄だって決まっててね。福音でも加護でもなんでもないんだ」

「棺桶から罹患する……生贄……」

「そう。生贄になる家系ってのは決まってるから、棺桶から罹患するって字を当てる。で、だ。家系が決まってるってことは、先代の生贄もいるわけでね。その系譜だって証明で、自分から一番近い女性の死者の声が聞こえるんだよ」

「……待ってください、その口ぶりだと棺から罹が聞こえるのは梶野さんだけって言ってるように聞こえるんですが」

「そりゃそうだろ、家系で決まってるんだよ。巫女のみの字があるだろ、あれを書いて巫家ーー要は神凪家の女にしかあれは聞こえるはずがない。風嵐は分家に当たるから血筋ってんで聞こえるし、生贄にもされかけたって訳だ」

「なら尚更おかしいです、だって」

 梶野さんと同じものが、私と先輩も聞こえるんですから。

 岡崎の言葉に風嵐の眉がつ、と上がった。それは怒っているというようなものではなく、単純に不審がってのものであった。

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