第14話

 神凪家へ戻ると、ちょうど食事の用意が終わったところなのか、咲穂が大広間から出てきた。岡崎達三人の顔を見ると、にっこりとその表情を綻ばせる。

「良かった、呼びに行こうかと思っていたところだったの」

「すいません、ご心配をおかけしました! わあ、美味しそうなお食事ですねえ!」

「また腕によりをかけて作ったから食べてちょうだい」

「はい、もちろんです!」

 へらへらと笑いながら、岡崎は定位置と化した机の隅へと座る。まるで子供のようなその行動に、西園寺は頭を抱えそうになったが何とか堪えた。

 おそらく演技なのだろうが、人畜無害さを纏った岡崎がただの童女に見えるのは西園寺だけではないはずだ。現に梶野も若干戸惑いを隠せないような表情をしている。

 既に座り、食事に手をつける岡崎に呆れつつ、二人も席へと着いた。昼食として用意されていたのはロコモコで、ぱっと見ただけで手が込んでいるのが分かる。

 食事を口に運びながら、そう言えばと岡崎は思い出したかのように咲穂へとこんなことを問うた。

「咲穂さん、あの知ってればでいいんですけど」

「あらなにかしら」

「風嵐さんという方をご存知ですか? この村出身の作家さんで、私ファンなんです。是非この村にまだいらっしゃるならサインを貰いに行きたいなと思いまして」

「……その方の所へは行かない方がいいわ」

「どうしてですか? あ、気難しい方なんですか? 気難しい方でも平気ですよ! 私割と慣れてるので!」

「違うの、その方は半端者で村のお勤めも何も出来ない方だから。行ってもろくな事にならないわ」

「でも……。ファンとしては是非お会いしたいというか……」

「ダメだと言っているでしょう!」

 突然咲穂が声を荒らげた。予想していなかったため、心の準備が出来ていなかった岡崎を始めとした三人は目を丸くして咲穂の方を凝視する。

 怒鳴り慣れていないのだろう、僅かに裏返った声で言ったあと咲穂ははっとした顔をして視線を泳がせる。彼女らの間に気まずい空気が流れ、沈黙が重くのしかかる。

 西園寺はそんな空気の中、悪意のない顔をしている岡崎の方を見て心底ひやしやしていた。よくあれだけ息をするように嘘がつけるものだ。単なる鎌掛けのつもりだったのだろうが、咲穂が触れて欲しくなかった人物をピンポイントで踏み抜いていくその無遠慮さに冷や汗が流れた。

 人の気持ちに疎いからこそできた芸当だろうが、見ている側としてはいつ刺されるかひやひやする。心臓に悪いというのはまさにこういうことを言うのだろう。

「……咲穂さん、すいません、なんか村について知らない人がぐいぐい自分の都合だけで言ってしまって」

「い、いいのよ、私こそ怒鳴ってしまってごめんなさいね。……私はそろそろ祭りの準備に戻るわね」

「はい、お祭り楽しみにしてますね!」

 にこにこと笑いながら咲穂を送り出した岡崎は、彼女の姿が見えなくなると急に笑顔が消えた。スイッチが切れたかのようなその様子に、梶野が怖いものを見たかのような様子を見せる。

 食事を摂りながら、どう風嵐の住所を突き止めるか岡崎が悩んでいるときだった。その耳に、聞こえるはずのない音が聞こえてきた。

 ーーかんからり、かんからり。

 また、転がる下駄の音がした。前にした時よりも少し近い場所でなるその音に、梶野が明らかに怯え始める。岡崎は食事の途中だと言うにも関わらず席を立ち、庭の方へと走る。

 西園寺も慌ててその後に続き、しっちゃかめっちゃかに靴を引っ掛けて庭に出る。庭は麗らかな春の陽気で充ちており、何も不振なところは見られない。ひらひらと蝶が舞っていたり、花が風に揺れている。どこにでもある春の日の様子だった。

「綾、貴女の目には何か変化があって?」

「いえ、変化はありません。昨日の化け物はいません、やはりこの音とあれはまた別の怪異なんだと思います」

「貴女がそう言うならそうなんでしょうね。……綾、タイムリミットまでに解決はできそうかしら?」

「分かりません、これ以降の情報次第です。風嵐さんという方に会えれば、変わるんでしょうが」

「……お前、その名前をどこで聞いた」

 突然背後から声がかけられる。二人が振り返れば、梶野を連れた詩嶌がそこには立っていた。寝起きらしいぼさぼさの髪にスウェット。そんな出で立ちの彼は、梶野が片腕にくっついた状態でそこにいた。

 岡崎の目が光る。風嵐という名を知っているのであれば、場所を知っているかもしれない。そんな閃きの下、岡崎はにっこりと問う。

「教会ですと言えば、何か情報をいただけますか? 咲穂さんにお伺いしたんですが、情報提供を拒絶されてしまったもので」

「さっきの金切声はそれか。おかげで目が覚めた」

「いかがですか、詩嶌さん」

「……知っている。お前達が何をしたいかによって、教えてやってもいい」

「梶野さんと無事に奇祭から帰ることが目的ですよう。命あっての物種ですから」

「……なるほどな。その言葉、信じていいな?」

「はい、勿論です! 依頼人の命以上に大切なものはありませんからね」

 岡崎が胸を張れば、少し悩んだらしい詩嶌の唇が風嵐のものと思われる住所を紡ぐ。梶野の方へ道案内はできるなと聞いているのを見るに、詩嶌本人が案内する気は無いらしい。

 梶野がこくりと頷けば、詩嶌もそれに答えるように軽く顎を引いた。

「後もうひとつお伺いしたいのだけれどよろしいかしら」

「なんだ」

「貴方に梨奈以外の兄弟姉妹はいて? 少し、気になったものだから」

「……それもどこかで掴んだのか」

「まあそうですわね、掴んだのはわたくしではなく綾……そちらの庶民だけれど」

「それに関しては、柳田医院を訪ねればいい。梨奈のカルテ開示をして欲しいとでも言えば、応じてくれるだろう」

「あら、聞いてみるものですわね」

「ありがとうございます、後で訪ねてみることにします」

 西園寺の言葉に続くように岡崎が例を言えば、詩嶌はそれ以上は何も答えるかがないのかのっそりと言った様子で家の中へと姿を消した。

 それを見送ってから、梶野へ案内を頼めるかどうか問えば力強い頷きが返ってきた。下駄の音に怯えはしているようだが、まだ恐怖で動けない程では無いらしい。

 では、参りましょう。岡崎の一言に従って、彼女達は改めて気を締め直した。

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