第17話

「アタシからアンタ達に言えるのはこんなもん。レンタカーの鍵に関しては、まあ、ご愁傷様としか言えないけど」

「いえ、突然の訪問にも関わらず興味深いお話をありがとうございました。ある程度仮定が立てられそうです」

「それなら良かったけど。……ああ、そういやもう一つ言えることがあったな。ここの宗教はな、双子を贄に捧げることを良しとするんだ」

「双子、ですの? 昔は忌み子として扱われていたそうですから、そのせいかしら」

「障害者をここに捨ておいたそうですから、それはありそうですね」

「由縁は知らないけどね。そういう教えというか、宗教的な迷信があるのは事実だよ」

 風嵐はそう言ってから、また気だるげな様子でコーヒーカップに口をつける。本当にもう何も言うことがないのか、菓子鉢に適当に盛ったのであろう和菓子を掴んで口へ放り入れている。

 思った以上の収穫があったが、それと同時に自身の置かれた状態を突き付けられてどうすべきかと岡崎は悩んでいた。幻聴の原因とその解決法が分かった以上この村を逃げ出すのが一番なのは分かっている。

 だが、それが出来ない今何をどうするのが一番いいのか。色々と考えてはみているが、これといって即効性のある有効な手立ては思い浮かばない。

 情報がこれだけ手に入っただけ良しとせねばならないのは分かっているが、なんとも歯がゆい状況だ。下手を打てば梶野だけではなく自分までもが命の危機に晒される。この状況は非常にまずい。

「わたくし達はそろそろお暇しますわ、あまり長時間お邪魔していたらご迷惑でしょうから。とてもためになるお話をありがとうございました」

「いや、アタシが出来るのはそれくらいだからね。別に礼を言われる様なことはしてない」

「とんでもございませんわ、わたくし達大変助かりましたもの。……そういえば、風嵐先生。何故貴女はこの村にわざわざ戻ってこられたのです? 良い思い出もそうなさそうですのに」

「一仕事あってね。そういう契約で助けてもらった相手だから、仕事をしに戻ってきただけさ。それさえ終わればこんな村、真っ平御免だよ」

 風嵐は嫌悪で顔を歪め、席を立つ。近くのローテーブルにコーヒーカップを置いてから、部屋の扉を開けて岡崎達に帰るように促した。

 岡崎はコーヒーを飲み干してから立ち上がり、素直に玄関扉へ足を進める。それに続いて梶野、西園寺と続き、殿に風嵐がついた。

 三人が家の外に出てから、風嵐は別れの言葉代わりにこんなことを言ってから家の中へと戻っていく。

 ーーもし地獄へ行くようなことがあれば振り返らないことだね。振り返れば死に直結する、それくらいは知ってるだろ?

 謎めいた言葉に梶野がぽかんとしている間に扉は閉められ、その意図を聞くことすら叶わなくなってしまった。だが岡崎と西園寺はある程度何のことを言っているのか分かっているようで、あまり困ってなさそうに見える。

「振り返らない、ですか。まあそうなりますよねえ」

「ポピュラーですものね」

「あの、どういうことなんですか……?」

「話は歩きながらしましょう、あまりここに留まると良くないでしょうし。私達にも、風嵐先生にも」

 岡崎はそう言って歩き出す。ろくな挨拶もしないまま風嵐邸を後にすることになったが、これは仕方がないだろう。あまり長居しては双方にとってメリットがない、むしろデメリットでしかないのだから。

 村の端から中央の方へ戻る道を歩きながら、岡崎と西園寺はまだ理解出来ていないらしい梶野へと言葉を紡ぐ。

「殺してもいいとまで言われている先生の所にいた事がもしも知れたら、私達明日にでも祭りの会場に連れてかれますよ。会場と言うよりは祭壇と言った方が適切なのかもしれませんが」

「村の住人の方からすると、わたくし達が真実に辿り着くことほど厄介なことはないでしょうから。もうある程度辿り着いてしまっただけ、村の方は焦るでしょうね。綾の言う通り、明日祭壇に連れて行かれてもおかしくはありませんわ」

「それから、先生の言っていたことですが、梶野さんはギリシア神話や日本神話についてある程度知識は持っていらっしゃいますか?」

「え? ええっと……少しだけなら分かりますけど……」

「オルフェウスとエウリュディケ、もしくはイザナギとイザナミは分かります?」

「分かります、死んだ妻を冥府に迎えに行く話ですよね?」

「ええ、そうよ。その話の中で、エウリュディケとイザナミは双方の旦那に決して振り返るなと言うのよ。振り返ってしまったが故に永遠に妻は戻らなかったという話ね。これはアーキタイプがあるのか、割と似たような話を見るわね」

「半死人ではありますが、人間である以上私達にもそれは適応されるんです。迎えに行っていないだけ、命に関わる何かの怪異か何かがあるんでしょうね」

「あと地獄についてだけれど、おそらく冥府を指しているのであれば地下かしらね。バビロニア神話においても、冥界下りなんかのエピソードがある以上、地下が冥界や地獄に見立てられるのもおかしくはない話ね」

 二人の解説でやっと理解した梶野は、軽く頷きながら岡崎と西園寺の後ろを歩いている。本当に理解出来たのかまでは分からないが、疑問に思うほどではなくなっただけよしとしよう。

 解説をしながら歩いていたため、かなり村の中央にまで知らぬ間に帰ってきていたらしい。周囲に村人の姿が確認できるが、どの村人も岡崎達の方へ視線は向けるものの話しかけて来るような様子は見せず、むしろ離れていっているような気さえする。

 ーー風嵐先生のところに行ったこと、多分もうバレてるんでしょうね。

 妙によそよそしい村人達の様子に、岡崎は警戒を高める。異物と仲良くするものは、村人からして異物と何ら変わりはない。きっとすぐ排斥にかかるだろう事が予想出来て、岡崎は気が重くなるようだった。

「さて、ここまで戻ってきた以上、もう一箇所行っておきましょう」

「柳田医院、でしたかしら? カルテ開示をしてもらうといいとのことでしたけれど、場所はご存知?」

「はい、柳田医院はこの村で唯一の医療機関なので。こちらです」

 日は既に傾きかけている。手早く話を聞くに越したことはないだろう。そんなことを思いながら、梶野の案内に従い柳田医院へと岡崎と西園寺の二人は足を進め始めた。

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