愛(哀)戦士ブッコロー 、ときめきに殉ずる

福山典雅

愛(哀)戦士ブッコロー 、ときめきに殉ずる

 僕はブッコロー。


 とても愛らしいミミズクだ。おっさんではない。


 もう一度言う、おっさんでは断じてない。だからキャバクラにも行ったりはしないし、お気に入りの子にアフターを断られ、泣き崩れた事など決してない。……ほっとけよ、こんちくしょう。


 僕はブッコロー、心の綺麗な愛らしいミミズクだ。もしアフターしてくれるなら、価格の書いてない寿司を好きなだけ食べていいぞ、はっはっはっ。あ〜あ。


 さて、そんな僕だか、何故か異世界に転生してしまった。


 しかも、掛け時計だ。


 すぐに消化出来ないかもしれないが、掛け時計、あの壁に掛かっているあれだ。しかも鳩時計みたいに、ミミズクの僕が1時間毎に飛び出して「ブッコロー」と時を告げる。どうだ、カッコいいだろ! 涙で前が見えないくらいカッコいいぜ、こんちくしょう。なんで、僕がこんな目に……。


 僕は転生した日の事を思い出す。


 あの日、確か僕は街を歩いていた。春の日差しが暖かで、僕と同じく陽気に誘われ歩いている人々の顔は、皆とても幸福そうだった。


 春はいいなぁ。


 僕はそんなのんびりした心持ちで、ふと持っていたバッグの中身が乱雑になっている事に気がついた。生真面目な僕だ。気になると見過ごす事が出来ない。だから、他の通行人の邪魔にならない様に歩道の少し端に身を寄せ、座り込んでしっかりと中身の整理を始めた。


 あっ、別にこの場所が、地下鉄の排気口近くだけど特に意味はない。


 で、今日は春の風が強く、僕がその風上にいる事に特に意味はない。


 そして、つい先程、可愛い女子大生らしき女の子のスカートがふわりとめくれ上がって、まさにここはベスポジだぜ、イェイ! なんて考えてもいない。


 僕はブッコロー、心の綺麗な愛らしいミミズクだ。


 変態ではない、座り込んで低い位置からバッグの整理をしているだけだ。ただ、通報はやめてくれ。


 そんな時だ。


 歩道に座り込んでいる僕は猛スピードで走る自転車に、ドカン! と跳ねられ意識を手放した。


 そして、気が付けば掛け時計になっていたのだ。


 うん、神様っているんだね、あの、ごめんなさい。


 さて、掛け時計になってっしまった僕は、日々お仕事に精を出している。1時には「ブッコロー」、2時には「ブッコロー、ブッコロー」、そして時が過ぎ12時には12回も「ブッコロー」を叫ぶ。ほぼ迷惑行為だ。だが、未だ外されていない事から、僕はきっと役に立つ掛け時計なんだ、と自分を慰めている。


 僕が設置されているのは、この家に住む娘の部屋だ。


 歳は15歳。とても愛らしいオレンジの瞳と綺麗なアイスブルーの長い髪、そして胸がとても大きい、凄い揺れている、たまらない! だが、通報はやめてくれ。


 これは現世では犯罪だが、異世界では合法だ。大体、この世界で15歳は成人らしい。だから何も問題ない。つまり、僕に問題があるだけだ、ほっとけ。


 愛らしい彼女の名前は、ロレッタ。とても生真面目な子で、朝の6時に着替えて仕事に行き、夜の9時にパジャマとなり、少ししてから就寝する。実に規則正しい。それはつまり! 僕には一日2回の着替えを覗くチャンスがある。


 僕は「ブッコロー」と叫びながら、その一瞬で彼女の姿を、必死に目に焼き付ける事だけに集中する。


 これは神様がくれた僕への癒し、ご褒美だ。あの、頼むから通報はやめて下さい。


 そこで僕は大きな壁にぶつかった。何を隠そう掛け時計の動きはとても速い、実は毎日時を告げる時に出たり入ったりして、物凄く気分が悪くなっていた。


 おかげでロレッタの着替えを、僕は一度もまともに見れていない。悔しくて血の涙が出る。


 だが人間は成長する、そしてミミズクも成長する。ここで格言を一つ披露しよう。


「どんな困難にぶつかろうと、変態に引き返すという文字はない!」


 僕は日々の研鑽を積み重ね、遂に出入りの速さを克服した。弛まない努力は、いつか必ず結果として出るものだ。


 僕は歓喜した。遂にロレッタの下着姿を、そしてその、あの、つまり、あれだ、そんな姿をまじまじと見る事が出来るんだぁぁぁああああ!






 だけど、その日から彼女はいなくなった。






 僕は泣いた。


 膝をつき、地に拳を叩きつけ泣いた。


 魂が張り裂け、悲しみの海は僕を嘲笑う様に濃く深い。


 ロレッタのおっぱい、見たかっぜ、こんちくしょう!





 さて、それから3カ月、虚しい日々を過ごしていた僕の前に彼女が帰って来た。


 だが、その姿はすっかり変わり果てていた。


 付き添う彼女のご両親の会話から、何が起こったのかわかった。


 ロレッタは食堂で働いていた。そして3カ月前のあの日、キッチンの魔道具が突然爆発し、食堂は周囲5軒以上を巻き込む大火災を起こし、彼女はそれに巻き込まれ、辛うじて一命をとりとめた。


 だけど、あの綺麗だったオレンジ色の瞳は両眼とも潰れ、美しかったアイスブルーの髪はもはやない。大きかった胸の片方は無くなり、両の指先は溶けて固まっている。その全身は痛々しいを通り越し、凄惨としか言いようのない酷い火傷の傷跡で埋め尽くされていた。






 僕は言葉を失った。


 あの可愛らしく美しい15歳の少女が、何故こんなにも痛ましい姿にならないといけないのか。


 神様は残酷だ。運命は人を馬鹿にしている。


 僕は無力な掛け時計にしか過ぎない自分を呪った。


 僕はこんなにも辛そうな女の子を目の前にして、ただ「ブッコロー」と叫ぶしか出来ない、そんなポンコツだった。


 両親の介護無しでは生きれないロレッタ。


 出歩く事も、いや、窓から景色を見る事さえも、最早叶わない彼女。


 僕はロレッタの小さな支えにもなれないただの掛け時計だ。


 そんな情けない毎日が1カ月程過ぎたある日だった。


「もう死にたい」


 今まで、懸命に愛情を注ぐご両親を慮って、弱音一つこぼさず、健気に笑おうとしていた彼女がポツリと漏らした。


 一度その言葉を口に出してしまったせいか、もうロレッタはとめどもなく自らの境遇を呪う言葉を吐き続け、激しく号泣し始めた。


 だけど、それでも心の優しい彼女は、素直に全てを解放出来ず、階下にいるご両親に聞こえない様にと、枕に顔を必死に押し付けて咽び泣いていた。






 僕は変態だ。


 女の子が大好きで、エロい事ばっかり考えている。


 しかも、オープンであり、時にむっつりでもある。


 そんな変態にだって、どうにかして悲しみに溺れ苦しむ女の子を救う何かが出来ないのか!


 僕は心底怒った。


 今までの人生で、一番怒った。


 ふざけんな、こんな不条理があってたまるか!


 女の子の涙は嬉し泣き以外、僕はみとめないんだからな!


「神様の馬鹿野郎ぉぉぉおおお!」


 そう叫んだ瞬間だった。


 僕の目の前に、真っ黒でゆらゆらと揺れる邪悪な何かが現れた。


「願いを叶えてあげよう」


 なっ、こいつはなんだ、まるで世界を呪う様な禍々しい声が、僕に突き刺さって来る。


 まさか、こいつは……。


「お前の全てを差し出せ。未来永劫の地獄を味わい、我に甘美をくれるなら、その娘を以前の姿に戻してやろう」


 こ、これって悪魔に魂を売るって事!


 マジですかぁ! 神様の悪口を言ったら悪魔が出て来ちゃったよ!


 ど、ど、ど、どうしたらいいの! 怖いんですけぉぉ!


「さぁ、どうする? いずれこの娘は自らの命を絶つ。それを救えるのは貴様の決心だけだ」


 くっ、こ、この野郎、僕を追い込んでいるつもりか。でもな、生き馬の目を射抜く動画配信の世界に生きてる僕はそんなに甘くないぞ!


「おい、上手い事を言って、本当は僕が助けても彼女は貴様に人生を狂わされ、結局は死ぬ運命で、僕と彼女をまんまと騙す気じゃないだろうな!」


 すると、禍々しい存在はふいに苦笑いをした。


「そう言う話は神を崇める人間が作っただけだ。信じろとは言わん、貴様は決心するだけだ」


 ぐっ、なんかホントっぽい。


 僕はふと冷静になって、ただ聴こえて来る彼女のすすり泣きに耳を傾けた。







 見ず知らずの女の子だ。


 僕はそもそも彼氏でもないし、友人ですらもない。


 僕は単なるミミズクの掛け時計だ。


 でも、彼女の泣き声が聞こえる。


 悲しさを引きちぎる様な痛みが、


 辛さを隠せず苦しみに溺れる声が


 誰かに助けてとも言えず、


 絶望だけを見つめ続けた涙が、


 室内に、ただ小さく響いていた。






 こいつの言う未来永劫の苦しみが何なのか、僕にはわからない。


 だけど、ここで何もしなくて掛け時計として終わる事、後悔を胸に残したまま生きる事、僕にとってはそんな人生の方がよっぽど未来永劫の苦しみだ。


 誰かを救えるチャンスを知っていて、何もしない。そんなの最低だ。僕は断じてそういう生き方だけはしたくない!


 僕は変態だ。


 沢山の妄想をくれたロレッタ。


 沢山のドキドキをくれたロレッタ。


 沢山のエロエロシチュを楽しませてくれたロレッタ。


 やってやんよ、地獄の苦しみだと!


 ミミズク、なめんじゃねぇぞ!


 僕は叫んだ。


「魂でもなんでも取りやがれぇぇぇぇええええ!」


 刹那、僕の目の前が真っ暗になった。







「……ローさん、……コローさん、……ブッコローさん!」


「僕のおっぱいぃぃぃい!」


 はっ!


 僕は大声で叫ぶと目を覚ました。


 すると目の前にはザキがいた。


「もう、心配しましたよぉ、今、先生を呼んで来ますね!」


 そう言うと、彼女は看護師さんと部屋を出て行った。


 見渡してみれば、ここは病院だった。


 僕はその後、自転車に跳ねられてからの状況を聞かされ、様々な雑事を終え、2日後に退院した。





 あれは一体なんだったんだろう。


 僕はそんな疑問を抱きながら、部屋に帰りボーっとしていた。その時だ。時を知らせる鐘がボーンと鳴った。


「ブッコロー」


 何処からともなく、掛け時計で叫んでいた僕の声が聞こえた。


 そして、確かに、絶対に、間違える事のない、嬉しそうな笑い声が聞こえた。


 ロレッタが笑っていた。


 僕はその声を聞いた瞬間、息が止まる程嬉しくなって、そしてポロポロと泣けて来た。


 良かった、きっと彼女は元に戻れたんだ。


 本当に良かった……。


 って待てよ。


 と言う事は、願いが叶ったから、僕には未来永劫の地獄の苦しみがやってくるの、マジですか?


 と、その時、あの禍々しい声も聞こえて来た。


「ふん、おまけにしといてやる」


 不気味な声がそう言って、すぐに消えた。


 それからは誰の声も、何も聞こえて来なかった。


 でも、僕は恐怖より喜びに満ち溢れていた。


 ロレッタが元気になれば、僕はそれで満足だ。


 そして、その夜から僕は!!!




 1ヶ月間もEDになった。


 まさに地獄たぞ、こんちくしょう!












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愛(哀)戦士ブッコロー 、ときめきに殉ずる 福山典雅 @matoifujino

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