第2話 婚約破棄

 婚約を破棄すると告げられて、パーティー参加者の間にざわめきが広がっていく。周りの皆が、私達の様子に注目していた。


 一体、彼は何を言っているのだろうか。どうして急に、婚約を破棄するという話になったのか。こんな、皆が見ているような場所で。意味がわからない。私の頭の中に次々と、そんな疑問が湧いてきた。


 理由は一体何なのか。考えてもわからなかったので、直接彼に聞くことにした。


「フィリベール王子。婚約を破棄する理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


 すると彼は怒って、私を睨みつけてくる。その瞳には、怒りの感情が宿っていた。なぜ、そんな目で私を見るのか。やはり、理由は分からない。


「理由だと!? レティシア! お前は、王太子である俺と婚約しているというのにその自覚もなく、あってはならない行いをした!」

「あってはならない行い……?」


 怒りに満ちた目を向けられて、いきなりそう言われる。けど、過去の自分の行動に思い当たるものはなかった。だから私は、首を傾げるしかない。


 フィリベール王子は一体、何のことを言っているのか。


 理由があるとすれば、2人で話をする機会が少なくなったこと。特に最近は、目も合わせないことが増えてきていた。こんな状態で、本当に私達は仲良くやっていけるのだろうか。婚約者として、将来が不安だった。


 それが、最近の私の悩みである。もしかして彼は、そのことを指摘しているのか。もっと積極的に、私の方から仲良くする努力をするべきとか。でも私としては、彼に歩み寄ろうとしているつもりだったのに。


 けれど、そんなことを”あってはならない行い”なんて言うだろうか? 他に何か、彼が怒るような理由を考えてみた。けれど、やはり何も思いつかない。


 顔を真っ赤にして怒っているフィリベール王子に、私は再び尋ねる。


「申し訳ありません。一体、何のことを言っているのですか?」

「しらを切るつもりか! だが、無駄だぞ! お前がロザリーをイジメていることを俺は、既に知っているんだ!!」

「はぁ……。ロザリー? イジメ?」


 彼の口から突然出てきた、女性の名前。一体、誰のことかしら。私の知り合いに、そんな名前の令嬢なんて居たかしら?


 ロザリー、ロザリー、ロザリー。うーん。少し記憶を思い返してみたけれど、思い出せなかった。


 誰かをイジメたなんてことはしていないし、身に覚えがない。そもそも私は今まで人生の中で誰かをイジめた経験は一度もないし、これからもないと思う。


 もしかしたら、彼女側がイジメられたと勘違いしているのかも。だとすると、少しだけ申し訳ないことをしてしまったかもしれない。勘違いさせてしまうような行動をしていたのであれば、私にも悪かった部分があるのかも。


「なんだ、その態度は! お前は、そこに居るロザリーに嫉妬して嫌がらせをした。取り巻き共に、彼女を無視して辱めるよう指示したことも分かっているんだぞ!」


 自信満々に、私のことをビシッと指差すフィリベール王子。それは、イジメが事実だと確信している顔だった。一体、どこからそんな情報を得たのだろうか。それに、私がそんな指示を出したってどういうことなのよ。


「フィリベールさまぁ……」

「大丈夫だよ、ロザリー。これで君は、もう嫌な思いをしなくて済む」


 私達の周囲を囲むように立っているパーティー参加者の中から、1人の少女が前に出てくる。


 幼くて可愛らしい容姿の女性。ふわふわとした金髪に大きな瞳をしている彼女は、頬を赤く染めながら嬉しそうな表情を浮かべてフィリベール王子の名前を呼んだ。


 どうやら彼女が、ロザリーという名前の令嬢らしい。フィリベール王子とは、とても親しそうな雰囲気だった。


 ふと、視線をパーティー参加者達の方に向けた。すると、親友のミリアンが怒りの表情で私達の様子を見ていた。あれは、私を助けようとしてくれているようだけど。


 彼女は分かってくれたのだろう。これは冤罪だ。だけど、ダメだよ。私は首を横に振った。


 貴女が、こんな面倒なことに巻き込まれる必要はない。


「……ッ!」


 ミリアンは、悔しそうに歯噛みしていた。そして私に対して、何か言いたげな様子を見せる。でも、それをグッと我慢してくれたようだ。止まってくれて良かった。


 私は再び、フィリベール王子と向き合う。それから、確認するために聞いた。


「つまり私が、ロザリーという令嬢をイジメていたから婚約を破棄する、ということですか?」

「あぁ、その通りだ!」


 卒業パーティーの真っ最中に。


 こんなに多くの人たちが見ている状況でフィリベール王子が婚約破棄すると言ってしまったので、もう撤回することは出来ないだろう。だから、受け入れるしかない。


 イジメの件については、調査してもらったら事実が分かるはず。だから、そちらに関しては私は何もしない。というより、今は何も出来そうにない。とりあえず今は、わかりましたと婚約破棄だけ認めようとした瞬間。


「どうしても嫌だと、お前が俺に泣いて縋ってくるなら考え直してやってもいいぞ」


 ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらフィリベール王子は、そんなことを私に向けて言い放った。


 えっと、それは。どういう目的で言っているのでしょうか……?


 急に婚約を破棄すると告げてきて、でっち上げた理由を堂々と口にしたかと思えば今度は、考え直してやってもいいぞと彼は言う。本当に意味が分からなかった。彼は一体どうしたいのか。婚約を破棄するのか、しないつもりなのか。

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