第31話 証拠を探せ




 祭りの後の町には高揚の名残がここかしこに散らばっている。

 踊り疲れて帰途に就く者。未だ興奮冷めやらず酒盛りする者。中には酔っぱらったまま、路上で眠り込んでしまった集団までいる。

 

 そして街角をぐるりと見渡せば、路地裏や店の前に山積みになっているのは大量のゴミ。

 『自分の出したごみは自分で持ち帰るように』――などという現代的モラルが欠如している異世界では、当然のように見られる光景だった。


「うぇぇぇ~……、本当にゴミの中を探すんですか? マリアージュ様」

「当然よ。フリッツはこの踊る仔兎亭からオックスの酒場付近まで逃げる途中で、所持品を捨てたはず」

「でももし所持品を捨てるだけじゃなく燃やしてたとしたら?」


 ユージィンの質問に対して、マリアージュは首を横に振る。


「その可能性は低いと考えているわ。フリッツは衛兵隊に追われ逃げ回っていた。隠したいものを燃やすほどの余裕はなかったと思うし、このゴミの山の中で火をつければあっという間に燃え広がって火事になる」

「なるほど」


 マリアージュは「じゃあ始めるわよ」と、大量のゴミの前で腕まくりをした。

 コーリーはその姿を見て、ごくりと生唾を飲み込む。


「マ、マリアージュ様自らが率先してごみを探索するというのなら私だって! “照らせイルーシュ”」


 コーリーは辺り一帯を照らす照明の魔法を使った。そして誰よりも先にゴミの山に突撃していく。


「やるじゃない。頼りにしてるわよ、コーリー」

「は、はい!」

「探すのは凶器、薄茶色の上着、四葉模様がついた革鞄、のいずれかよ。見つけたらすぐに声をかけてちょうだい」

「りょーかい」


 こうして真夜中に近い時刻に、ゴミ探索が始まった。

 家路につく人は、下町で有名なユージィンとコーリー、それに豪奢な美女が一心不乱にゴミを漁っている姿を見てドン引きする。


「あれは一体何をやってるんだ……」

「ユージィンとコーリーはなんだかんだ言っても魔道士だろ? なんであんなゴミ拾いみたいな真似してるんだ?」

「ワンワン!」


 もはや野良犬さえも、マリアージュ達を避けて通る有様だった。

 しかしありがたいことに、そこに応援の者がやってくる。


「ハハッ、本当にやってやがるな。おーい、嬢ちゃん、ユージィン、コーリー!」

「あら」


 アルフは衛兵隊士を大勢従えていた。あっという間に泥だらけになった三人を見て、わざとらしく自分の鼻をつまむ。


「おお、くせぇくせぇ。こうなると美女も台無しだな」

「殴られたいなら、今すぐ盛大な平手打ちをぶちかまして差し上げてもよろしくてよ?」


 マリアージュはにっこりと笑いながら、指の関節をポキポキと鳴らした。

 アルフは降参のジェスチャーをして、再び豪快に笑う。


「冗談だ、冗談。嬢ちゃん、気に入ったぜ! まさか公爵令嬢様とあろうお方が、事件解明のためとは言え、ここまでするとはな。……おい!」

「了解です、隊長!」


 アルフが視線で合図を送ると、隊士達が街角のあちこちへと散らばっていった。

 そして彼らも同様に、ゴミを漁り始める。


「オックスの酒場から南西地区4丁目までの探索は俺らが受け持つ。嬢ちゃんらは踊る仔兎亭から西5丁目辺りまでを頼む」

「わかったわ、任せて」

「ひとり連絡用の隊士を置いていくから、何かあったらこいつを使いっぱしりにしてくれ」


 簡潔に言いたいことだけを言うと、アルフをもまた路地裏の向こうへと走り去っていった。

 そんなアルフにマリアージュは好感を覚える。

 頑固なところはあるが、部外者であるはずのマリアージュの意見も真摯に受け止め、捜査に情熱をかける姿は素直にかっこいいと思う。

 王宮で他の女とイチャイチャしているどこぞの王太子より、数百倍マシである。


「それにしてもなんでフリッツは自分が犯人だなんて嘘をついたんでしょう?」

「………」


 ゴミを漁りながら、コーリーがふと当たり前の疑問を口にした。


「そうね、普通に考えれば、誰かを庇っている……という可能性が濃厚ね」

「庇うって誰を?」

「………」

「もしかしてフリッツにはドナ以外に恋人がいたとか? その恋人がドナに嫉妬して殺したとかかなぁ?」

「……」


 コーリーの頓珍漢な推理に、マリアージュもユージィンも揃って押し黙った。

 フリッツが己をなげうってまで庇いたい相手――となれば、容疑者は自ずと絞られてくる。

 けれど『彼女だけはあり得ない・・・・・・・・・・』という思い込みと先入観が、多くの者の目を曇らせているのだ。


「それもこれもフリッツが捨てたゴミの中に隠されてるわ。喋るより先に手を動かしなさい」

「は、はい!」

「というか、思わずマリアージュ様に釣られてゴミを漁ったけど、よく考えたらこういう時こそ解析の魔法を使えばいいじゃん」

「あ」

「あ」


 今思いついたという風なユージィンの指摘に、マリアージュもコーリーも固まった。そしていったんゴミの山から離れると、パンパンとワンピースをはたいて埃を落とす。


「よく言ったわね、ユージィン! 実は私も今そう命令しようとしていたところよ!!」

「絶対嘘だ……」


 見栄っ張りなマリアージュに呆れつつ、ユージィンは解析魔法による探索に切り替えた。

 とはいえ、広大なパーム区に捨てられた大量のゴミの中からたった一つの物証を見つけ出すのは、たとえ魔法を使ったとしても多くの時間が必要だった。



 





 そして、乾いた闇に射し込む光――昨日と今日の境目にある太陽が、地平線の向こうからわずかに顔を出したばかりの時刻。

 ほぼ徹夜で魔法解析による探索に当たっていたコーリーが、満面の笑顔でマリアージュに駆け寄ってきた。


「マリアージュ様、あっちの露店通りの角で見つけました! これってドナの鞄ですよね!?」

「!」


 おおよそ7時間以上かけた探索は実を結び、とうとう一つの物証が発見された。

 それはフリッツに盗まれたドナの鞄。

 幸いにも他の誰かに荒らされた様子もなく、マリアージュは急いで中身を確認する。


「上出来よ、コーリー」

「やった、これでやっと眠れる……」


 コーリーはヘロヘロになりながら、問題の鞄を手渡した。

 鞄の中に入っていたのは財布、ハンカチ、化粧道具がいくつか。女性の所持品としては当たり前のものばかりだ。

 しかし。


「薬包だわ」


 その中に一つ、内ポケットの奥にしまい込まれていた薬を見つけ出した。

 薬包には【ガルメキア薬局】の判が押されている。


「この判子、確かフリッツが持っている薬包にもあったわね」

「ああ、同じ薬屋で手に入れたってことかな。フリッツが隠したかったのはこの薬かも……」


 マリアージュとユージィンが話し合っている間も、コーリーは近くの壁際に座り込んで寝落ちしそうになっていた。

 けれどマリアージュはそんな部下をねぎらうどころか、容赦なく叩き起こす。


「コーリー、この薬の分析をお願い」

「ひゃ、ひゃい!?」

「喜びなさい。あなたに頼んでいた仕事が、この場面で役に立つかもしれなくてよ?」

「は、はぁ……?」


 訳も分からず、コーリーは言われるがまま薬の分析を行った。

 すると、恐ろしい事実が発覚する。


「マ、マリアージュ様、この薬って……!」

「………」


 薬の分析結果に、コーリーだけでなくマリアージュもユージィンも辛そうに顔を歪ませた。

 そしてすぐにアルフら衛兵隊にも分析結果が共有される。


 判明した新事実により、マリアージュはある一つの仮説を立てた。

 薬包の中身が何かわかって、真犯人の動機もほぼ明らかになる。

 だがそれはいわゆる状況証拠。マリアージュの妄想と言われても、仕方がない部分がある。

 マリアージュが立てた仮説をより一層強く裏付けるには、明らかな物的証拠が必要だった。





           ×   ×   ×





 太陽がいよいよ地平線上に顔を出し、新しい朝がやってくる時刻。

 マリアージュは再び衛兵隊の兵舎を訪れ、ドナの遺体と向き合っていた。

 ちなみにユージィンとコーリーはさすがに疲労困憊らしく、廊下に備え付けのソファで仮眠をとっている。

 そして小さなランプだけが灯る暗い霊暗室に、物音も立てずアルフが入ってきた。


「よぉ、遺体とにらめっこかい、嬢ちゃん? 何か新しい発見はあったか?」

「そうね……」


 解剖器具が揃っていないここでドナの体にメスを入れるわけにもいかなくて、マリアージュは体の損傷の確認のみに留めている。けれど遺体のどこかに、犯人が残していった証拠があるはずなのだ。


「爪の間に挟まった皮膚片以外に、何か手がかりはないかしら……」

「相当煮詰まっているな」

「……」

「そういや遺体を初めて見た時、嬢ちゃんはドナが死に際に何か叫ぼうとしていたんじゃないかと気にしていたな」

「あ、そうだったわ!」


 マリアージュはそこで再び、遺体の不自然さに気づく。

 通常、口を閉じている状態で死んだとしても、時間が経過して死後硬直が解けると共に、自然と口が開いてくるものである。これは故人がもう自分で口を動かすことができないため、重力によって顎が下がってくるからだ。

 しかしドナの口は最初から開いていた。目を閉じているにもかかわらず、何かを叫びたいかのように。


「口の開いていることがそんなに気になるか? 俺はむしろ、のほうが気になるけどな」

「え……?」


 突然脇から飛んできたアルフの意見に、頭でっかちのマリアージュは思わず小首を傾げる。

 人は臨終の際、大体が白目をむくものである。けれど前世でマリアージュが解剖した死体の多くは、解剖室に運ばれた際にすでに瞳を閉じている場合が多かった。

 だからこそ、不自然さの正体に気づくのがアルフよりも遅れてしまったのだ。

 

「下町でこんな職に就いてりゃ、俺も死体はある程度見慣れてる。穏やかな顔で死んでいく奴は……まぁ、ほとんどいねぇな」

「……」

「無残に殺された者、リンチに遭った者……いろんな犯罪者がいるが、大概が恐怖に顔を引き攣らせたまま死んでるぜ」

「じゃあドナも」

「正面からナイフでめった刺しにされたんだ。おそらく驚きと恐怖で表情は固まっていただろうよ」

「!」


 そこまで言われて、マリアージュはアルフが言わんことに気づく。


「……ああ、つまりあなたはこう言いたいんですのね? 犯人はドナを殺した後、

「ああ」

「なぜ?」

「そんなこと、俺に聞くなよ。でもまぁ普通死んだ人間の目を誰が閉じてやるのかを考えれば……。自然と答えは導き出されるわな」

「……」


 マリアージュとアルフの視線が絡み合い、一瞬の静寂が訪れた。

 どうやらドナの私物だった薬の分析結果を知って、アルフもマリアージュと同じ推測に辿り着いたようだ。


「ありがとう、アルフ。あなたのおかげで、物的証拠が見つかりそうですわ。ユージィンを呼んできて下さる?」

「ったく、人使いが荒い嬢ちゃんだな。了解、了解」


 アルフは苦笑しつつも、踵を返して霊安室を出ていった。

 一方、マリアージュは前かがみになって、ドナの瞼付近に目を凝らす。



「ドナ、あなたは真犯人を見つけることを本当に望んでいるのかしら……」



 物言わぬ遺体に問いかける言葉は、悲しく虚空に響くだけ。

 しかしもし被害者の意に添わぬとしても、あくまで真実を追求する。

 それが法医術士・マリアージュの、揺るぎない使命なのだ。








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