第17話

現れた人間たちは、意味不明な言葉を喚き散らしながらスキルを発動させた。猫耳を付けた女がこちらに手を向け、それと同時に犬耳を付けた女がまばゆい光を放ち、思わず目をつむる。まずい、攻撃される。


「任せて!『ポータル・イン』」


前方の空気が変わり、光で真っ白に染まった世界に真っ黒な空間が生まれた。そこへ白地に黒く縁どられた何かが吸い込まれていく。あれは――文字?

それと同時に、俺たちの周りから、ミシミシと何かが引き抜かれるような音がして――


「危ない!」

「え」


銃声が轟き、体に強烈な痛みが走る。

光が収まってきて、周りの状況をようやく把握できるようになる。


前方には重火器をいくつも生やした箱。

周りには、大量の木々と「文字」が俺たちを取り囲むように浮かんでいて、

若い男が手をかざして何かを叫んでいる。

けれど聞こえない。

その声は奇怪な音に遮られたから。

それは人間の悲鳴のようでいて、歌声のようでもあり、怨嗟の叫びのようでいて、故障したロボットのようでもある。

分析不可能な音、それでも、一つだけわかることがある。

この音は、最悪だ。


「あ、あぁあ、あああぁあ!やめて!うるさい!うるさいよ!!」


アリアが両手で耳を抑えた。すると、開かれていた異空間への扉は閉じてしまって、それを見計らったように、再びまばゆい光が放たれた。

雨のように何かの液体がふりそそぎ、体を湿らせていく。音はまだ鳴っている。頭の中に、ヘドロを流し込まれているような感覚。そして肩がじくじくと痛む。視界不良のせいでどれほどの傷なのかもわからない。

周囲の大気が変わった。来る。


「ウインドシールド」


俺たちを囲むように風の膜を作るが、銃弾と雨は通り抜けてきた。運がいいのか、銃弾は頬をかすめるだけで当たらない。


「アイスシールド」


その内側に氷の壁を作って、それらを防ぐ。思ったより威力がある。もって十数秒か。どうする。

自我を失っているからマインドハックは聞かないだろう。センスハックも効くかどうかあやしいが、効く可能性はある。ただ、するには距離がありすぎる。木や文字をポルタ―ガイストで動かせないかと試してみるがびくともしない。レベルが足りないのか、コピーで得たスキルは弱体化するのか。先に使ったスキルが優先されるのか。そういえば、この状況。あのスキルが使えるんじゃないか?

俺は耳をふさいでうずくまるアリアに近づき、手をどかす。


「やめて!」

「死にたいなら、耳をふさいでいればいい」


耳元で、脅すように言った。すると顔をしかめながら手をおろしてこちらを睨みつけてくる。


「作戦があるんだ――」




氷の半球にひびが入り、一気に亀裂が拡大する。


「ポータルイン」

「『ブリンク』、『アイスシールド』」


浮遊感に包まれ、体がすとんと落ちていく。

地上では、破壊された氷の半球のさらに内側に、さらに氷の盾が形成された。その内側には、立って氷の盾に手をかざしているあきとと、うずくまって耳をふさいでいるアリアの姿がある。

『彼ら』に向かって敵は攻撃を続けている。


「ポータルアウト」


突如、空に亀裂が入り、そこから二人の男女が落下してきた。


「なんで空なんだよ!」

「こっちのほうが意表を付けるでしょ!」

「一理ある」

「ってそんなこと言ってる場合?!」

「わかってるって。『アイスランス』」


下方に見えるドッグに向かって氷の槍を放つ、槍は風を切って疾走し、その脳天を貫いた。これで目くらましはなくなった。

仲間がやられたことに気づいて、ほかの4体がこちらを向いた。箱から生えている重火器もこちらに銃口、砲塔を向けてくる。


「ちょっと!これどうすんの!?」

「大丈夫、避ければ当たらない」

「それ同じこと言ってるだけって、え!?」



俺は横で一緒に自由落下していたアリアを抱きかかえ、『フライ』で飛行し始める。抱きかかえるときにアリアの方を向いたので、そのひどい姿が目に入った。アリアの服がボロボロになっていた。

咄嗟に目を背ける。すると、下から銃弾の雨が撃ち込まれてきた。

回避するため、速度を上げる。アリアはキャーと悲鳴を上げながらも、楽しそうに笑っている。アトラクションじゃないんだが。

横目にアリアをちらりと見る。服が、まるで何かに溶かされたように穴だらけになっていて、それどころか、下着も部分的に溶かされていた。角度によっては、大事なところが見えそうになっている。平静を装って俺は言った。


「なぁ、見えそうだぞ」

「え?」


疑問の声を上げて俺の視線をたどると、ボロボロになって肌面積が激増した胸元に気づいた。

がばっと片腕で胸元を隠す。顔は羞恥で赤く染まり、体をプルプルと震わせている。


「な、なんで」

「そういうスキルなんだろうな」

「最悪最悪最悪。あきと、あいつらとっとと殺して」


その目はどす黒く濁り殺意に満ちていた。その矛先が俺に向かっていないことに安堵する。

あぁ、と返事をして、物理法則を無視するかのように軌道を突然変えた。体は急降下し、地面がどんどん近づいていく。視界の端では、アリアが百年の恋も冷めるようなひどい顔をしている。

急にこんなことをしてこわがってるんだろう。申し訳ないと少しだけ思った。


敵との距離が近づいてきて、回避もシビアになっていく。銃弾や砲撃しか飛んでこなかったのが、木々や文字も交じってくる。時々回避しきれなくて、アリアがポータルを開いたり、俺がシールドを張ったりする。風を切る音がうるさい。だから、もしさっきの異音が鳴っていたとしても問題ない。ある程度近づいたところで再び水平軌道に切り替える。


「アイスランス」


放たれた氷の槍は、銃弾に匹敵する速度であまたの重火器を貫いていき、


「これで終わりか」


そのまま、何事もなく、残りの4体の人間たちも貫いて、辺りには静寂が戻った。静かに地面に降り立って、肩の傷を確認する。血はすでに止まっていた。存外浅い傷だったらしい。それか俺の回復力がおかしいのか。

アリアはこちらに背を向けて耳を赤く染めている。


「怪我とかないか?」

「だい、じょうぶ」

「ならよかった」


俺はそう言いながら『血の支配者』で服の破れた部分を繕う。アリアは横目にちらちらとこちらを気にしている。


「いるならやってやるけど」

「お、おねがいしたいです」

「じゃあ、こっち向いてくれ」

「向かないとだめ?」

「そうしないとできない」

「わ、わかった」


そう言ってアリアがこちらを振り返った。服は見るも無残な状態になっていた。特に胸元がひどい。雨のように降ってきたから、そこに液体がたまるせいなのか、胸元の服はほとんどなくなっていて、下着さえ穴が開いていた。すごくきわどい。風が吹けば残り僅かな布さえ飛んで行ってしまいそうだ。


「じゃあ、補修するぞ」


そんな気持ちを押さえつけながら、服を補修していく。しばらくかかって、どうにか視界に入れても毒にならない程度に補修できた。


「あ、ありがと」


アリアは顔を真っ赤にしながらそう言った。

俺は視線をそらして――その先にはいまだに青く輝く立方体が建っていた。








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 最新話まで読んでくださりありがとうございます。


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犬も歩けばスキルに当たる ~「スキルコピー」と「レベルアップ」で全宇宙最強となる男 ~ 写像人間 @noname1235

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