第15話
村人たちに呼ばれた夕食は大変美味しかった。この村でとれた野菜を使っているらしく、とれたての野菜が一番うまいということを再認識させられた。そして全員が猫耳を付けていた。どうやらこの村はキャットの居住地らしい。伝承のこともあったので、16歳程度の少女はいないかと探したが、夕食の席には見当たらなかった。
リタ以外と話すのが久しぶりだったせいで、ぎこちない会話になってしまった。だが、お酒の力もあり、楽しい雰囲気が途切れることはなかった。それにしても、疲れたな。俺が人と話すようになったのなんてここ1、2年のことだし、仕方ないけど。
部屋に戻る道すがら、妙な視線を感じて振り返る。
「どうしたの?」
「いや...」
誰もいない。
空には満月が照り輝いていて、雲がちょうどそれを隠そうとしている。
まぁいいか。敵愾心や殺意は感じないし。リタが気づいていないってことは危険はないだろう。
部屋に戻った後は、てきぱきと支度をして眠りについた。一応探知はつけっぱなしにしておく。意外とこのままでも眠れそうだ。意識がだんだん薄らいでいく...
「はっ」
突然意識が覚醒し、体を起こす。視線を感じる。部屋の外から誰かがこちらを覗いている。敵意は感じない。俺は部屋を出て、その気配のほうへと向かう。
俺が近づいていくことに気づいたのか、気配が離れていく。
「ファストムーブ」
体を風で押し出して、一気に近づいて――あ、やべ。
「きゃっ!?」
そのままの勢いで衝突し、二人でもみくちゃになって転がっていく。転がった先で木にぶつかってやっと止まった。
「わるい。調整ミスったっ!?」
地面から起き上がろうとすると、手の中に柔らかいものが触れているのに気づく。いい感触だ。つい揉みたくなるような、心地のいい柔らかさだ。思わず手をもみもみと動かしてしまう。
「やっ!?」
突然、地面が消失し、浮遊感に包まれたと思った、次の瞬間には背中を何者かに蹴られ、木の側面から飛び出していた。何が起きた?
「新しいスキルを取得しました」
「最悪最悪最悪!なんで急にこんな目に合わなきゃいけないの!?もうヤダ!全部ヤダ!消えろ!全部消えちゃえ!」
後ろから悲痛な声が聞こえ振り返る。そこにはしゃがみ込んで豊満な胸を抱きしめるようにして叫んでいる一人の少女がいた。猫耳がぴんと張って、体中に立ち込めた怒りを表すかのようだ。身長はおそらく俺と同じくらい。程よく肉がついているが、出るとこは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる。要はスタイルがいい。さっき触っていたのは彼女の胸なのだろう。申し訳ないことをした。
一瞬、それだけでこんなに取り乱すだろうかと思ったが、体験したことのない苦痛の大きさを勝手に決めつけるべきじゃないだろと思い直して、声をかける。
「ほんとごめん。悪かった」
俺は彼女に向かって頭を下げた。誠心誠意、心を込めて謝罪する。
彼女は顔を上げて、乾いた笑みを浮かべる。その頬には涙が伝っていた。
「いいよ、もう。どうでもいいよ。どうせ...どうせ私は...」
今度はすべてを諦めたような表情をして下を向いてしまう。ケモミミがしょぼんと垂れてしまう。そこでやっと思い当たった。この子は、生贄に選ばれてしまったのかもしれない。
「君は...選ばれたのか?」
驚いた、というように顔を勢いよく上げて彼女は言った。
「知ってるの?」
「あぁ、部屋にあった冊子に書いてあったから」
「そう、不用心だなぁ。まぁ知られたからって何かが変わるわけでもないよね。そうだよ。私は選ばれた。だから?あなたがドラゴンを殺してくれるの?でもそうしたら村にはまた、強い魔物がやってきてしまうけど」
そう。あの伝承通りなら、ドラゴンを殺したところで結局大量の魔物がやってきてしまう。でもよく考えるとあの伝承にはおかしなところが多い。そもそもなぜドラゴンは生贄を欲している?食料や娯楽のためにしては間隔が空きすぎているし、ドラゴンなのだからわざわざこんなところで生贄を待っていないで自分から取りに行けばいい話だ。動けないのだとしたら生贄は食料になるはずで、だったらもっと短いスパンで生贄を求めるはず。
それに、どうやってドラゴンは魔物から村を守っている?
「ドラゴンを殺すか殺さないかは別として、俺もついて行っていいか?」
「は?」
彼女は困惑した表情でこちらを見やる。
「大丈夫だ。俺はそれなりに強い」
「いや...でも...」
「というかだから俺のこと見てたんじゃないのか?」
「それはそうだけどさぁ...でも万が一にもドラゴンが殺されちゃったら村に迷惑かかるしなって思って悩んでたのもの事実だし...はぁ、まぁいいよ。ついてきたいならついてくれば。死んでもしらないからね」
「さんきゅ。それで、行くのはいつだ?」
「今から」
「え」
もう、裏山に入ってから2時間ほどたっていた。想像以上に遠い。しかも日がすっかり落ちているせいで、周りは完全に暗闇に包まれている。アリアの持っていたランタンなしでは足元さえ見えなかっただろう。この二時間ほどでアリアとかなり話ができた。たぶん、不安や恐怖が彼女を饒舌にしたのだろう。名前はアリア・フォルド、村長の娘らしい。好きなことは友達とのおしゃべりで、嫌いなことは退屈なこと。だから村から出たくて仕方がなくて、16歳になったときは、やっと村を出られると喜んでいたらしい。
けれど、彼女は、16歳になってすぐに、生贄に選ばれてしまった。
「ほんとに最悪だった。あの日は村中が私の誕生日を祝ってくれて、美味しい食べ物をたくさん食べて、友達と楽しく話して、どこに遊びに行こうかとか、村から出て仕事をしようかなとか、そんな話をしていて...なのに、みんなが帰って、そろそろ寝ようかなって思ったときに...あの気持ち悪い声が聞こえてきたの。確か男の声だった。日時と場所を指定して『来なければお前の村は終わりだ』ってね。ほんと意地が悪い。なんでパーティーの前に言ってくれなかったんだろう。なんで未来に希望を持たせてから、それを断ち切るようなことをするんだろうって思って..さ。たぶんあれ程の絶望はもう一生感じないだろうね。きっと死ぬ間際になっても...」
ひどい。本当にひどい話だった。こんなことが何度も繰り返されてきたというのか。狂ってる。おかしい。でも実際に魔物が増えているのは事実で、だからこれは必要な犠牲なのかもしれないけど、だけど...
「あーあ。なんでもうすぐ死ぬっていうのに隣にいるのがこんな変態なんだろ」
「いや、あれは事故で」
「わかってるってもう...誰かがいてくれるだけで十分...」
そう言って歩いているアリアの手は震えていた。俺はその震えを抑えるように手を握った。
「あきと?」
「こっちのほうがましだろ。それとも俺とは嫌か?」
「い、いや...正直...助かる。ありがと」
横を歩いていたアリアが顔を背けた。手の震えは止まっていた。足の動きも、さっきより少しだけしっかりしている。少しリタに申し訳なさを感じて、でもこれは必要なことだからと言い訳をして上書きする。
「あとどれくらいで着くんだ?」
「もうすぐだよ...」
俺はアリアを安心させるように手をぎゅっと握った。我ながら思い切ったことをしているなと思う。でも、この暗闇と切迫した状況が俺たちの距離を急速に縮めていた。もう、俺が戦いたいからじゃなく、アリアを助けるためにドラゴンを殺そうと思えるほどに。
そうしてさらに歩き続けて数分、目の前に開けた空間が現れた。そして視界に移る奇妙な物体に思わず立ち止まってしまった。
「なんだ...あれ」
「わかんない...けどここが目的地だよ」
目の前には青白く発光した、巨大な立方体が建っていた。
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