第9話

「あんたは...ごめん。どこかで会ったことあったか?」

「い、いや、まだない、けど...」


まだって変な言い方だな。じゃあ何なんだろう。


「知り合いに似てたとか?」

「そ、そうだよ。あはは」


顔はフードの陰になっていてはっきりとは見えないが、中性的な顔立ちをしている。

一応「鑑定」しておくか。このスキルは声に出さなくても使えるらしいし。「鑑定」を使うと、少女の近くに文字が表示された。


名前:シャーロット

種族:ラビット

年齢:16歳


スキルは見えないのか。レベルが低いからか? ラビットってことはうさ耳ついてるのかな。そういえば、リタと尋問した兵士が、ラビッツがどうとか言っていた気がする。これと関係しているんだろうか。


「じゃ、私はこれで」

「あ、ああ」


会計はもう終わっていたのだろう。シャーロットは焦るように階段を駆け上がっていった。なんだったんだろう。俺も後を追うように歩いて階段を上っていく。そして自分たちの部屋へとつながる扉に手をかける。あれ、なんか忘れてるような。

扉を開く。


視界に入ったのは、何も身に着けていない少女の裸体だった。


「え、っと」

「ごめん!」


そう言って、がばっと後ろを向いて部屋を出た。後ろ手にドアをばたんと閉める。

心臓がどくどくと鳴っている。リタの裸体が脳裏に焼き付いている。白くみずみずしい肌が、女の子らしい丸みを帯びつつも、引き締まった身体が。

俺、今日寝られるかな...




「もういいよ」


しばらくしてリタがそう声をかけてきた。俺はおそるおそる扉を開く。

顔を上げると、ベッドの上にリタが座っている。今度はちゃんと黒いシャツとショートパンツを身に着けている。


「本当にごめん」


腰から上半身を曲げて誠心誠意謝る。


「いいよ。忘れてたんでしょ。意外とおっちょこちょいだよね」

「だとしても...見てしまったのは事実なので...本当に申し訳なかった」

「じゃあ、今日は一緒に寝て?」

「いや、それは...」


あんな姿を見た後で一緒に寝るとか、理性が過労死するんだが?


「じゃあ許さない」


プイッと顔を背けて、ベッドに寝っ転がるリタ。

リタに嫌われるのだけは避けたい。こんなに俺のことを慕ってくれる人なんてたぶん一生できない。

だから...仕方ない...か。


「わかったよ。でも今日だけだからな」

「やった」

「とりあえず、俺も体拭くから」

「わかった見てるね」

「見るな部屋出ろ」

「はーい」


上機嫌にリタはとことこと小走りで部屋を出ていった。




「もう寝た?」

「まだ起きてる」


夜、ランプを消して数分立ってからリタが声をかけてきた。


「よかった」


そう言って数秒、リタは沈黙してから


「どこにも行かないでね」


その声はとても悲痛な響きをしていた。


「行かないよ。俺、この世界じゃ異端なんだ。そんなやつを受け入れてくれる人なんてリタくらいだよ」

「そんなこと...ない。あきとは優しい。だから私がいなくても大丈夫」

「そんなことは...というか、損得でリタと一緒にいるわけじゃないんだ。ただ俺がリタと一緒に居たいだけだよ」

「でも私はあきとのためなら人の指を躊躇なく弾き飛ばせるようなやつだよ」

「でももうしないだろ?」


リタが後ろから俺の服を引っ張っている。手で掴んで離さないとでも言うように。

後ろで、すー、と息を吸う音がして、意を決したようにリタは言った。


「正直、私はあきと以外はどうでもいいんだ。施設のみんなは死んじゃった。復讐も終わった。もう私にはあきとしかいないんだよ。だからもしかしたら私は...あきとが危なくなったら...人を殺すことだって厭わない」


その声は真に迫っていた。本当にリタは躊躇わないのだろう。きっと俺が気を付けるように言ったから、少しは抑えてくれるだろうけど。例えば俺が誰かに殺されそうになった時、リタは躊躇なく相手を殺そうとするんだろうな。

リタがこうなったのは俺のせいだ。俺がリタに復讐を提案した。あくまで選択肢の一つとしてだったけど、俺がリタに人を殺させたようなものだった。だからリタにとっての人殺しのハードルが下がってしまったのだろう。リタが俺に依存してしまっているのも、俺がずっとリタと一緒に居るせいだ。リタの行動のほとんどを肯定し、世話を焼いてきたから。だったら...全部俺のせいなら――


「その時は、俺も背負うよ」


俺は振り返って、リタと目を合わせる。その目はうるんでいて今にも泣きそうに見えた。


「それってどういう...」

「言葉通りだ。リタがそのせいで誰かに追われるなら、俺も一緒に逃げるし、リタがそのことで苦しむなら、俺がそばで慰める。どうやったって俺はリタの罪のすべてを背負うことはできないけど、できる限りできることがしたいって思う...だから俺はどこにも行かないよ」

「そっ...か。あり...がとうっ...あきとぉ」


リタが抱き着いてきた。胸のあたりが湿ってくる。俺はリタの頭を、優しくやさしくなでる。ゆっくりと、リタの心が休まるように。リタが安心するように。

正直、このままではいけないなと思う。リタの人生を俺が縛ってはいけないと思うから。今は、リタに俺以外の選択肢がないけど、いつかそれ以外の選択肢も与えて、その上で俺のことを選んでくれればいいなと思う。


部屋の中にリタのすすり泣く声が広がっていく。俺は身じろぎせずにその声を受け止めていた。





それから数日間はクエストをどんどんクリアしていった。最初のころは一日一つ、二つしかクエストを達成できなかったが、慣れてくると、一日3つ4つのクエストを達成できるようになっていた。そして、いつの間にか俺たちのランクはDになっていた。


「今日はこれを受けるか」

「うん」


推奨ランクC

討伐クエスト 

対象ハイファントムウルフ 

場所 西の森


正直最近は命の危険のないつまらない戦闘ばかりで退屈――というよりイライラし始めていた。そろそろ歯ごたえのある敵と戦いたいものだけど。ジョニーがランクBならこれも楽勝なんだろうな。期待値低めに壁に貼ってあるクエストをはがし、受付で手続きをした。出る間際に、


「実は災厄の魔女が目撃されたという情報がありますのでUDには気を付けてくださいね」


と、謎の固有名詞満載のことを言っていたが、リタがいつの間にか外に出ていて迷子になっていないか心配だったので、すぐに出てきてきてしまい、聞くことはできなかった。


森に着き、しばらく探索しているとモンスターの気配がしてきた。最近、クエスト中は「探知」を常時発動するようにしていた。魔力不足が心配だったが、一回やってみたら大丈夫そうだったので続けている。


「いた」

「どこ?」

「正面、約300m先」


木に隠れながら、少しずつ距離を詰めていく。対象が目視可能な距離に入ったあたりで魔法を放った。


「アイスランス」


数十本もの氷の槍が対象へと襲い掛かった。ほとんどは外れたが、数本がその体を刺し貫いた。だが倒れない。ハイファントムウルフがこちらを向いた。目が赤く光った瞬間、ハイファントムウルフは5体に分裂した。


「新しいスキルを獲得しました」


久しぶりにこの音声聞いたな、とのんきに考えていると、分身したそれぞれがものすごいスピードでこちらに向かってきた。


それは瞬きするほどの時間だった。

気づくと5体のハイファントムウルフは胴体から2等分に切断されていた。

あきとには見えていた。


「居合 参の型 斬空」


そう言ったリタが、閃光の如く、5体の対象を一振りで両断した姿が。


「これで終わりか」

「うん、早く帰ってご飯食べよ」

「ああ」


クエスト完了の証明用にハイファントムウルフの一部を切り取りカバンへ入れる。いつの間にか分身した分は消滅していた。

結局スキルの獲得条件はいまいちわかっていない。リタの武術もスキルである以上、近くでスキルを発動されることが獲得条件であれば、これも獲得できていないとおかしい。でもそれができていないことから、別の条件であると推測できる。やっぱり自分に対して使われることだろうか。さっきの分身のスキルが実際に肉体を増やすのではなく、こちらの認識を書き換えて幻覚を見せることであるとするなら、その条件でも辻褄は合うか。

あるいは武術は例外なのかもしれない。魔法や特殊は感覚さえつかめればできるが武術は体にしみこませる必要があるから、とか。

それにしても


「リタも随分強くなったよな」

「あきともあの距離で気配が分かるなんてすごいよ」

「いやリタのほうがすごいよ」

「いやいやあきとのほうが」

「いやいやいやリタのほうが」



そんな風に話していると「探知」に4つの気配が現れた。その気配は何かから逃げるように動いている。討伐に失敗した冒険者だろうか。であれば追っているモンスターの気配もするはずだが――と考えていたら、4つあった気配のうち一つが消滅した。

きっと、死んだから消えたんだ。



「リタ」

「うん?」

「やっぱ帰るのなしだ」

「どうしたの?」

「人助け」


そう言って俺は気配のする方へと向かった。

リタは詳しく聞こうともせずについてきた。


しばらく走ると、前方に"大きななにか"が見えてきた。さらに近づくとその全貌が見えてくる。

体長は5メートル程、緑色の毛並みを持った巨大なライオンのようだった。青い瞳で獲物をにらみつけている。その毛並みは、金属のような光沢を放ち、ひらひらと風に揺れていた。


「鑑定」


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なんだ...これは......


獣が吠えた。腹の底が震えるような威圧感のある声。これと同時に、獣の周囲に雷が落ち、その一つが逃げていた一人に当たった。そして真っ黒に焦げた体が崩れ落ちた。残りの二人もその衝撃で吹き飛ばされ付近の木に激突した。


ふざけやがって。


「いくぞ」

「うん」



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