第8話
いつの間にかクエストの内容が変わっている。いや違うな。さっき追加された「センスハック」。「センス」は感覚のこと。それをハックされたと考えれば、このスキルによって視覚を改ざんされたと考えるのが自然か。こいつ、頭悪そうななりして、随分せこいことしやがる。
「なぁもしかしてリタにはAに見えてた?」
「うん、Aじゃだめなの?」
リタはさっきの説明聞いてなかったらしい。今度からはこういうのは聞いておいてほしいが、それについてはとりあえず置いておこう。
「俺がお前らみたいなバカに、冒険者としての生き方ってやつを教えてやる。こっち来い」
おいおい、暗がりに連れ込んでカツアゲルートか?ていうかなんで周りのやつら見て見ぬふりしてるんだ。ギルドのスタッフも遠めに見てるだけだし。こいつらが強すぎて誰も手だしできないのか、この町では他人のことには口を出さないのが普通なのか。
「わかったよ」
とりあえず今は素直に従おう。暗がりなら、こっちも遠慮する必要ないしな。
男に連れられて、ギルドをでて、ギルド裏の暗がりに連れ込まれた。
「さて、とりあえず金出せ、と言いたいところだが、とりあえずそれはお預けだ。それよりおまえ」
そう言って、男はリタの方を指す。
「かわいい顔してんじゃねか」
リタがひっと悲鳴を上げて俺の後ろに隠れる。
「そう怯えんなって、俺が優しくしてやるからよ」
取り巻きの男たちが、俺とリタを分断するように近づいてくる。
「さて、最初のレッスンだ。お嬢ちゃん」
そう言って、男がリタの方に手をかけようと手を伸ばす。
「まずは、俺のちん」
「フリーズ」
男の腕と口が一瞬にして凍り付いた。さらにそれに遅れて、下半身から徐々に凍らせていく。男の目が恐怖に染まっていく。
「お、お前、ジョニーさんに何しやがる!」
取り巻きの男たちが思い思いの武器を手に、一斉に俺へと襲い掛かる。
「黙れよ。「フリーズ」」
その瞬間、男たちの足が凍り付き動けなくなる。
「俺はお前らも、ジョニーさんとやらも今すぐに、体の芯まで凍らせることができる。その状態でその体をぶっ壊したらどうなると思う?お前ら、そうなりたいか?」
ジョニーも含め、男たちが一様に首を横にぶんぶんと振っている。
「じゃあもう失せろ。もう二度と俺たちに関わるな。わかったな」
そう言って魔法を解除した。その瞬間、
「センスハック」
ジョニーがその言葉を発すると、目の前にはリタがいた。後ろで怯えているリタとは別に、もう一人のリタがそこにいた。
「これでもくらえ!」
目の前のリタが、切りかかってくる。
「馬鹿かお前は。「フリーズ」」
その腕を凍らせようと魔法を放つ。「フリーズ」は特定の座標を凍らせる魔法だ。だがその座標は数値で指定するのではなく、視界にある場所から、ここを凍らせたいとイメージすればそこが凍るというものだ。つまり、凍らせたい場所が明確に認識できている必要がある。
そして、俺のフリーズはジョニーの腕を外れた。
くそ、センスハックで視覚を改ざんされたんだ。
リタの姿をしたジョニーの剣が、俺の肩に食い込んだ。
「そのまま、千切れろ!」
「ブラッドソリッド」
不意に後ろから声がした瞬間、剣が止まった。
「くそ!なんで切れない!」
「血を固くしたからだよ。「エクスプロイト」」
ジョニーの手の近くで急に爆発が起き、その五本の指が吹き飛んだ。
「あ、あぁ、俺の、俺の指がぁ!」
絶叫を上げながらジョニーが後ろに飛びのく。いつの間にかリタの姿から元の姿に戻っていた。おいおい、マジかよ。
「リタ、やりすぎだ」
「だってあきとを傷つけた」
「でもこれくらい大したことじゃないよ」
「でも」
「でもじゃない。俺のことを大事に思ってくれてるのは嬉しいけど、いくらなんでも度が過ぎてる」
「う、ごめん」
「気をつけろよ。相手は人間なんだ。魔物じゃない」
「うんごめんね」
リタがしょぼんと肩を落としている。あとでフォローしないとな。
「おい、お前」
「ひっ!?な、なんだよ!?」
ジョニーがびくびくしながら返答する。その様子を見て、体中に満ちていた激しい怒りが薄れていった。もう、十分だろう。俺はジョニーに鋭い目を向けていった。
「失せろ」
「ひっ!?お、覚えてろよ!!」
そんな子悪党じみたセリフを残して、ジョニーとその仲間たちは走り去っていった。
「ごめんな。リタ。嫌な思いさせた」
リタは穏やかな表情で首を振って答える。
「ううん。こういうこともあるよ。それに私も、ついやりすぎし」
「確かに、あれは驚いた。一応あれでも人間なんだからな?」
「一応って」
リタが笑いながらそう反応する。
ふと思った。
人間じゃなければやりすぎてもかまわないのか?そもそもこの世界における人間とはなんだ?
そんなことを考えているとリタが服を引っ張ってきた。
「そろそろ戻ろう?」
「あ、あぁ」
ギルドに戻ると、騒いでいた冒険者たちが急に押し黙り、こちらに目を向けてきた。まるで幽霊でも見てるみたいに。なんなんだ。
「お、おい、戻ってきたぞ!」
「おぉ!」
急に大騒ぎをはじめ、俺たちに向かってくる。俺たちの周りを取り囲み口々に言葉をかけてくる。
皆が一斉に言うので何を言っているかはっきりとはわからないが、要はこれまでジョニーに連れていかれたものたちは、誰一人として戻ってくることはできずに、路地裏で気絶していたらしかった...俺、腕切り落とされかけたんだけど、気絶で済むのか?
どうやらあいつはBランクの冒険者で、よく初心者狩りをしていたとか。Bランクともなると、誰も、初心者が連れていかれるのを止められないか。
しばらく俺が適当に答えていると、冒険者たちは離れていった。ふぅ。疲れた。クエスト前にこんなことになるとはな。
受付のお姉さんにクエストの紙をもって声をかける。
「これ、受けたいんですけど」
「はい、じゃあ、印鑑押しますね。あなた方には簡単すぎるクエストかもしれませんけど」
くすっと笑って、お姉さんが印鑑を押してくれた。
さて、まずはゴブリン討伐だ。
俺たちは、ギルドでゴブリン討伐のクエストを受注した後、ゴブリンの生息する東の森に向かった。
「ゴブリンってどんなの?」
「そうだな、人型のモンスターで、あ、ちょうどいたな」
遠くに緑色の人影が見える。近づくとこちらに気づき走ってきた。手には棍棒を持っている。典型的なゴブリンだ。こういうのを見るとここが異世界なんだなって再認識させられる。
「あれを倒せばいいの?」
「あぁそうだな。10体ほど倒せばいいらしい。それと倒したことを証明するためにモンスターの一部は持って帰らないといけないから、消し炭にするなよ」
「そんなことしないよ。ほら、見てて」
「ブラッドソード」
リタは親指を噛み、そこから出た血を利用して剣を作る。そのまま走り出し、すぐにゴブリンの近くまで来た。
「斬鉄剣」
リタがそう言って大剣を横なぎに振りぬいた。
その剣筋に沿ってゴブリンたちの体に切れ目が入り...ずれた。
ゴブリン10体の体の上半身だけが剣を振りぬいた方向へずれていく。
血が雨のように噴き出した。リタはその血を頭からかぶりながら、こちらを向いて、にっと笑い、ピースをした。
「早いだろうなと思ってましたけど、まさかこれほどとは...」
受付のお姉さんが驚いた様子でそう答えている。
「それで次はこれ受けたいんですけど」
「え、もう次ですか」
「はい、だめですかね」
「い、いえ。大丈夫ですよ」
クエストを終えた後、ギルドで教えてもらった宿屋へとやってきた。
扉をくぐると、受付の猫耳を付けた女の子がにこっと笑いかけてくれた。
当然のようにいるんだな猫耳。受付してるってことは差別されてはいないのだろうか。
「とりあえず3泊泊まりたいんですけど」
「わかりましたにゃ。一部屋でいいかにゃ?」
おぉ語尾に、にゃってつけてる。ちょっと感動。
「いや、ふた」
「一部屋でいい」
「リタ?」
「一部屋で」
リタが強い意志を感じさせる目でこちらを見つめてくる。
「いやでもさ、気になんない?俺、男だし」
「気になんない。あきとと一緒がいい」
「そっか。じゃあ一部屋でお願いします」
視界の端に嬉しそうにしているリタが見える。あんなことがあったばかりだ。一人は寂しいのかもしれない。
「わかりましたにゃ。一泊10ペニーなので3泊で30ペニーにゃ」
布袋からぴったり支払う。思ったより安い。安すぎて逆に不安になってきた。ひどい部屋だったりしないだろうか。
「ちょうどですにゃ。ごゆっくりにゃ」
「おぉ」
部屋に入ってみると、思っていたよりだいぶいい部屋だった。狭いけれど、きれいに掃除されているし、必要最低限の家具は置いてある。そして、ベッドは一つだった。
まぁそうだよな。一人部屋だし。どうしよう。
「なぁ、リタ、今日は俺、床で寝るから」
「一緒に寝よ」
「いやいや、流石にまずいって」
「まずくない」
「リタだって隣に俺がいたら寝づらいだろ?」
内心焦りながらそう言った。いくら寂しいからって一緒に寝るのはまずい。俺の理性にも限界はあるのだ。
「そんなことない」
「でも俺は眠づらいんだよ。だから今日は俺が床で寝る。いいな」
「もう。仕方ないな」
なんで俺が悪いみたいになってるんだろう。
「そういえば夕飯食べてなかったな。どっか食べに行くか」
「うん」
目をキラキラさせてリタが答えた。
昼と同じように屋台で適当に食事をとって部屋に戻る。
あぁそっか。風呂ないんだよな。どうしよう。俺が困っていることを察したのかリタが声をかけてきた。
「どうしたの?」
「いや、風呂ないんだよなって思って」
「たしかに。あれは良いものだった。また入りたい」
「そうだよなぁ、まぁ仕方ない。とりあえず今日は体を拭くだけにしようか」
そう言って備え付けてあった、桶に「ウォーター」と言って冷水を入れる。
「ちょっとこれ温めてくれ」
「うん」
リタが「ワーム」と言って冷水を温める。
「じゃ、先拭いてて。終わったら呼んでくれ」
「別にここにいていいよ」
顔を赤くしながらリタが言った。これで言葉通りにしたらどうするつもりなんだ?
「よくないだろ」
苦笑しながら部屋を出る。別に俺とリタはそういう関係じゃない。少なくともしばらくはそういう関係になるべきじゃない気がする。だって、俺はただ、リタが弱っているときにそばにいただけなんだから。
何となくロビーに降りると、受付とフードを被った小柄な女の子が話していた。一人で泊まるんだろうか。危なくないのか? スキルのある世界だし見かけで判断するのは良くないか。受付の前を通り過ぎようとすると、そのフードを被った女の子がこちらを向いた。
「えっ」
「ん?」
こちらを向いた少女は放心状態といった体で、目を見開いて、固まってしまっていた。
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