第10話
「アイスランス」
数十本もの氷の槍が"獣"へと襲い掛かった。槍の一本一本が光を反射しながら空中を疾走し、獣に突き刺さった。獣は地に響くような悲鳴を上げながらこちらを向き巨大な前足を地面に叩きつける。俺は嫌な予感がして横に飛び込んだ。その瞬間、地面を伝って、稲妻が走った。俺のさっきまでいた場所が黒く焦げている。
やっば。今みたいな回避がずっとできるわけがない。これはとっとと終わらせないと死ぬな。
口角が上がっているのを感じる。アドレナリンが気分を高揚させる。激しい興奮が冷静な思考と併存している。俺は今、生きている!
「ニブルヘイム」
足元から冷たい感触が伝わり、地面が凍りつき始めた。凍っていく地面は、"獣"に向かって広がっていき、その巨大な前足へと到達し、体を覆っていく。
"獣"は悲鳴を上げながら、体を動かそうとするが、氷によって足が地面と一体になっているせいで身動きができない。
氷が全身を覆うかに見えた、その時、"獣"の全身が震え咆哮した。大地を揺るがすようなその雄たけびとともに、その周りから稲妻が迸る。一瞬目が眩んで目を閉じた。
目を開いたとき、氷はすべて消えていた。
「斬鉄剣」
リタが"獣"の足元で剣を一振りした。その巨大な足に大きな切り傷がつく。それに手を触ようとすると、"獣”はもう片方の足でリタを蹴り飛ばした。リタは血を吐き出してこちらの方向に飛んでくる。地面を何度かバウンドし、近くの木に激突。その衝撃で木が折れ、倒れていった。
「リタ!」
リタの手足は関節を無視してめちゃくちゃに曲がっていた。口からは血を大量に吐いて、足元に血だまりを作っている。
「だい...じょうぶ...げほっ」
また血を吐いた。俺はリタの方へ駆け寄る。その瞬間"獣"が前足を地面にたたきつけ、そこから地面を伝って稲妻が走った。
その先には居たのは...血まみれのリタだった。
バンッ!
一瞬、リタの全身が光に包まれる。
俺は強い光を遮るように目を一瞬閉じる。
目を開くとそこには、黒い"なにか"しか残っていなかった。
「リ、タ?」
俺はそこへとぼとぼと駆け寄った。横目で"獣"が口を開けているのが見える。その口内は何かエネルギーをため込むように光り輝いている。
不老不死って、ここまでなっても生き返れるのかな。大丈夫だよな。不老不死だもんな。なぁ大丈夫だよな?死なないよな?死ぬわけないよな?なぁ。何とか言ってくれよ。
もし生き返れなかったら―
そう想像してしまった。その瞬間――
心が死んだ。
空っぽになった。
ダメだ。無理だ。そんなの許されない。ふざけるな。死ぬわけないんだ。そうだ死ぬわけない。
黒い塊へ...リタの体へ手を伸ばす。
するとその黒い塊はドミノ倒しのように一瞬にして崩れ去り、塵になって消えた。
ああ。
リタ、リタ...リタ......リタ..........
"獣"が口を大きく開き、そこからまばゆい光線が放たれた。それを横目に見て、
あぁ、これで終わりか。
ずっと自分の気持ちに気づくのを恐れていた。
曖昧なままにしておきたかった。
気づいてしまったら、いなくなるのが怖くなってしまうから。
でも――
今、はっきりわかったよ。
俺は、君のことが...
「まだ終わってはおらんよ」
突然、目の前に黒い羽が現れた。
それがまるで鎧のように俺を包み込む。
光線がその羽に激突した。
轟音と衝撃が全身に響き、まばゆいばかりの光線が目をくらます。思わず目を閉じ、耳をふさいだ。
数秒経った。
翼は破れていない。
俺は生きている。
目の前には、黒い翼を広げたリタが立っていた。
白くつややかな肢体の背中から、闇より黒い翼を広げている。
「リタ、なのか」
リタが、あるいは"リタの体を借りた何か"が視界から消えた。
轟音と爆風が俺の体を震わせたことだけが分かった。
爆風で自然と目が一瞬閉じた。
目を開くと、"獣"の足が消滅していた。
「は?」
"獣"が横に倒れこむ。
その真上からリタは落下していた。
かなり高度が高い。
しかも頭から落下していた。
もう黒い翼はない。
そのまま落下すれば無事では済まないだろう。
「リタ!くそ!わけわかんねぇ!『ファストムーブ!』」
跳躍しながら大気を操作する。
足元から風が吹き上げ、抵抗となる前方の大気は除かれ、後方から風で体を押し込む。
体がリタに向かって吹っ飛んだ。
風を切る音が聞こえる。足元でちょうど今、"獣"が地面に倒れ伏した。
リタはもう目の前。
左腕で抱きとめて、また、大気を操作。
今度は急降下するように。
「フロストバイト!」
右手に氷でできた剣が現れた。光を反射しキラキラと輝いている。
自由落下ではだめだ。それではせいぜい終端速度までしか加速できない。
「ファストムーブ!」
再びそう言って、今度は上から体を押し込んでいく。下方の空気を取り除くことも忘れずに。
落下速度が徐々に増していく。
高度がかなりあったので加速する時間は十分にあった。
加速して、加速して、加速していき――
”獣"に肉薄した時、その速度は音速へと至っていた。
"獣"の腹部は刺し貫かれ、大穴が開いた。
大量の血が噴水のように噴き出した。
"獣"の腹部を刺した抵抗と風を操作することで減速し、安全に地面へ降り立った時、"獣"の瞳は色を失っていた。
追われていた二人の男を教会に届けてから、リタを宿屋に寝かせた。しばらく起きなさそうだったので、一人、ギルドへ入ると、たくさんの冒険者たちが戦闘の準備をしていた。入口近くの冒険者が俺に気づき、
「か、帰ってきたぞ!」
そう言った瞬間、周りの冒険者たちが俺の周りに集まってきて、たくさん言葉をかけてきた。
「生きてたのか!」
「よく無事に帰ってきた!」
「倒したのか?!」
「どんなやつだった?!」
みんなが口々に言葉を吐き出す。俺はそれに気おされて、「あ、え、と」とどもってしまっていた。
「はいはい、そういうのは後でやってくださいね。あきとくん。ちょっとこっち来てくれますか?」
手を鳴らしながらこちらへ受付のお姉さんが歩いてくる。それに従って、俺は奥の部屋に案内された。
そこには白いひげをたっぷりと蓄えたおじいちゃんがいた。
「おぉ、無事に帰ってきたのか」
「えっとあなたは」
「おぉすまんすまん。わしは、この町のギルドマスタ―をしておる、ダンじゃ」
「ギルドマスター、ですか。そのような方が僕に何の用でしょうか」
「とりあえず、突っ立ってないで座りなさい」
「はい、失礼します」
そう言って、ダンさんの前のソファに腰掛ける。めちゃくちゃ座り心地がいい。高そうだ。
「さて、用事というのはおぬしたちが出会った魔物についてじゃ」
「えっと魔物というのは、あのでかい獣のことですか?」
「おぉそうじゃ」
「なぜ、そのことを知ってるんですか?」
「それはわしの探知スキルが理由じゃな」
「探知って、え?ここからあそこまでは3キロ以上ありますよ!?しかも気配だけじゃなくてあの獣の姿までわかるなんて...」
「まぁわしも年は重ねておるからのぉ」
そう言ってダンさんはひげを手で絞るように触っている。俺の探知の有効範囲はせいぜい500mだ。その6倍。いや、もしかしたらそれ以上も探知できるのかもしれない。とんでもないなこの人。
「それにしても、まさかDランクの冒険者があれを倒せるとはのお」
「あれを知っているのですか?」
「いんや。全く。ただあの手の魔物は今までにも確認されてきたのだよ、ちなみにおぬしは『鑑定』は持っているのか?」
「えぇ、あの魔物に使ったところ『Undefined 684』と出て、あとは読み取れませんでした。あれはいったい」
「まさか知らないのか?」
「え、えぇ、田舎出身なもので」
「そうか。なら『UDイベント』も知らなそうじゃな。であれば基礎的なところから話すことにしよう。その「Undefined」と名のつく魔物...いや、魔物以外の場合もあるそうじゃが、それは昔から存在が確認されていたのじゃが当時はとても珍しかった。じゃが、そ3年前の『UDイベント』を境に急激に発見例が増えた」
ギルドを出る間際に言っていたのはこれか。ということは災厄の魔女とやらもこれに関連していそうだ。
「その『UDイベント』というのは?」
「『UDイベント』は数百体の『Undefined』が一斉に現れた事件じゃ。UDというのは『Undefined』の略称じゃな。その時は甚大な被害が出てのう。5つあった大陸がわしらのいるユニ大陸だけになってしまったのじゃ」
大陸が消えるって、とんでもないな。
「それで結局どうなったんですか?」
「大陸中の国が一丸となって戦い、勇者の活躍もあって何とか勝つことができたのじゃ、確かこの時に少なくない数のUDが捕獲されたらしいが、今はどこにあるのやら」
あの研究所のUDはそういうことか。
「UDは大抵強力で、現れるごとに大量の死傷者をだしておる、そして、このUDについて知っていると目されているのが『災厄の魔女』」
「それはいったい?」
「それはUDイベント以来、UDの発生前にその地域に現れる、不老不死の魔女じゃ」
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