第11話

「不老不死、ですか」

もし、この「災厄の魔女」に話を聞ければ、リタの不老不死も何とかできるかもしれない。

「そうじゃ。実際ここ数日、この『災厄の魔女』を見たというものがおる」

「捕まえないんですか?」

「捕まえられんのだよ。目撃者によれば、目に入った次の瞬間には消えてしまっているらしい。大きな黒い帽子と黒いローブ、そして赤と青のオッドアイというわかりやすい特徴が知れ渡っているにもかかわらず捕まえられないのはそういう理由じゃ」

「赤と青のオッドアイですか」

「そうじゃ。いわゆる「デュアルスキル」というやつじゃな。魔法と特殊のスキルを両方使える。おそらく奴は特殊のスキルによって記憶をあいまいにしているのじゃろう」

「なるほど」


確か青が魔法、赤が特殊だったか。黄色は武術だったっけな。災厄の魔女を見たものがみんなオッドアイだというのなら、そいつは常時魔法と特殊のスキルを使っているということだろうか。そしてどうやらスキルは二つ持っていることもあるようだ。目によって識別できるなら二つが限界なんだろうか。でも魔石もあるからあんまり気にしないほうがよさそうだ。


「実は災厄の魔女が最初に発見されたのはUDイベントの時じゃ。その時、やつは、UD達に食い殺されていたと多数の目撃者が証言しておる。にもかかわらず、現在もその時と姿かたちが変わっていない」

「だから不老不死だと」

「そうじゃ。というわけでもし災厄の魔女を見かけたらギルドに知らせてほしい」

「わかりました」

「それにしても久しぶりにこんなに話したわい」


ふーと息を吐いてダンさんは続ける。


「話が長くなったが、本題はこれからじゃ。まぁそんなうんざりした顔をするでない。なぜならこれからするのは報酬の話じゃからの」


そう言ってダンさんは、懐から布袋を取り出し、結び目をほどいた。

中には大量の金貨が入っていた。


「こ、こんなに。いいんですか」

「構わんよ。おぬしは町の救世主じゃからな。それとランクをBに上げておいた。ホントはAにしたいところなのじゃが、一気に三つも上げるというのはわしの上の者たちが許さなくてのお」


正直これだけのお金を得られるだけでも十分だから別に構わなかったが、俺が勝てたのは俺だけの実力じゃないから、一応お願いするだけしてみようかな。


「それは、ありがとうございます。それと、不躾なお願いなのですが、リタも...僕の相棒もランクをBにしてもらっていいですか?UDを倒せたのはリタのおかげでもありますので」

「そうなのか?わかった。そのリタというのもランクをBに上げておこう。ほかに何かないか?」

「そうですね。大丈夫です」

「よし、じゃあもうわしの用事は終わりじゃ。今回は本当に助かった。ありがとう」



ギルドから宿へと向かう道すがら何となく空を見上げる。雲一つない快晴だった。ダンさんの話を聞く限り、UDは増加傾向にあるらしい。災厄の魔女がいるところに現れるというのはわかっているが、具体的な日時や場所がわかるわけでもない。

もしかして、この世界って難易度高め?


「ここではしないのか?」


前を歩く二人組の話が聞こえてくる。


「うん、死んだら意味ないし」

「それもそっか。じゃあここにはご飯食べに来ただけってこと?そんなことしてる暇あんの?」

「大丈夫、もう大体広がったから。残りはあと数か所だけ」


横を通り過ぎて、宿屋へ向かう。ふと視界の端に真っ黒な立方体が映った。この町に来てから4つぐらいあの立方体がある気がする。かなりでかいし、中には何が入ってるんだろうな。




泊まっている部屋に戻ると、リタが汗を大量にかきながら、苦しそうな表情をしていた。「助けて、助けて」とうわ言をつぶやいている。


「おい、リタ、起きろ」


リタの体を揺らして無理やり起こした。


「あ、れ、私、体、ばらばらになって」

「ばらばらになってないよ。大丈夫だよ」


リタはしばらく俺を見つめて、にへらと笑って勢いよく抱き着いてきた。


「よかった。生きてた。よかったよぉ」


顔をぐりぐりと押し付けて、甘えるように涙を流している。俺は頭を優しく、ゆっくりと撫でる。カーテンは閉まっていて、部屋の中は薄暗くなっていた。しばらく静かな時間が流れる。時折、鳥のさえずる声が聞こえてくる。

しばらくして、リタがぽつりとつぶやいた。


「もう...戦わないで」

「それは――」

「死んでほしくないの。傷ついてほしくないの。お金のことは私が何とかする。だから――」

「ごめん、できない」

「なんで!」


リタが勢いよく顔を上げる。目を見開いて、訴えるように肩を掴んだ。その瞳を見ていると、思わず、わかったよと頷きたくなる。

でも――

頭の中に『あの部屋』での日々が過って、その衝動は消えていった。

退屈が俺を希釈するから――


「...なんの危険もない普通の日常が続くとさ、退屈な、だけど、死の恐怖におびえることもない日々を過ごしていると...自分が、薄くなっていくような気がするんだ。自分が拡散して、薄くなって、希釈していく。生きているのか死んでいるのかも曖昧になって、空虚になって――死にたくなる。だから俺は戦うんだ。そうしているときだけ、命を危険にさらしているときだけ、俺は生きてるって思えるから」


「そんな――」


「だから、むしろ、リタのほうこそ、戦わないでほしい。もう傷ついてほしくないから。お金は俺が稼ぐから」


リタは困惑したようにこちらを見つめる。まるで、見知らぬ人にあったかのように。

口をパクパクさせて、何かを言おうとして、でも言葉にできなくて、口を閉じる。互いに顔を見つめて、時々逸らして、言葉を探すけど、見つからなくて...

わからないよな。意味不明だよな。きっと、今、俺たちの間に渡り得ない谷ができたんだ。


「でも!」


突然、リタが顔を上げて肩を掴んだ。痛いくらいに強い力だった。


「私は戦うから」


「でもさ」


「うるさい!」


普段のリタとの違いに愕然とする。きっと俺は、さっきリタがしたように、見知らぬ他人を見るような顔をしているのだろう。


「なにが『もう傷ついてほしくない』だ!傷つく私を見たくないだけでしょ!自己満足じゃん。だったらっ、私だってっ、自分のために、戦うよ!あきとに傷ついてほしくないっていう、自分の感情のために戦うから」


リタは息を切らしながら言葉をぶつける。

その声は、言葉は、魂を削り、心を擦り減らしているようで――


「退屈が嫌なんだね。命を危険にさらさないと、死にたくなるんだね。正直、全然わかんない。理解できない。だけど...だったら戦えばいいよ。命を危険にさらせばいいよ。でも、あきとは死なないから。私が絶対守る。絶対死なせない。『でも』も、『だけど』も、もうなしね!私、決めたから!」


そこまで言ってはぁと息を吐いて、疲れたように酸素を取り込んでいる。普段は寡黙気味なリタだから、こんなに話して疲れたのだろう――なんて分析をして、自分の中で荒れ狂う感情の荒波を落ち着かせようとする。リタの言葉が、ぶつけられる感情が、俺の心を鷲掴みにして、ぐちゃぐちゃにかき混ぜていた。

――俺にそんな風に言ってくれる人がいるなんて信じられなかったから。だから、頭の中には疑問と困惑が渦巻いていて、それが不信感や敵愾心にさえ転化して、だから、やっとのことで吐いた言葉には、そんな負の感情が乗っかって――


「なんで...どうしてそんなことっ――」


けれど言葉は遮られた。


リタが突然俺の肩を押して、ベッドに押し倒したからだ。そうしてそのまま顔を近づけて、キスをした。

――何が起こった?

――何が起きてる?

気づくとリタは唇を離していて――


「これでもわからない?」


妖艶にそう笑って見せた。


そこまでされて、ようやく俺の心は落ち着いた。リタのその行動を前にしても頭の中の疑問は消えない。それへの理解は及ばない。けれど、なんで俺なんかを?という言葉は心の底に置いて行こう。疑問も困惑も、心の隅に追いやって、だから不信感と敵愾心は消え去って――

心は凪のようにしんと静まって、頭の中には、ある一つの、けれど複雑な形をした感情に支配される。

結局のところ、俺もリタと一緒に戦っていたかったのだろう。リタに傷ついてほしくない、なんて言いながら、心の底では一緒に戦いたかったのだ。

リタに心をもみくちゃにされたからこそ、本心に気づいた。

暴かれたのは、利己的な醜い自分。

最低だよな。

俺のこの、心変わりも、

そしてこれからする行動も。


「わかった...じゃあ、これは誓いの儀式」


そう言って今度は俺が押し倒して唇を重ねた。リタは驚きながらも受け入れて、背中に手を伸ばし抱きしめてくれた。

リタに俺以外の選択肢を与えようなんて考えていたくせに、結局、こうなってしまった。きっと、俺は良い人ぶりたかっただけなんだろうな。ほんと最低。


「好きだよ」「私も」


薄暗い部屋の中、二人の男女がついばむようにキスをする。理解し得ないはずの他者と、それでもなお繋がろうとして、体を寄せ合い、抱き寄せる。衣擦れの音がして、二人は体を重ねあう。部屋には、カーテンの隙間から陽光がぼんやりと差し込んでいた。













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 ここで1章終了です。ここまで読んでいただきありがとうございました。


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