第2章 兎と猫 ~ あるいは戦争へのプレリュード ~
第12話
この街、サティ―ナは飽食の街と言われている。近くにあるいくつかの農村から、大量の食材がここに集まってくるからだ。そのため、食文化が非常に発達している。街を歩けばあちこちからいい匂いがしてきて、腹の虫が騒がしくなる。
だから最近はずっと、外食で腹を満たしていたのだが――
「今日は私がごはん作りたい」
屋台で買ったホットドックのようなものを食べながら、リタが唐突に言った。
「リタが?」
「うん」
「できるの?」
「た、ぶん?」
不安だ。いつもおいしそうに屋台料理をパクパクと食べているのだから味に満足していないわけでもないだろうに。なぜ。
「なんで自分で作りたいの?」
「クエストで野宿しなきゃいけないときとかに必要になるかなって」
確かに。今ままでは、そういうクエストはなかったが、これからは長距離移動が必要になるクエストを受けることもあるだろう。ランクの上の方に行けば行くほど、そういうクエストが多そうだったし。なら任せてみるか。
「わかった。じゃあまず買い出しだな。どこで買うのがいいかな」
「あ、あの」
「どうした?」
「買い出しも任せて、ほしい」
「そうか?じゃあ、先に部屋、戻ってるから」
「う、うん。待ってて」
そう言ってリタが人ごみに消えた。
そういえばリタと会ってから、別行動するの初めてな気がする。
心配だ。とても心配だ。
部屋のベランダに寝そべって空を眺める。お金が入ったのでベランダのある高い宿に移ったのだ。視界には雲一つない青く広い空が映っている。
結局リタの"あれ"はなんだったんだろう。黒い羽根。圧倒的な力。謎の声。
そこにリタの不老不死のカギがあるような気がする。
そういえば最近ステータス全然見てなかったな。久しぶりに見るか。
「ステータスオープン」
レベル50
ステータス
筋力 89
スタミナ 80
防御力 78
敏捷 87
ポータル 51
【魔法】
「水」
「風」
【武術】
「銃」
【特殊】
「探知」
「隠密」
「精神操作」
「鑑定」
「血の支配者」
「センスハック」
「分身」
いつの間にか結構レベルが上がっている。UDを倒したからだろうか。というかあいつの使ってた稲妻とか光線とかはスキルじゃないのか?わけわかんねぇな。とにかく、もっとスキルが欲しいし、もっとレベルが欲しい。そうすればリタを守れる。今回みたいなことにはもう二度となりたくない。リタは一緒に戦ってくれると言った。だったら俺にできるのはリタを守ることだけだ。
....
...
..遅い。太陽がいや、正確には太陽に似た何かなのかもしれないが、それが、南の空を通り過ぎてしばらくたっている。買い出しをしに行っただけにしては遅すぎる。道に迷ったのだろうか。変な奴に付いて行ってないよな。
焦る。頭の中が悪い想像で埋め尽くされる。
気が付くと俺は宿屋を出ていた。
「にゃんにゃんにゃーお」
しばらく街を走り回って、やっと、とある路地裏でリタを見つけた。
猫に囲まれいる。にゃーにゃーという鳴き声に交じって、人の鳴き声がした。
「にゃーにゃー、にゃにゃにゃー!」
リタが猫とじゃれあっている。猫と視線を合わせるようにしゃがみ込んで、その柔らかい毛並みをわさわさと触っている。
「かわいいにゃー、きもちいにゃー、いやされるにゃー」
「なにしてんだ」
「にゃ」
リタがこちらを振り返り、
時が止まったかのように体を硬直させた。
数秒、互いに沈黙する。リタの顔がゆっくりと赤く染まっていく。
突然リタが立ち上がり、後ろを向いた。
「い、いや、これは、その、あの」
そんな意味のない言葉を発しながら、うぅと唸ってしゃがみ込む。その傍には紙袋が置いてあった。買い出しは終わっていたようだ。
「なにを、してたんだ?」
にやにやしながら問いかけた。内心すごくほっとしていた。よかった。変な奴にかどわかされたりしてないで。
「え、えっと、猫と話して、た」
「へぇ、そっか。どんな話?」
「えっと、人間をどうやって支配するかについて?」
「怖すぎる。まぁとにかく帰るぞ。腹減ったし」
「あ、ごめん忘れてた」
「まぁいいよ。人間は猫の魅力には逆らえないものだ」
「だ、だよね」
リタが微笑んで横に並んだ。
そこから立ち去るとき、名残惜しそうに時々後ろを振り返っていた。
「また今度、遊びに行くか」
そう言うとリタはキラキラと目を輝かせて、勢いよく頷いた。
部屋に戻り、買ってきた食材を台所に並べていく。
「何を作るんだ?」
「ひみつ、待ってて、すぐ作るから」
「おう、楽しみにしてる」
「う、あんまり期待しないで。ハードル上げられると困る」
俺は軽く笑いながら、
「ごめんごめん、料理したことあるのか?」
「うん、施設ではみんなに作ってたから」
「お、そうなのか。なら楽しみだな」
「だから、期待しないでって言ってるのに」
あまりリタは施設での話をしたがらない。きっと研究者にされていた不老不死検証の記憶を思い出すからだろう。でも今は自分から施設という言葉を使った。それほど機嫌がいいらしい。猫の効果だろうか。
リタは手を洗ってから、近くにかかっていたエプロンを手に取った。
「あ、待って、そっちじゃなくてこっち着てほしい」
そう言って買っておいたものを取り出した。
「それ、エプロン?」
「あぁ、エプロンスカートってやつ、着てみてくれ」
「わかった」
そう言ってリタは手早くエプロンを着た。
「どうかな」
黒いシャツに青いエプロンを合わせたリタが、不安そうに腕を広げている。
白い髪の醸し出す非現実的な雰囲気が、エプロンの庶民的な雰囲気と調和して、かわいい村娘のような、素朴な魅力が感じられた。
「かわいいよ。すごく、似合ってる」
「えへへ、ありがと」
顔を赤らめながら笑ってリタが言った。
リタが料理をするといって、別れた後、速攻でエプロンを買いに行ってよかった。
リタの作ったご飯はとてもおいしかった。
「これどうかな」
試着室でリタがくるりと一回転して言った。
フリルがたくさんついた白いブラウスに、淡いピンクでチェック柄のスカートを合わせている。
「かわいいよ。似合ってる」
「えへへ」
「でも動きづらそうだ。やっぱいつものショートパンツの方がいいんじゃないか」
「あきとは女の子をわかってない。戦う予定のない休日くらいおしゃれしたい」
「なるほどな」
「あ、でもお金ないならあきらめる」
そう言ってシュンと肩を落とす。前だったら余裕がなかったから買ってあげなかったかもしれないけど、今なら大丈夫そうだ。
「大丈夫だよ。買おう」
「いいの?!」
ぱぁっと花が咲くようにリタは笑う。だけど急に顔をうつむいて、声のトーンを落とした。
「でも、あきとはこういうのは退屈なんだよね」
「え?って、あぁ。別にこういう日常の全部を嫌だっていうわけじゃないんだ。ただ、それが続くと嫌なだけで。だからそういうことは気にすんな。な?」
「う、うん。わかった。じゃあもうこういうことは言わないね。それでいい?」
「あぁ」
気を取り直すようにリタは笑った。
その夜、トイレに行きたくなって途中で起きた。隣ではリタがすうすうと寝息を立ている。トイレに向かう途中、足音が聞こえたような気がして「探知」を使うと、近くに動いている気配があった。
「誰だ」
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