第5話

兵士が一人こちらに向かってくる。焦るでもなく、散歩でもしているみたいに歩いてくる。銃は持っていない。


「やぁ。侵入者。ずいぶん強いんだね」

「アイスコフィン」


手を兵士に向け氷球を放つ。その速度は先ほどよりも速くなっている。レベルが上がったのだろう。氷球が兵士に衝突するかに思われた、その瞬間。


「ウインドバリア」

「新しいスキルを獲得しました」


一瞬、空気が震えたと感じた瞬間、気づくと氷球がこちらに向かってきていた。くそ。風のスキルか。


「ウインドバリア」

「なっ」


俺も同じように風のスキルを放つ。風によって進行方向がひっくり返り、氷球は再び兵士へと向かう。その速度はバリアにより反射されることで大きくなっていた。さっきの兵士のバリアが等速で跳ね返したのに対し、こちらは速度を増して跳ね返している。こちらのほうがレベルが高いらしい。これならいける。そう思った瞬間、兵士の口角がにっと上に上がった。


「バーニング」


そう言った瞬間、兵士の瞳が青く輝く。同時に全身が燃え始めた。衝突したかに見えた氷球もその熱で溶けて消えてしまった。暑い。汗が噴き出してくる。二つスキルを持っているのか?いや、違う。音声が鳴ってない。何なんだこれは。


「これで君の氷は届かないね?さぁどうする?」

「ニヴルヘイム」


ありったけの力を籠めて、氷を放つ。前方の床も壁も天井もすべてが凍り付いていき、兵士のもとへと迫っていく。そして、四方から凍てついた氷が兵士へと襲い掛かり、

シュッっと音を立てて蒸発した。


「まじ、かよ」

「ふふふ、あははは!見たか!これが俺の力だ!この魔石さえあれば俺に敗北はない!ふははは!」


兵士を観察する。何かが見える。いや見えるというより感じ取れる。探知のスキルを使ったときと同じような感覚。兵士の首元からエネルギーが流れているのが見える。あれのせいか。きっとあれがある限り兵士は強化され続ける。あれだけのエネルギーがあればウインドバリアも先ほどの比ではないだろう。そうなれば氷も風も意味がない。どうする?どうすればいい?頭が焦りで支配されそうになる。落ち着け。考えろ考えろ考えろ。感情を自分の外側に置け。意識的に呼吸をゆっくりにしながら思考を進めていく。あぁ、くそ、どうしよっかな。ウインドバリアを使われれば攻撃は通らない。だがウインドバリアは常時発動はできない。それは俺が風のスキルをコピーした時にわかっている。なら、不意を突けばいい。そう、例えば、突然天井が落ちてくるとかな。

あぁ、くそ。楽しい、楽しいなぁ!


「な、なぜ笑っている?気色悪い!その不気味な笑みをやめろ!「フレイムチャージ」!」


「させるかよ。「アイスランス」」


俺は兵士の真上に向かって手をかざし、幾本もの氷の槍を放った。氷の槍が天井を貫き、破壊した。瓦礫が兵士に襲い掛かる。


「くそっ。「ブラスト」!」


兵士を中心に爆発が起きた。衝撃で飛んできた瓦礫を、近くの凍った兵士を盾にして防ぐ。

くそ、ダメか。ウインドバリアを言っている余裕はなかったから行けると思ったが、ブラストか。四文字なら確かに咄嗟に言うことができてしまう。火のスキルを持っていなかったからこれは仕方がないミスだが。さて、どうする。やばいな、考えろ、考えろ、考えろ。


「小癪な真似を...とっととくたばれ!「フレイムチャージ」!」

「居合 一の型」


どこからか凛とした声が聞こえてくる。それとほとんど同時に兵士が右足に力を籠めるのが見えた。その瞬間、ものすごい勢いでこちらに突進してくる。このまま押しつぶす気か!速い!回避できない!

あ、

俺、

死ん..


「獅子王」


ぶつかるかに見えた兵士の体が横からへこみ、「ふげぇ」と言いながら血にまみれ、吹っ飛んだ。そして赤い何かが俺に突っ込んできた。


「ぐはぁ」


腹に大きな衝撃が走る。

いってぇ!折れてない?大丈夫?

腹をさする。いつもの腹だ。大丈夫そうだな。


「う、うぅ」


俺の腹のあたりからか細い声が聞こえてくる。リタだった。


「お、おい、大丈夫か?」

「だ、大丈夫。ごめん。ぶつかった」

「いや、いいけど。なんだ今の」

「わ、わかんない。なんかあきとがやられそうになってるの見たら、急に頭に思い浮かんできて、いつの間にかやってた」


にへらと笑ってリタが言った。


「いつの間にかって、お前ってやつは、ほんとすげぇよ」


いつの間にか血塗れになっていた頭を撫でる。あ、忘れてたけど、


「そういえばあいつは!」

「そこ」


リタが指さした先には壁にめり込んだ兵士の姿があった。鉄の鎧は完全に破壊されていた。


「あれ、生きてる?」

「た、たぶん」」


めり込んだ兵士の体をあさる。


「何してるの?」

「こいつが魔石がどうとか言ってたからさ」


するとお腹のあたりに硬い何かがある。ぼろぼろの鎧を外して、服をめくる。


「これは」


もとはネックレスだったのだろう。鮮やかに光った赤色の宝石にひもがついている。ほのかに暖かい。


「それ、は」


リタが声を震わせながら宝石に手を伸ばす。


「これがどうかしたのか?」


その手に宝石を渡してやる。その瞬間、宝石が強く光った。


「うぉ、なんだ」

「これ、は」


リタの目から涙が流れ、宝石へ、ポツリと落ちていく。


「これ、は、リリィ、だ」

「え?」

「132番、リリィだ、よ」


思い出す。実験ノートに書かれていた。”132番は全身が魔石と化し死亡した”。つまり、これは体の一部、なのか。


「これは...持って帰ろう。あとでネックレスにするよ」

「うん、うん!」


リタは宝石をぎゅっと抱きしめそう言った。

血塗れの少女は嬉しさと悲しさと悔しさと、言葉にならない数々の感情をないまぜにした表情で、涙を流していた。




しばらくそうしていたリタは、顔をばっと上げて


「じゃあ、行ってくるね」


と言って、ドアの前に立つ。この先にあいつらが、リタを痛めつけ、罪のない子供たちを実験の道具にし、殺した、あいつらがいる。


「俺は、ここで待ってるから」

「うん、じゃあ、行ってきます」

「ああ」


リタはドアを開け、そして、閉じた。しばらくすると、複数の男の声が聞こえ始め、それが怒声へと変わり、怯えた声へと変わり、そして、悲鳴へと変わった。俺は部屋を離れてしばらくぼんやりとしていた。

これでリタは復讐を果たしたことになる。これからリタはどうするのだろうか。どうしたいのだろうか。




「ただいま」


体中が真っ赤に染まったリタが帰ってきた。その顔は笑っていた。


「お帰り」


穏やかに聞こえるように俺は返した。


「やったよ」

「ああ」

「やったんだよ」

「ああ」

「やったのに。なのに..」


笑っていたリタの顔がくしゃりと歪んだ。


「…」

「ねぇあきと、なんで私はこんなに苦しいの?なんでこんなに胸が痛いの?」


俺は無言でリタを抱きしめる。リタの体は血でべたついていた。


「ねぇ、あきと、辛いよ苦しいよ。なんでみんな死んじゃったんだろう。わかんない。わかんないよ」

「そうだよな」


背中をさする。胸が湿ってきた。リタが涙を流しているのだ。


「なんで、なんでっ、なんで!なんでっ!わかんない !わかんないわかんないよ!なんでみんなが死ななきゃいけなかったの?!意味わかんない!なんで!なんでっ、なんで、なんでだよぉ」


血塗れの少女は声をあげて泣いた。泣いて、泣いて、泣いて、のどがかれるまで、体中の水分がなくなるまで、ずっとずっと泣き続けていた。




リタはその後、口を閉じたまま、俺の後ろをついてきた。無表情で。空っぽになってしまったように。俺は近くに落ちていたバッグに兵士の携行品、研究所に保管されていた食料などを、手当たり次第に入れていった。そしてその日は適当な部屋のベッドの上で一緒に横になって夜を明かした。きっと今のリタは一人でいるのは苦しくて、寂しいだろうから。




















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 ここで序章終了です。ここまで読んでいただきありがとうございました。


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