第5話


 午後。家庭科室。


「調理実習かー」

 悠馬は班に分かれた調理テーブルに顔を埋めていた。


 今日の家庭科の授業は調理実習。

 雅人と悠馬は同じ班だった。


「んー、微妙なタイミングだね」


 午前は走り、午後は作り。

 どうやら、今日は机の前にいる時間が短い様だ。


「雅人は料理するのか?」

「料理っていうと、自炊?」


「自炊・・・・・・? お前、一人暮らしなのか?」

「うん――まあ」

 一人暮らしと言っても、ここ最近の話だけど。


「――ほぉ。そりゃまた珍しい」

「そうみたいだね」


「で、何作るんだ?」

「・・・・・・豚汁とか鯖の塩焼きかな」

 思い出すと和食しか作っていない。

 作って、食べると不思議と落ち着く。


「・・・・・・倉石くん料理するの?」


 すると、その会話を聞いていたのか、

 向かいの美琴が驚いた顔をしていた。


「うん・・・・・・するよ?」

 そんなに驚くなんて。

 僕が料理する姿を想像出来なかったのだろうか。


「そうなんだ・・・・・・。やっぱり、何でも出来るんだね」

 感心した様にそう言うと美琴は微笑んだ。

 微笑むその姿は、自然と癒しの雰囲気が漂う。


「何でもは出来ないよ――もう」

 可笑しそうに雅人は笑い、美琴の言葉を否定した。


 彼女に深い意味は無いだろうけど、

 確かに今の僕に出来ることは少ない。


「私は倉石くんの料理食べたいなー」

 美琴はわくわくした様な顔で雅人を見つめる。


「おい、雅人。あの桂木がお前に期待しているぞ」

 雅人の肩を叩き、悠馬は後ろに振り向くと目を細めてそう言った。


「そうだね。期待に答えられる様に頑張るよ。――あの桂木って?」

 雅人も後ろを振り向いて、美琴に聞こえない様に小声で言った。

 どうして、悠馬はあの桂木と言ったのだろう。


「美少女だからに決まっているだろう。俺も美少女に期待されたい・・・・・・」

「あー、そう言うことね」

 納得した様に雅人はゆっくりと頷いた。


 確かに美琴は美少女だ。

 きっと無表情でも、十人に聞いたら十人が美少女だと答えるほどだろう。


 所謂、万人受け。

 彼女はスタイルも良く、可愛らしい容姿をしていた。


「・・・・・・ん? どうしたの?」

 背を向け、小声で何かを話す雅人たちに美琴は不安そうな顔をする。


「いやー、その・・・・・・。桂木が可愛いなって話だよ」

 悠馬は直接言う割にひどく緊張していた。


 そんなに目を泳がせて言うのなら、言わなくていいのでは。

 雅人は不思議そうな顔で悠馬を見つめていた。


「――っ。そうなの? 倉石くん?」

 信じられない顔をして、美琴は雅人に向けて首を傾げる。


「えっ――。うん、そうだよ」


 なぜ僕に確認するのか。

 雅人は話を振られ一瞬、戸惑った。


 一度見たら忘れられないほど、美琴は可愛い。

 今の雅人には忘れない自信があった。


「・・・・・・嬉しい」

 雅人の言葉に美琴は俯き、恥ずかしそうに呟いた。


「うん。だから、その勇気を与えてくれた人もそう思っていると思うよ」

 きっと――。そこまで言うのならそう思っているだろう。


「それもそうだね・・・・・・」

 少し唖然とした顔で美琴は言った。


 そして、調理実習が始まる。


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