第4話


 授業が終わり、

 ここにいるのは僕と悠馬と体育委員の――美少女。


「桂木さん――?」

 雅人は視線のその先にいるセミロングヘアーの少女に声を掛ける。


 クラスメイトの桂木美琴(かつらぎみこと)。

 赤みが掛かった髪色に小柄な容姿。


 どうして君だけが残っているのか。

 その様子だと、残った備品の片づけを一人でしている様に見えた。

 他にも体育委員の生徒はいたはずなのに。


「え――あ、倉石くん・・・・・・?」

 雅人と目が合った美琴は手を止め、驚いた顔をする。


 多くの道具を両手に抱えて、持ち上げようとしていた。

 誰が見ても、小柄な彼女が一人で持てる量では無かった。


 雅人は美琴の元へ歩きながら、静かに考える。

 彼女は面倒事を投げられるタイプなのかもしれない。

 

 僕が見た限りでは、入学時から彼女はずっと笑顔だった。

 他人が思う嫌なことでも、彼女は笑顔で受け入れる。

 悪く言えば、都合の良い人だ。


 彼女の第一印象。

 他の生徒からは、何をしても許してもらえる人と思われたのかもしれない。


 過度な期待。

 それが彼女の足枷、負荷になっていなければいいけど。

 雅人は心配だった。


「どうして、桂木さんが一人でやっているの?」

 美琴が右手に持っていた荷物を雅人は手に取った。


 理由などわかっている。

 しかし、僕は彼女の口から聞きたいのだ。

 雅人の中で微量ながらも怒りの様な感情が込み上げる。

 無論、彼女に対してでは無かった。

 良くも悪くも、期待とは人を縛るものなのかもしれない。


「んー、不思議と・・・・・・かな?」

 荷物を持った雅人に美琴は驚いた顔をする。

 美琴はこのタイミングで、彼が自身の荷物を持つと予想していなかった。


 しかし、瞬時に美琴は思い出す。

 彼があの倉石雅人と言うことに。


 かつて天才を超え、万者と呼ばれた男。

 そして、自身に笑顔をくれたことも。


「そうなの・・・・・・?」

 彼女が良いのなら。予想外の発言に意外そうな顔をする。


「うん。――ねえ、倉石くん」

 雅人の隣で歩く美琴はホッとした顔で雅人の名を呼んだ。


「どうしたの? 桂木さん?」

「ありがとう。――いつも」

 静かにゆっくりと笑みを向け、雅人を見つめる。

 その表情はどこか、うっとりした様な表情をしていた。


「いつも――?」

 入学して以来、僕と彼女がしっかりと話すのは今日が初めてのはずだ。

 それにいつもと言うほどの時間をクラスメイトとして過ごしていない。


「あ、間違えた――ごめんね」

 ハッとした顔で美琴は否定する様に首を左右に振った。


「構わないよ。きっと、その人は君に良い影響を与えているんだね」

 きっと僕を誰かと間違えたのだ。

 今の僕が彼女に強く感謝されることは無い。


「・・・・・・うん。彼は会う度、私に勇気を与えてくれるの」

 満たされた顔をして美琴は頷いた。


「それはまあ――良い人じゃないか」

 笑顔の桂木に勇気を与えられるほどの人。

 雅人は想像がつかなかった。


「そうだよ」

 不満そうに少し頬を膨らませ、美琴は雅人の横顔を見つめる。


 ――その人とはあなたのことなのだ。


 美琴は喉まで出たその言葉を留める。


 雅人と美琴が話したのは、今日が初めてでは無かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る