第12話 両親

 実家の最寄り駅に降りるといつもならほっとしたような、懐かしいような、そんな気持ちになるが、今日はいつもと違い緊張していた。


「田舎って言ってたけど、駅前にコンビニもスーパーもあるし、それほどでもないね」


 課長が駅の周りを見渡しあと、感想を言った。実家の両親に結婚の挨拶をするため、レースのスカートにジャケットとフォーマルなコーデをしている。

 健太郎も課長と色違いのピンクのレーススカートにベージュのジャケットを合わせている。結婚の報告だけでも緊張するのに、女装のこともカミングアウトするとなると、気が重くなる。


「大丈夫だって、そんなに緊張しちゃだめだよ」

「佐紀は緊張しないの?」

「受け入れてもらえるかどうかはご両親が決めることだし、受け入れてもらえなかったらそれはそれで、いいんじゃない」


 うちの両親が反対しても課長にしてみれば、義理の両親との気遣いする付き合いが減って楽になると思っているようだ。


「それに今日が駄目だったとしても、時間が経てば受け入れてくれる日も来るよ。焦らず、ゆっくり理解してもらおう」


 課長の年長者らしいアドバイスで、少し気持ちが楽になってきた。


 ◇ ◇ ◇


 駅からタクシーに乗って、親と待ち合わせしている国道沿いのレストランへと移動した。

 タクシーを降りてお店へと入り、店員さんに予約の名前を告げると個室へと案内された。


「お母さん、父ちゃん、久しぶり」


 個室のドアを開け中に入ると、両親が言葉を失って驚いていた。1年会わなかった息子が娘になっていて、結婚相手と色違いコーデしていたら無理もない。


「お母さん、父ちゃん、ごめん。子供の時からずっと、こんな格好したかったんだ。それで理解してくれる人もいたから、今はずっとこの格好で会社も行っている」


 重い雰囲気に耐えかねたのか、注文を取りに来た店員さんも「決まったらお呼びください」と平野から出って行ってしまった。


「実は母さん、子供の時に母さんのスカートをみて羨ましそうにしてたから、健太郎が女の子になりたいって、気づいてたよ」

「えっ、そうなの」

「佐紀さん、うちの息子をこんなにかわいくしてくれて、ありがとう」


 母が課長に頭を下げた。


「本当は娘が欲しかったんだけど、二人目がなかなかできなくてね。健太郎が女の子になりたがっていると気づいた時、応援してあげれば良かったけど、父ちゃんが反対しそうだったからできなかったの」


 そう話す母の横で、父は「俺は認めんぞ」と言わんばかりの気難しい表情で腕を組んでいた。


「お義母さん、今度一緒に買い物行きましょ。娘と買い物したかったでしょ」

「あら、いいの?買い物に行って、同じぐらいの母と娘が一緒に買い物しているのを見て、羨ましかったの」


 母と課長は、具体的な日程と場所の打ち合わせに入った。


 ◇ ◇ ◇


 メインの料理が運ばれるころには、母と課長はすっかり仲良くなっていた。父は相変わらず不満げな顔で、一人ビールを飲んでいた。


「父ちゃん、ビールいる」


 父のグラスが空になったタイミングで声をかけた。父がうなずくのを見て、ビール瓶をもって、父のグラスに注いだ。


「俺一人、反対してもしょうがないな」


 独り言のようにつぶやいて、父はビールに口をつけた。


「それにしても、若いころの母さんに似てるな」

「そうだね。自分でもそう思う」


 女装してメイクをして、女の子に近づけば近づくほど母親に似てくる。息子は母に似るというが、女装するとより似ていることを実感できる。


「さっきはすまんな。息子が娘になって、女性の人と結婚するなんて、父さんの頭が追い付かないよ」

「何言ってるの、時代はLGBTでダイバーシティよ」


 横から母が会話に加わってきた。父は「そうだな」と答えたが、多分LGBTもダイバーシティも何なのか分かっていないだろう。


「義父さん、ビールいかがです」


 課長がビールを父のグラスに注いだ。父の表情を見ると、嬉しそうにしていた。どうやら息子の女装も結婚も許してくれたみたいだ。


 ◇ ◇ ◇


 翌週の日曜日、挨拶のために課長の実家へと向かった。閑静な住宅街の一角に課長の実家はあった。実家というより、お屋敷という言葉が当てはまる感じの和装住宅だった。

 課長の様子から育ちが良いと思ったけど、想像以上の展開に戸惑いが生じる。


「佐紀、良いの?」

「良いのって何が?大丈夫だって、お寿司とってあるって言うから、いっぱい食べよ」


 課長が家の中へと入っていくので、後について家の門をくぐった。庭も広く、植木も手入れが行き届いていた。駐車場には高級車が3台とまっいた。


「佐紀の家って、金持ち?」

「大したことないって、昔からここに住んでて土地持ってるだけよ。たしか、マンション3つと、駐車場が2つあるんだったかな」

「佐紀はなんで、うちの会社みたいなところで働いてるの?働かなくてもよさそうだけど」

「まあ、暇つぶしかな。家にいてもつまらないし、父の不動産管理の仕事面白くなさそうだし」


課長が玄関の扉を開けた。


「ただいま、あさひ連れてきたよ」

「あさひさん、初めまして。母の君江です。まあ、上がってください。父さん、佐紀がきたわよ」


 和服姿の義母についてリビングに入ると、義父がソファから立ち上がって出迎えてくれた。


「健太郎君かね、今日はようこそ。まあ、座って。お腹すいたろ?寿司とってあるからたくさん食べなさい」

「もう、お父さん、健太郎君じゃなくて、あさひって呼んでって言ったでしょ」

「おお、そうだった。すまん、すまん」


 ◇ ◇ ◇


「いや~、一人娘で同性愛者だから、孫の顔が見れないし、この家も継ぐ人がいないと諦めていたけど、あさひさんがいてくれて良かった」

「父さん、それ3回目ですよ」

「も~、同じ話ばかりして、あさひが困ってるじゃない」


 酔っぱらった義父が上機嫌な表情を浮かべている。


「あさひさん、もう一杯どうだね」


 義父が日本酒の入った徳利を持ち上げたので、お猪口に少し残っていたお酒を飲み干し義父の前に差し出した。

 自分のお猪口に入れてもらったので、お返しに義父にもお酒を勧めた。


「娘婿とお酒を飲むが夢だったけど、こんなにかわいい子と飲めるなんて思ってもみなかったよ」


 女装した娘婿を受け入れてもらえるか心配だったが、逆に喜んでもらえたようだ。割れ鍋に綴じ蓋と言っては、課長に失礼かもしれないが、こんな自分を受け入れてくれる人たちがいることに嬉しく感じた。



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