第13話 新入社員

「今日からお世話になります、篠原舞です。経理の仕事は初めてですが、一生懸命頑張るのでよろしくお願いします」


 若い女性が総務部長の隣で初々しく挨拶をしている。会社の業績は順調で規模も大きくなってきたので、それに伴って経理業務も増えてきた。

 以前から課長が増員をお願いしていたが、ようやく中途採用が決まった。


 篠原さんが隣のデスクに座った。まずは社内システムの使い方から教えることにした。


「ここにログインした後、ここで伝票入力の画面に進んで伝票入力してください」

「わかりました」


 上目づかい答える篠原さんがかわいく思えたが、婚約者の課長がいる前で嬉しそうにするわけにもいかず、クールな感じを装うのに苦労する。


「じゃ、この伝票入力を早速お願いしてもいいかな?何か質問ある?」

「朝日さんは、男性なのになんでスカート履いてるんですか?ひょっとして、トランスジェンダーってやつですか?」


 とくに悪意はなく無邪気な感じで、篠原さんに聞かれた。


「いや別にトランスジェンダーとかじゃないけど、男がスカート履きたいって思ったらダメ?」

「ダメじゃないし、むしろ良いと思います。女の子のおしゃれって楽しいですもんね」


 気持ち悪いとか言われたら、今後どう接していけばいいか分からないところだったので、ひとまず受け入れてもらえたことに安堵した。


◇ ◇ ◇


「篠原さんどうだった?」


 夕ご飯の時、課長が新人の篠原さんのことを聞いてきた。


「経理初めてって言ってたけど、高校で簿記の資格とってたみたいだから、多分すぐに慣れると思うよ」

「若く見えたけど、彼女いくつなの?」

「まだ二十歳って。高校卒業して入った不動産業者がブラックすぎて、辞めたんだって」

「二十歳か。私の10歳下だね。若いからって、手出したら駄目だよ」


 しっかりと釘を刺されてしまった。とはいえ、課長と結婚の準備が進んでいる最中に浮気する気はサラサラない。


◇ ◇ ◇


「ここの数字がどうしても、あわないんですけど」


 篠原さんが困った表情で尋ねてきた。篠原さんのパソコンの画面をのぞき込んでみると、確かに合計金額があわない。


「多分、伝票の入力ミスだね。入力が正しいか見返そう」


 時刻はすでに5時半を過ぎていた。伝票を見返して、原因を突き止めるには時間がかかりそうだ。今日はノー残業デーとなっているが、残業をせざるを得ないようだ。課長に残業になりそうだと告げた。


「今日中に終わらせないと、明日振り込みができないし、仕方ないね。一緒に残りたいところだけど、残業代削減って言われいるから、私は先に帰るね。ご飯作っておくから、終わったら連絡して」


 残業して遅くなっても夕ご飯ができている幸せを感じながら、席に戻り作業を介した。伝票を読み上げて行って、篠原さんが入力を確認していく。


 作業を開始して1時間後、ようやく入力間違いの伝票がみつかった。周りを見渡すとみんな帰っていて、オフィスに二人だけ取り残されていた。


「お疲れ様」

「すみません、私がミスしたために、残業になってしまって」

「仕方ないよ、入ったばかりだし。でも、おかしいなと思ったら早めに言ってくれると助かるな」

「わかりました」


 ようやく帰ると思って立ち上がった時、急に背後から篠原さんに抱き着かれた。


「えっ、何するの?」


 篠原さんの左手がスカートの中に入ってきたと同時に、右手は胸を揉み始めた。


「こんなにかわいい格好してるのに、本当に男なんですね。私変な性癖があって、女装している男の人に惹かれちゃうんですよね。歴代の彼氏もみんな女装させて楽しんでました」


 そう言いながら、左手は男性器をさすっている。そうされると自分の意志とは反して、興奮してきてしまう。


「ほら、ダメでしょ。女の子が、こんなところを大きくしちゃ」


 篠原さんが手慣れた感じで下着をずらし始めた。男性と女性なので、抵抗しようと思えば抵抗できる。でも力任せに押しのけると、その時に篠原さんが怪我してしまいそうで心配になって抵抗できない。


「抵抗しちゃダメですよ。そんなことしたら、朝日さんに無理やりされたって、部長に言っちゃいますよ」


 事実とは違うが、女性の側からそう言われてしまったらお終いだ。おとなしく篠原さんのなすがままに従った。


 ◇ ◇ ◇


「ただいま」

「おかえり、遅かったね。解決した?」


 心身ともに疲れ切った体で家にたどり着いた。一人暮らしだったら、このまま倒れていたかもしれない。何も知らないとはいえ、温かく迎え入れてくれた課長の笑顔が天使のように感じる。


 汚れた体を清めるために先にシャワーに入って、夕ご飯が並ぶテーブルについた。クリームシチューとチキンソテー。課長の手料理が心にしみる。


「どうした、何かあったの?」


 帰宅後、無口で落ち込んでいる様子を見かねた課長が尋ねてきた。会社で起きたことを課長に伝えた。


「ごめんなさい」

「あさひが手を出したんじゃないんだから、謝らなくていいよ。それにしても篠原さん、可愛い顔して肉食系ね」

「うん、佐紀と同じぐらい」

「そんな減らず口が叩けるようなら、もう大丈夫ね。今度から私も気を付けておくし、残業になるときは私も残るようにするから」

「ありがとう」

「それから、あさひは無防備すぎるから気を付けてね。白井さんも山崎さんも、隙があるから付け込まれるだよ。女の子なんだから、気をつけなさい」


 課長に言われて気づいた。恋仲でもない限り、普通は男女二人きりにならない。たしかに無防備すぎた。ちょっと反省。


 その日の夜、疲れていたので早めに寝ようとしたところに、課長の手が伸びてきた。


「疲れてるんだけど、明日じゃダメ?」

「上書き保存。楽しい気持ちで一日を終わろうよ」


 答える代わりに課長と唇を重ねた。



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