第11話 女子会

 いつもなら買い物デートしている休日だが、課長と結婚することが決まったこともあって、今日は一緒に暮らす部屋を探して物件回りをしていた。


「この部屋いいよね。日当たりも良くて、キッチンも広いし。家賃ちょっと高いけど、今までの二人分の家賃合わせたより安いし、ここにしない」


 課長が無邪気な笑顔をみせている横で、不動産業者は満足そうな笑みを浮かべていた。新居を夢見てはしゃぐ課長の姿をみるのは微笑ましいが、同時に結婚という現実の重さも感じてしまう。これが、マリッジブルーなのかもしれない。


「収納もそれぞれの部屋についているので、ルームシェアにはいいと思いますよ」


 課長に女性らしい振舞、仕草を躾けられたこともあり、最近は至近距離でも男性だと気づかれることも減ってきた。不動産業者は、女性二人のルームシェアと思っているようだ。


 不動産の店舗に戻り、契約をすませた。


「さて、部屋も決まったし、次は引っ越しの手配もしないとね。家具はお互いのをしばらく使うとして、あとは、そうだ、ご両親に挨拶に行かないとね」


 両親に挨拶。自由な恋愛と違い、結婚となると実家の両親も絡んでくる。女性として暮らしていることは、まだ親には伝えておらず、結婚の報告も含めて何もかも気が重く感じる。まだウチの実家はどうなるかにしたとしても、気がかりなことがある。


「でも、佐紀の実家は大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。この間電話で話したら、おめでとうって言われた。孫の顔が早く見たいって、親の方が焦り過ぎよね。親も私が同性愛者って知ってるから、ちょうど良い人見つかったねって言ってるよ」


 課長はあっけらかんとした表情で言った。


◇ ◇ ◇


 指定のお店に行くと、すでに何人かは着ておりその中に白井さんもいた。


「課長はもうちょっとかかるから、先に始めておいてって言ってた」

「会費先に集めておくね」


 財布を取り出し、会費を払った。女子社員たちによる女子会に初めて参加することになったが、課長がいないとちょっと心細い。なので、女子社員の中で一番仲の良い白井さんの横に座ることにした。


「白井さん、最近彼氏とはどう?」

「おかげでいい感じ。この前彼の家で料理作ったんだけど、言われた通りマヨネーズと焼肉のたれで味付けしたら美味しいってほめてくれた。褒められて嬉しんだけど、なんかバカっぽく思えてきた」


 白井さんがあきれ顔で言いながらも、嬉しそうに話しているので新しい彼氏とは上手くいっているみたいだ。お互い傷つくことなく別れることができて良かった。


「ところで、聞いたよ。課長と結婚するんだってね。おめでとう」

「ありがとう。女子会って初めてだから、ちょっと緊張する」

「別に緊張しなくていいよ」


 緊張しなくてもいいと言われても、緊張してしまう理由があった。次第に人数も揃ってきたところで、始めることになった。


 乾杯した後、ビールを飲みながら周りを観察してみる。みんなの服装を見ていると、デートとはちがう女子会向けのコーデであることに気づく。

 無頓着で鈍感な男相手とは違い、同姓の女性の方がチェックが厳しい。今朝も着ていく服を選ぶのに時間がかかり、バッグやアクセサリーなど小物にいたるまで気を使ってコーデをしてきた。


「遅れて、ごめん」


 ビールを飲み干して、お代わりのグレープフルーツサワーを注文したところで課長が到着した。


「お疲れさま。私もここに入っていい?」


 課長と一緒にやってきた女性が目の前の席に座った。広報部の山崎さんだ。今日の一番の心配事であった山崎さんが、よりによって目の前に座った。

 営業部の山崎さんの奥さんだ。初めて抱かれたあの日以来、奥さんが出張だという日に会うのを繰り返しているだけに気まずい。


 課長がビール、山崎さんがレモンサワーを頼んで、ドリンクが来たところで、白井さんと4人で乾杯した。


 仕事の愚痴、最近観た映画の話題、そして中途入社してきた人についてなど、話題がコロコロと変わっていく。女性同士の会話は、相手を否定せずに共感していくのが大事だ。

 今のところ山崎さんとは表面上にこやかに会話を続けている。


「白井さん、ちょっとこっちきてよ」


 課長がお手洗いへと席を外した時、隣の女子グループから、白井さんが呼ばれて席を立った。テーブルに山崎さんと二人で残る形になった。


「朝日さん、旦那がお世話になっているみたいで」

「よくしてもらっています」


 ついに核心の話題が始まった。どこまでバレてる?飲みに行っているところまでは知っているみたいだが、抱かれたところまで知られているのか?


「そう、警戒しなくていいわよ。全部、旦那から聞いてるけど、気にしてないから」

「全部って」

「ホテルに行ったのも含めて、全部よ。大丈夫、怒ってないから。むしろ、朝日さんには感謝しているぐらいよ」


 感謝?予想外の展開に頭が追い付いていかない。


「ウチの旦那、あの顔でトークも上手いでしょ。それでモテるからって、前から会社の若い子に手出して困っていたの。今、セクハラとかうるさいじゃない。束縛しないって条件で結婚したから、私からはうるさく言えなくてね」


 確かに以前から営業部に新人の女子社員が入るたびに、山崎さんが手を出しているという噂は聞いたことがあった。


「朝日さんだと、男同士だから妊娠して子供もできる心配もないし、不倫ってわけでもないから安心してる」


 そこまで言い終わった時、課長がトイレから戻ってきた。山崎さんが課長に、今の話題の経緯をかいつまんで話した。


「そうでしょ。私も他の女と仲良くなるぐらいなら、男同士の方が安心できると思っていたの」

「男の娘っていいよね」


 修羅場にならず済んでホッとしたが、全面的に受け入れられても困ってしまう。


「食事代とホテル代もったいないから、旦那と会う時はウチにおいでね。3人でするのもアリかな」

「え~いいな。私も混ぜてよ」


 こちらの意向を確認することなく、課長と山崎さんが盛り上がり始めた。



 

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