02


【…ワタリギツネは女系でしてね、男の比率が低いんですよ。コイツも元々引っ込み思案だったもので、家内が猫可愛がりで甘やかしちまった結果が…これです。しまいにゃ、嫁が男に化けてバランスをとっているんですよう…】


「…それは、心中お察しする……」


消沈して項垂れるヒョーゴを宥めて談笑していると、ふい足首に柔らかく温かな毛玉が擦り寄った感触を感じたソラは、紫灰の目を瞠った。


「よしよし」


【…ゴロゴロゴロゴロ…】


喉元を指先で撫でてやると、彼女ジュナは本物の猫のように喉を鳴らしながら腕をよじ登り、やがて肩に落ち着いた。


【あわわわ申し訳ありません…っ。これジュナっ、失礼なことは止しなさい!】


【いヤッ!】


それを見つけたヒョーゴが血相を変えて引き剥がしにかかるが、意外に強い力で制服の胸元に爪を立てて離れようとしない。

だがやはり年の功なのか、ジュナの頑張りも虚しく問答無用で引き剥がされていった。


「まあまあヒョーゴ、私は構わない。だからそんなに叱らないでやってくれ」


【そ、そういう訳には…っ】


しばらくワタリギツネ同士の言葉で、言い合いが続いた。

独自の言語(民族語)で穏やかに、時に強い調子で話すヒョーゴに、ジュナが何やら必死に言い募っている。


【やれやれ、】


やがて決着が着いたようで、深い溜息をつきながらヒョーゴが居住まいを正した。


【はーーーー…。かわいい子には旅をさせよ、とことわざでは言いますがねぇ、まだこんな魔力も弱い毛玉でしかないのに、行くといって聞かんのですわ…】


【じじのバカバカバカっ!】


毛玉と言われたのが気に食わないジュナは、小さな火球…狐火を口から噴きながら祖父の手に何度も執拗に噛み付く。


【これ】


【ふぎゅ…っ!】


しかし、少し強い静電気ほどの影響力しかない幼い狐火は上から降ってきた祖父の大きな手によって相殺されて消えた。


【この子に必要なのは学びであり、己が持つ長所を見つけて育てること。あなた様の元ならば、必ずや強力な魔力が身につきましょうなあ…】


「…と爺様は言っているが、どうするジュナ」


【ふんっ】


小さな前足を組んで膨れっ面のジュナは幼い矜恃を折られてお冠だ。


【お前はまだ幼い。幼いがゆえに柔軟な考え方ができる。好きな方を選んでいいよ】


強い知性の輝きを宿す若草色の瞳が、改めてソラを見つめ返す。


「危険がないと正直約束はできないが、それでも構わないならば、一緒においで」


勢いよく跳躍し、ソラの肩に着地した彼女の返事は既に定まっていた。

いいのか? と小声で訊ねるソラに、ジュナは「あい」と鳴いて小さな前足を挙げる。


【大旦那、どうぞこの毛玉を…よろしくお願いいたします】


「ああ。確かに身柄を引き受けた。ヒョーゴ、有事の時は力を貸しておくれ」


【勿論ですよ。その時は一族総出でお手伝いいたします】


「ありがとう。例の調査…引き続き頼む」


【……かしこまりました】


改めてワタリギツネの仔・ジュナを託されたソラは、ヒョーゴに見送られて自宅へと爪先を向けた。

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