第14話 アレイシアのジレンマ

 紗和子の言った「『智の精霊』のご利益がある」という付加価値は、バッチリ功を奏した。

 『智の精霊』という新しい精霊にあやかりたいと思う貴族や平民が、次から次へとイシュの刺繍商品を買い占めていく。

 イシュの商業ギルドもチャンスとばかりに、イシュの商品すべてに付加価値をつけた。やり過ぎかと思ったが、どの商品も高価格設定なのに飛ぶように売れた。

 イシュの人達はにんまりだが、オンズロー家はもっとにんまりだ。

 もっと付加価値を上げようと、『智の精霊』の愛し子であるアレイシアがいかに優秀かを吹聴して歩いた。


「アレイシアは王立学院で学ぶ内容は全て習得している」

「アレイシアは外国語も堪能だ」

「アレイシアは歴史や芸術にも秀でている」


 家から追い出して以来、家族がアレイシアに会ったのは「金儲けはまだか?」と言いに来る時くらいだ。それなのに適当なことを触れ回るから、優秀さだけが勝手に独り歩きしていく。

 困ったことは、疎遠な親が勝手に言っているだけだと無視できないことだ。むしろオンズロー家が言いふらしている以上に、アレイシアは優秀じゃないといけない。




 イシュの商品には、『智の精霊』のご利益がある。


 でも、そのご利益は目に見えないし、精霊が本当にご利益をつけてくれたかなんて誰にも分からない。

 ご利益が目に見えるようにするには、どうすればいいのか?

 『智の精霊』の愛し子であるアレイシアが、噂だけじゃなく実際に誰よりも優秀だと見せつければいい。

 アレイシアが優秀であればあるほど、『智の精霊』のご利益にあやかろうと商品が売れるのだ。

 だからアレイシアは必死に勉強をした。古代語や外国語の翻訳や新たな商品の開発、様々なことをして『智の精霊』の愛し子として活躍し続けた。


 すべて順調! とは、いかない……。

 イシュの商品が売れれば売れるほど、アレイシアの毎日は思う通りに進まなくなった……。

 アレイシアは古代語や歴史の研究の他にも、壁画や遺跡を探して見に行きたいし研究したい。古代史の研究者に師事して専門的にも学びたい。

 でも、『智の精霊』の愛し子としての自分に時間を取られ、本来の自分の目標に使う時間が取れない。

 アレイシアの生きる目標はオンズロー家の役に立つことなんかではなく、『賢者』になることでもない。闇の精霊が悪ではないと証明することだ。なのに、その研究をする時間が一切取れない。

 紗和子が心配していた通り、アレイシアは自分で自分の首を絞めてしまったのだ……。




 カレイド国は不思議な国で、これだけ精霊が国に根付いているのに、なぜか精霊の研究についての本は驚くほど少ない。

 それでも独学で研究していく中で、古代語と精霊について書かれた本を見た時にアレイシアは歓喜した。アレイシアの望む研究が、そこにはあった。

 興奮のままに研究者に自分の研究内容を送って、助手として勉強させてもらう約束も取り付けた。

 でも、アレイシアはイシュから離れられない。

 オンズロー家が、アレイシアを領地から出さないように手を尽くしているからだ。

 王家からも王都に来るようにと何度も手紙が届いているのに、「身体が弱くて長旅に耐えられない」と嘘をついてかわし続けている。下手に軍事力があるせいで、王家も強気には出られない。

 オンズロー家は自分達の金儲けのために、アレイシアを飼殺しにして骨の髄まで利用し尽くすつもりだ。




 粗末な机の上には、独特な癖のある字が書かれた手紙が置かれてる。

 何度も何度も期待を胸に読み返し、何度も何度も絶望して破り捨てようとして思いとどまりクシャクシャになった手紙。

 研究者ロベルト・ワイルドからの手紙を、アレイシアはぼんやりと眺めていた。

 手紙には研究所の職員になる試験を受けて、ロベルトの助手として働かないかと夢みたいなことが書かれていた。アレイシアにとっては運命を変える、目標に一歩近づける転機となるはずの大事な手紙。

 だけど……自分の目標に向かって一歩踏み出すためには、捨てるものも傷つける人も多過ぎる。

 アレイシアは身動きが取れずに、手紙を見つめるしかできない……。









 会議室の扉近くまで来て、アレイシアは沙和子を見上げた。

 十二歳になり、意志の強さも自信もついた瞳。そんな自分になれたのは、紗和子やイシュの人達のおかげだということもアレイシアは知っている。

 そんな大事なイシュの人達と、今から決別をしなければいけない……。


「紗和子さんから、こうなるって何度も言われていたのに……。話半分に聞いていた罰が当たった」

「『智の精霊』のご利益なんて言い出したのは私だよ。シアは子供なんだから、『お前がこんな話をしたいせいだ!』って私を責めていいんだよ!」

「紗和子さんは、ずっと私を止めてくれた。勝手に暴走したのは、私だよ」

「違うよ! シアはみんなの役に立ちたかっただけだよ! 周りがシアに甘えて調子に乗った。こんな結果を生んだのは、私も含めた大人のせいなんだよ! シアが全部背負うことない、絶対にない!」


 こんなことはもう何百回と言っていることだ。それなのに紗和子が何を言おうとも、アレイシアは全ての責任を負うことを止めない。

 そして今日、たった一人でその責任を取るために、大勢の大人から責められるのだ。

 十二歳とは思えない覚悟を決めた厳しい表情をしたアレイシアは、商業ギルドの重い扉を開けた。








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読んでいただき、ありがとうございました。

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