第13話 領主の娘として

 イシュで生み出されたものの大半は、国内ではなくイグネルト国に輸出されている。

 この取引は国家を挟まない自由貿易なので、実は危険な橋を渡っている。できれば国内に販売の基盤を作って、イグネルト国とは正規の手順を踏んでやり取りするのが望ましい。

 だけど、そのために必要な国内に販売基盤を作るのが、なかなかに難しい。この難関を突破できないことには、次には進めない。

 それにまぁ、そのために動かないといけない領主が何もしないのだから話にならない……。




 机に並べられた華やかな色使いの商品を眺めながら、紗和子は難しい顔をしている。


「イシュの街の農作物も工芸品もイグネルトの影響を受けているから、一般的なカレイド国の商品と比べると独特なのよね~。私は凄い好きだけど」

「そこがイシュの商品の価値が下がる理由なんだって、ギルドの人は言ってたね」

「うん、だからそれを逆手に取ればいいんだけど……」

「いいんだけど? 何? 案があるんだよね? 名案?」


 スマホを手にしていない紗和子の意見に期待してしまうとは、さすがのアレイシアも言えない……。

 そんな胸の内を知る由もない紗和子は、険しい顔で言い渋っている。もったいぶっているという感じではない。しまったと後悔している顔から、合法的とは言い難いのかもしれない……。

 それでも藁にもすがる思いのアレイシアは、キラキラと輝くダークグレーの瞳を紗和子に向ける。

 狭い家の小さなテーブルで向かい合っているのだから、顔がくっつくぐらい距離が近い! 健康的に成長したアレイシアには、以前のような陰気さなんてない。笑顔の似合う溌溂とした美人になった。

 そんな可愛い我が子に甘えられると、紗和子の口もつい緩くなってしまう……。


「カレイド国の人達は、嫌味なくらいにプライドが高い。自分達の慣れ親しんだものが一番だと思い込みたいから、定番と違うものが受け入れられない」

「カレイド国は精霊に守られた特別な国だという思いが強いからね。排他的であるのは間違いない」

「そういう人達には、下手に出て値下げをしたら駄目なのよ。付加価値をつけて、特別なものだと思わせる方が有効的」


 紗和子の言っていることはまた理解ができないけど、スマホの時とは違って重要な気がした。


「付加価値って何?」

「商品に特別な価値をつけること」

「分かんない……」

「例えば、このテーブルクロス。カレイド国では白一色での刺繍が美しいとされているよね? でも、イシュのテーブルクロスは、イグネルトの文化を取り入れて様々な色で刺繍がされている」

「お母様は、イシュの刺繍は下品だって言っていた……」


 図案が同じでも、白一色の方が上品だといって譲らないのがカレイド国の貴族だ。

 それにしたって、自分の領地で作られた商品を世間に紹介しないどころか、「下品」と言って貶める当主夫人では話にならない。

 このテーブルクロスを始めとする刺繍商品の販売価格や価値が下がった理由は、もちろんオンズロー家の夫人の発言だって原因の一つであることは間違いない。

 アレイシアとオンズロー家の関係を知っているイシュの人達は、そのことでアレイシアを責めたりしない。だけど、イシュの人達が丹精込めて作った商品の価値を下げたのが自分の家族なのだから、アレイシアは申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 イシュのために、何としてでも挽回したいという気持ちにもなる。


「あまりやりたくない方法だけど、この商品に『智の精霊』のご利益があるという付加価値をつけて売り出す」

「……あるの? ご利益……?」


 上目遣いにうかがうような疑い深いアレイシアの視線には、今までの紗和子の失敗の数々が映し出されるようだ。


「私はこの通り親しみやすい見た目だから忘れてしまいがちだけど、実は精霊なのよ!」

「つい、忘れちゃうよね?」

「うっ……、役立たずなことは否定できない……。でも、この国の人達は、そんな精霊でも、精霊なら何でも敬ってありがたがるのよ。私が『ご利益があるように!』って祈れば、それで満足しちゃうのよ」

「しちゃう、かな?」

「絶対に、しちゃうのよ!」


 アレイシアにとっての紗和子は、精霊というより……。お母さんというか、気の置けない友達というか、親友というか、大好きな人だ。

 そのせいで紗和子が『智の精霊』だという認識に、どうしても欠けてしまう。この作戦が上手くいくように思えないのは、そのせいだろう。

 そんな気持ちに気付いているのか、真面目な顔をした紗和子が顔の前で両手をバッテンにクロスさせた。


「でも、この案は使わない方がいい」

「どうして? 満足させて、売れちゃうんでしょ?」

「絶対に売れちゃうんだけど、そうなるとアレイシアが自分の首を絞めることになるの。だから、この案は使いたくない。調子に乗って喋っちゃったことを後悔してる」

「付加価値をつけることでイシュの刺繍の価値が上がるのなら、私なら全然大丈夫!」


 オンズロー家が貶めた刺繍の評判を取り戻せるなら、と思っての発言だった。決して軽々しい気持ちで言ったのではなく、イシュのことを思って決断した。

 それでもアレイシアは、もっと紗和子の話に耳を傾けるべきだったのだ。

 この選択が本当に自分の首を絞め、イシュに迷惑をかける選択となってしまうのだから……。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆


読んでいただき、ありがとうございました。

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