第15話 アレイシアの罪

 ギルドの大会議室には、細長い机が四角形に置かれていた。

 部屋では険しい顔をした大人が二十人ほど既に席についていて、空いている場所は入り口の真正面にあるギルド長の隣だけだ。そこは常にアレイシアの定位置だった場所で、昨日までは温かく向かい入れられたことしかなかった。

 アレイシアが静かに座った席の向かい側には、険しいを通り越して顔を真っ赤にして全身から怒りを放つオンズロー家の両親が座っている。

 アレイシアが椅子に座るなり、バンという大きな衝撃音が静かな部屋を揺らした。怒りを抑えるのが苦手な父親が、机を叩いて立ち上がったのだ。


「この私を待たせて遅れてくるとは、どういうつもりだ!」


 無言で父親を見つめるだけのアレイシアに、父親の怒りは増していき机を飛び越えて掴みかかる勢いだ。

 隣に座っているギルドの理事であるセドルが押えて座らせなければ、今頃アレイシアは殴りつけられていただろう。

 脳筋である領主の隣が、イシュ一番の力自慢が座っていたことに感謝しないといけない。


 興奮が収まらない領主の熱を冷やすように、ギルド長の冷たい声が響いた。


「今回の損失は、私達ギルドにとっても大きな痛手です。我々だって、領主様と同じ気持ちです」


 部屋にいる全員の視線がアレイシアに集まり、無遠慮なまでに怒りをぶつけてくる。


 針のむしろ状態のアレイシアを前に、紗和子は盾にもなれない自分が情けなくて涙が止まらない。何の役にも立たないスマホを握り締めるしかできない自分が許せない!

 何の力もないことをずっと悔やんできた紗和子は、今日ほどそのことを呪ったことはない。もし自分に精霊の力があったのならば、その力の全てを使ってここにいる奴等を叩きのめしてやりたい!

 こんな幼い少女に頼り切って今まで散々金儲けをしてきたことだって、大人としてみっともないと叫びたい!

 それだけでなく、当然のようにアレイシアの未来を潰そうとする奴等が許せない! 自分の利益しか考えていない大人の醜さを、本人達に見せてやりたい!

 自分にその力がないのが心から悔しくて、アレイシアに申し訳ない……。


 一方アレイシアはただ、怒りを受け入れるだけだ。

 自分の我が儘を通すために、この人達をイシュを踏みつけるのは自分だ。何を言われても仕方がないし、暴力を振るわれたって仕方がない。そう腹をくくって、この場に挑んだ。




 ギルド長の言葉に満足そうにうなずいたオンズロー辺境伯は、まるで罪人に向ける態度で娘を指差した。


「この愚か者は、この私に多大な損失を与えた! 『智の精霊』なんてもてはやされて調子に乗りおって! 役に立つと思ったから仕方なく手元に置いてやったのに……。やっぱりお前は不幸の象徴だ! 『悪しき黒の魔女』の化身だ!」


 今まで仲良くしてきたはずのギルドの関係者も、オンズロー辺境伯の言葉にうなずいている。

 今までアレイシアのことを魔女扱いしなかった人達の本心を知るのは、さすがに辛い。机の下でスカートを握り締めて耐えようとするも、手も足も震えてしまって力が入らない。

 言葉にしなかっただけで、心の中ではみんなアレイシアを『悪しき黒の魔女』と思っていたのだ……。

 それは生まれてからずっとオンズロー家で虐げられていたことより、ずっと暗く重い影をアレイシアに落とす。


 隣のギルド長がため息を吐いて、棘のある声でアレイシアの失態を責める。


「アレイシア様がイグネルト国との自由貿易について、考え無しに喋ってしまったのはみんな知っての通り。そのおかげで、二国間の貿易に国が介入することになってしまった。間に入られるということは、俺達の利益は半分以下に減ってしまう上に、煩雑な手続きをする手間が増える」

「貴様らはそれで済むかもしれないが、我がオンズロー家は王家より叱責され莫大な罰金まで支払うのだぞ! それも全て、この愚かな小娘のせいでな!」


 辺境伯の興奮はすさまじく、唾と恨みを吐き散らして怒鳴っている。

 アレイシアはその怒りは、軽く受け流した。

 辺境伯にアレイシアを責める権利はないが、イシュの街の人が受けた損害の全責任はアレイシアにあるからだ。




 自分を手放そうとしないオンズロー家から逃れるために、アレイシアはイグネルト国とイシュの自由貿易を国にリークした。

 オンズロー家が叱責されるだけでなく、イシュが受ける被害も少なくない。それが分かっているからこそ、アレイシアだって気楽な気持ちでやったわけではない。

 それくらいの大きな事件を引き起こさなければ、アレイシアはオンズロー家からは逃れられなかった。

 今まで築いてきた大切な信頼関係も全て捨てなくては、アレイシアが前に進むことは叶わなかったのだ。

 それが自分勝手なことだと分かっていても、アレイシアは自分の目標に向かって進みたいと願い、決めた。


 自分の手で思い出を破り捨て、信頼を失った。いくら罵られ、いくら恨まれても、仕方がない。その全てを受け止めて、絶対に忘れない。

 自分の罪を永遠に背負っていく覚悟を持ったはずだった。だけど、きっと、アレイシアの覚悟は、独りよがりで全然足りなかったのだ。

 お世話になったイシュの人達への恩と同じだけの罪を背負えるなんて思うことが、傲慢だったのだと思い知った……。






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読んでいただき、ありがとうございました。

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