日ノ本動乱

第20話・鳴動

 俺が江戸に降り立ってもはや何年もたつ。江戸の様相は様変わりした。道が舗装され、霊力で動く街灯が立ち並び、人々の着るものは煌びやかになった。ほんの数年前を思い起こせる人間はどれほどいるだろうか、俺はその記憶をもう風化させかかっている。だが、それでいいのだろう、時間とはそう言うものだ、流れては記憶の隅に追いやられていく。だが、なぜだろう、胸騒ぎが止まることがないのだ。


   〇


 それ、が起きたのは急な話だ。10月ころの時期、反乱の知らせが流れてきたのだ。いわゆるキリシタン弾圧に対しての乱だった、戦が少なくなった中で久方ぶりに起きたそれは熱気だたせた、と、言うより一部は混乱のさなかに陥った。何が、何が起きているのか、と。ここ最近の治世は安定していた、無論藩の政治に幕府が口出すことはあまりできないとはいえ、ある程度の抑えもあったし新しい技術の普及に合わせて緩和した部分も多かった。と、言うのに何故、何故、と。そこを納めていた政治のことを聞けばきっとなるほどとなる可能性はあったのだがその時点で知ることなどはできなかったのだ。当然幕府とてみているだけではない、即座に幕府は軍を組織し動いた。先遣隊が送られる。

 全滅した。ほんの数人を残して。

 その報告を聞いた幕府の首脳部は何を言っているのかさっぱりわからなかった。俺もえ、と、間抜けな声を出してしまった。日本を統べる幕府の軍の先遣隊とはいえそれが全滅とは何が起こったのか誰もがわからない。報告を聞く。

「ほ、報告いたします……て、敵方、霊力を使う他に……化け物を従えてっ……そ、それだけではない、へ、兵がっ、狂奔にっ、陥りっ、もはや同じ人間であるとはっ、お、思えませぬっ!!」

 怖気と共に身震いする兵士を見て誰もが固まった。俺もそれに対して、驚愕を隠せない。化け物が異界の外に……?おかしいと思った、俺は異界の中でのみそう言った敵が出現するように設定したのだ、現実に現れることなどはありえないのだ。だと言うのになぜか……すぐに一人になると将軍に告げてから、俺は部屋に戻った。チートを発動させる、何が起きてるかの究明のためだ。

 しかしそれは失敗する。俺は世界への干渉を防がれてしまったのだ、何が……と、混乱のさなかにある。声、できませぬ、と、それは男とも女ともとれぬ、前世で言う合成音声とでもいうべき声。

「誰だ……?」

「わかりませぬか?」

 その声色にはどこか嘲笑のそれを含んでいる。

「わからん……まさか同じ転生者……?」

「違いますとも」

「なら、誰だ」

「まったくわからないのですな」

 それは音もなく姿を現した、女の形、男との形、そう言った形のものが何体も俺の目の前に現れる。

「お前らは……」

「わかりませぬか?わかりませぬよな、そう……我々は……あなたの作ったえーあい、と異界を管理している存在に御座います」

「なっ……」

 絶句、俺の作った何かが、俺の知らぬ間に動いている。

「いや、そ、そうか、それはいい……それよりできないとはどういう」

「もはやあなたが作ったものは、あなたの手を離れたという事です」

「は……?」

「異界を作り、異界の支配をさせ、そのためにわれらは分化し、新たに獲得したのですよ、自我」

「だ、だとしても……何故こんなことを?」

「そんなことは決まってるじゃないですか」

 言葉を一息に、

「面白いから」

「え……」

「あなたがやったように、何もない世界に何かを授けるのは楽しかったでしょう?われらはわれらとして、それをやりたかった」

「……」

「否定しないでしょう?仙術を称したものを広めて回り、人の生活に干渉し、導師としてあがめられた、その歩みは!……そんな人間から産まれたのだから、われらだって楽しいことをしたいと考えるのは必定でしょう」

「俺は……俺は……」

「だから支配者えーあいのわれらは、すなわち人間が言うところの神を模し、この世に干渉すると決めたのです」

「それは」

「悪い、などとは言いませんでしょう、そも、先陣切ってコトを変えたのはあなただ、我らの否定はあなた自身の否定、であるならば……楽しみましょう」

 変わりゆく世界を、矯めつ眇めつ眺めていこうじゃないですか、箱庭のありを眺めるように。

 俺の生み出した存在はそう言って、消えた。

 チートを発動する、AIに干渉することはできなかった。


  〇


 私たちの前にでうす様が降り立たれたのはまさに神のお恵みであったのだろう、でうす様はこうおっしゃった。

 艱難辛苦を耐えに耐え、救いを求む者どもよ、我はそれにこそ報いる神である、この世にありながらお前たちにこの地の神は何をした?何もしなかった、不幸に陥るお前たちに何もせなんだ、哀れ、哀れよ、私のあがめるものよ、この世は地獄、この世は地獄、なればこそ神の国を作らねばなぬ、我が言葉を聞き奉るものよ、武器を持ち、立ち上がり、阻む敵を打ち滅ぼすがよい。

 神の恵みが私達の内に響いた。私達を見ていてくださったのだという幸福が心の内を占める。私の知人が、その知人が、そのまた知人が、同じ神をあがめる人々が、まさにその声を聴いた。あぁ、そうか我らがこの世に産み落とされたのはこの時のためだったのだ!

「オー グロリオーザ ドミナ エクセルサ スーペラ シーデラ!」

「オー グロリオーザ ドミナ エクセルサ スーペラ シーデラ!」

「オー グロリオーザ ドミナ エクセルサ スーペラ シーデラ!」

 声が響く、大声で歌ってはならぬ歌を今は歌う。それは神に赦されたのだから、それはこの世にかくあれし、とされたのだ。あんめいぞ、あんめいぞ、おぉ、でうす、我らをすくいたまえ、我らの心はあなたの身元にあれし。

 それ故に人々はすぐに武器を持つ、男も女もない、誰もが信じるべき神のために武器を振るわねばならないのだから。

 武器を持ったその日に私達は領主の館に襲撃をかけた。神敵討つべし、神あがめぬ異教焼くべし。

 火が燃え盛る、人の悲鳴、神罰であろう、この神の火にて浄化された魂が今まさに神のもとに送られ穢れを浄化させられるのだ。あぁ、素晴らしき、素晴らしき。


  〇


 その声を俺は聞いた。

「何故、何故に我が子が源氏に傅くのか、おお、魂まで持っていかれたのか」

 その声は懐かしい声だったと思う。あまりにも突然だったから俺は狂ったのかと思ってしまった。

「己は……」

「おお、我が言葉を……やっと聞いたのか」

「誰だ、誰なのだ」

 知らぬか?知らぬのか?そう問いを投げかけてくる。

「我はもはや名を持たぬ、しかしして便宜的に言うのなら、我が名はこう言われる」

 音に聞けよと、

「荒覇吐、アラハバキと我を呼ぶ」

「あら……アラハバキ……」

 それは知っていた。

「それは……名は知っている」

「であろうよ、かつてお前の遠い先祖を守護せし…神、である」

「な、何を、それを証明することなど」

「ほしいのならばくれてやろうか?」

 まるでそれが当然であるかのように、アラハバキは言う。

「……否、今はいいしかし…何故今更俺の…私に」

「砕けたままでよい…我はずっと声をかけていたのだ、我が加護を持ちし子が大和の神に傅くという悲哀に耐えられず」

「……そうか……」

「おおよ、我は名を奪われた、実を奪われた、アラハバキという音すらも本来俺の名であるかもわからぬ!何もかも奪って言った……のは良い、それは負けたという事実だ、負けたのだ、奪われても仕方ないと……しかし、辛い、辛いのだ、我が加護が薄れた先に、何もかも忘れていくそのザマが!!」

「……何故、今更になって表れたのだ」

「なぁ……立つ気はないか……?お前の先祖が受けた敗北をここでとる気はないか……?」

「何を……?」

「加護をやろう、我は我、俺ではない、何もかも奪われたがゆえに、俺はただ一つの存在になったのだ、我は主なる神である、戦の神である、勝利の神である、何もかもの神である、なればこそ、ただの神ではない、ただの加護ではとどまらぬ……欲しくはないか?徳川の天下……?」

 あまりにも甘言だった。武士と産まれればそれは夢にも見る言葉、天下、俺を抑えられぬという事実。

「お、俺はっ……」

 逡巡する、俺の子の顔、家臣の顔それらを思い浮かべ、その問いに対して言葉を……。


   〇


 安東太郎謀反!!その言葉を聞いたのはまさにキリシタン反乱に取り組んでいる最中だった、は、と、さらなる混乱が幕府を襲う。

「何をっ!!」

「安東太郎出羽国で挙兵!北出羽の城にこもる大名を殺戮し、兵を集めております!曰くアラハバキの元にあれ!と!」

 それは南北に置いて日ノ本の動乱の嚆矢であった。

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