第19話・大阪見物

 天下の台所と言えばどこか、この時代は大阪である。海運で集まったアレやコレがここで下ろされて一大商業都市としての様相を示している。まさに物流の中心、江戸とは違う学問の発展、まさしく日本の流通の都。そんな場所であるから京の都に比べてここは活力であふれていた。中心となる商人が音頭を取り、また栄達を狙う層が虎視眈々と地位を狙う。江戸と京のそれとは違う……熱気とでもいうべき力の渦が大阪という街そのものを包んでいる。

 俺がいるのは大阪の繁華街である。そもそも何故ここにいるのかと言えばまぁ、俺の我儘なのであるが……と、言うのも折角だからこっちのほうも見てみたいという俺の言葉からだった。だが、これが渡りに船……と、言うべきか武士側があまりにももう公家との会話に疲れてきていたと言うか、どこか話の終わらせどころを探していたがゆえに、さっさと逃げるために俺の言葉を利用して逃げたわけである。

「うぅむ……江戸とは違う発展だ」

「気に入ってくれとりますか?」

 人好きするような笑みを浮かべている一人の商人が俺に話しかけてくる。

「ええ、凄いですね」

 道を歩くだけでも多くの品物が見える。面白いと思う。何よりここは集積地、各地の物品が集まると言う事は異界の物も集まり新しい商品として活用されていくということに他ならない。勿論各地で多くの活用がされて入る。北は蝦夷、南は琉球まで……俺が知る日本の領土をこの時代においても日本と定義し異界を発生させるようにしていて、それぞれに特色のある怪異が生まれるようになっている。それら日本全てから特色ある素材が集まり職人が組み合わせるのだから、まさにこここそが伝奇に出てくる不思議アイテム生産場となっているのだ。

「はぁ……にしても、色々あって何が何やら」

「ははは、でしょうなぁ……今はまさに技術の発展途上!ドコかしこから集まってる物品が大阪でひしめき合っていますから!」

 得意そうに言うさまは、なぜか俺まで得意げになってしまう。と、言うのも、俺が好きかってやった結果とはいえ、それが確かに影響を与えているという事実があるからだろう。これが悪い結果だけならやらなければよかったと思うかもしれないが、いい面がちゃんとあると認識できたのならそれはとてもいいことだと思う。

「ちなみにここ最近はどんなのが熱いんですか?」

「あつ…?」

「あぁ、その、盛り上がってますか?」

「あはは、そう言う意味でしたか!熱いって言うのは言えて妙ですな、これから私も使ってまいりましょ…うーん、そうですねぇ、こちらなんていかが?」

 手渡されたのは竹筒だ。木製で軽く、しかし丈夫そうな普通の竹筒。

「これはですね、中に加工がしてあるんですね、霊力を流せばあっという間に中の飲み物が冷えるんですな、高級品ですと陶器で出来てたりしますが、手に入りやすいのはこれでしょうなぁ」

「へぇ…便利そうだ」

「でしょう?こんなのなくても、と言う方もおっしゃいますが、切った張ったの最中、手間を賭けなくて済むならそっちの方がよろしい!一瞬の手間が命を賭けるというなら、ね?」

「確かに…わざわざ入れ物用意してとか面倒かぁ」

「でしょう?」

 他にも、と色々案内してくれる。進んだ科学は魔法と変わらないというが、ここでは魔法が科学のような事をしている。だが、それでも変わったものはあるもので、特に売れ筋はちぎれた腕が即座にくっつく包帯だとか、霊験あらかたな呪符だとか、戦いに関するものが多かった。これに関してはしょうがない所もあるのだろう、異界、と言う戦う場所を提示したのだから、それ相応に傷がつくのも当然だ。そしてその根本的原因が俺であるという事実に少し沈む。いい面があれば悪い面もある、そんなのは分かっていることで当然のはずなのに、どこか悪いと思ってしまうのはまだ俺が人間だからなのだろう。せめて、もう少し自分のやったことを無責任にとらえられるというのであれば、俺だって心が軽くなったのかもしれない…何を言っても今更ではあるのだけど。

「浮かない顔ですなぁ」

「あ、いえ」

 そんなことを考えていたから、すっと指摘されてしまう。

「まぁまぁ…人間そう言う時もありますでしょうから」

「そうですね……っと、折角案内してくれてるのにこれじゃそっちもつまらないですね」

「何々商人に詰まらんなんてありませんとも!どんな事からでも商機を得るのが生き方ってものです」

「逞しいなぁ」

「逞しくなければ商人なんて出来ません」

「それもそっか…アレですね、婆沙羅な人たちとはまた別のたくましさではありますけど」

「どんな方向でも逞しくさえあればなんだってできますからねぇ、おっと、折角ですし少し食事にしましょう、近くにいい店が出来たんです」

 そう促されるままにのれんをくぐる、人がごった返している。これでもかと熱気があふれ、まだ何も食べていないのに腹がいっぱいになってしまいそうだ。案内されて座る。名物はうどんらしい、出汁のたっぷり効いた汁に天ぷらを乗せて食べると堪らないのだという。最近は卵の天ぷらなるものを出すようになって物珍しさから足を増やしているのだという。俺もそれにつられてしまう。折角だからそれを頼むついでにもう一つ何か欲しくなってしまう。冷凍技術が出来たお陰で今は新鮮なまま食べ物が運ばれるから、もうどこも献立の多さで勝負などとは出来なくなった。品数に至ってはかつて現代と同等の数がそろうようになっている。目に留まったのはイカの煮つけだった、たっぷりの醤油とカツオ出汁で煮込んでいるのだという。里芋もついていて腹持ちのいいおかずらしい。これはいい、とついでに頼んでおく。

「よく食べるのですなぁ」

「……少し前に京の都にいたから別の意味で聞こえちゃうのは悪いよなぁ」

「はは!お公家様と違って商人は実直ですわ!」

 実直……なのだろうか、権謀術数に生きてるようにも思うが顧客にはと言うことなのだろうか。食事が来る前にいくつか歓談する。曰く、商人に孫が出来て可愛くて仕方がないとの事、その孫の教育で息子とすれ違っていると言うこと、時流の読みに差が出て喧嘩ばかりで辛いと言うこと、目の前にいる人が人間でありそう言った積み重ねをあらゆる人がしているのだろう、とふと思う。例えば、今ここで俺たちの食事とを作っている人たち、給仕、他の食事客、すべてに人生があるのだろう。

 そんなことをしているうちに食事が運ばれてくる。いい匂いに顔が緩む。それは商人も同じだったようで、

「いやはや……やはり人間美味い飯を前にするとどうにもなりませんなぁ」

「確かに」

「飯をね、ただ活動するとための力として扱う人もいると言いますが、私には到底」

「同じですね、まぁ、否定をする気はないですけど…」

「それはね、あくまで自分に出来ないってだけですから」

 そう言いながらうどんをすする。お勧めするだけあって実にうまい。まず汁が良い。一口で香りが広がり、鼻に抜けていく。これだけでも舌の上が喜ぶのだが、その後に迎える麺は歯ごたえが丁度良く僅かな抵抗と共に子気味よく噛みきれる。熱気と一緒に流し込むだけでも幸福を感じられて堪らない。何より味が極めて複雑で、すぐにでも次と思う。

「こいつは…美味い」

「ふふんっ♪大阪と言えば食い倒れですからなぁ、これくらいは普通ですわ」

「そうなんですか」

「ふふ、最近は飯屋同士で基準が決まりそれを守らねばいけんと決まりましてますます美味となっていますな」

「へぇ…そりゃ凄いけど反発凄かったんじゃないです?」

「ま、多少は…とはいえそういうのを決めて行かないとすぐに粗雑なものが増えていきますから…しょうがない所もある訳です」

「ま、俺がかかわることじゃないからいいんですけど…」

「それが良い、考えてしょうもないことは考えない方がいいですからな…と、そうだ、飯を食えば滾るものもあるでしょう、次はどこに行きます?案内出来ないほど名所に溢れておりますから」

「そりゃいい、まだしばらくいるつもりだから、是非とも色々回りたいね」

 少しばかり砕けた口調でそう言う。こうしたただの観光と言うのは楽しい物であったと言うことをふと思い出す。

 そうだな、と、考えとりあえずは飯を食べることに集中した。

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