第17話・日ノ本の都と帝

 江戸時代の日本の首都とは江戸なのだろうか、確かに江戸は主要都市であろうが日本の本質的な意味でのその時代の都と呼べるのは京都…山城は京の都くらいだろう。未来こそ皇室が東京に移動し遷都…まぁ、京都の方は絶対に散歩としか言いはらないらしいが、それは別にどうでもよい。

 今俺は妙な気分で京に向かっていた。と、言うのもやはり導師という肩書を偽りながら持っている俺に興味を持つというのはある意味必定なのだろう。それ以外にも色々と政治的意図があるのではないか、と将軍様は言った。結局のところ俺は既にブランド的な価値を持っているのだという。日本に降り立ったただ一人の導師、仙人にはあらずともただの人に仙人の術の一端を与えた本物の導師、その価値を見込まれているのだと、そして向こうは向こうで俺を引き込みたいという意図が見え透けているのだという。そも、この時代の皇室とはどう言うものかといえばかなりパッとしない。権威を持てども権力のない頂点であるがゆえに、結構いいように(なんでもとは言わないが)利用されているわけで、さらに言えば、皇室どころか公家がどうにも貧乏でその日暮らしのアルバイトも珍しくないのだと言われた。そんな中武士ではない俺と言う存在はどう映るか、と言う話らしい。俺にはそこら辺の機微がチンプンカンプンであったのだが将軍は1つ帝に灸をすえに行くか、と言う態度ですらあった。どうにもこの時代の感覚がつかめない一つにこれがあるだろう。俺の産まれた元の現代は言ってしまえば天皇とは結局神聖不可侵な…それこそ明治を引きずっている部分があるといってよい。どれだけ言っても日本の象徴と言うすさまじい権威はそこに近づいていい物ではない、と思うこともある。それはきっとそう言う教育を受けたから、と言う部分もあるだろう。だからこそ日本の頂点にある種の慇懃無礼さを持って相対しようとしている将軍に俺はすげーとマヌケ面を以て感嘆をするしかなかった。

 将軍と言うよりは偉い人の動きと言うのはやや緩慢なものがある。と、言うよりもせかせか動くと格を疑われるとでも言うべきか、あずかり知らぬ御作法があるようで、酷くゆっくりとした動きで京に向かった。曰く日程がどうのとかこうのとか縁起のよさがどうとか、そう言ったものが加味されたと言うこともある。そもそも京の都に上洛するということがそこそこ久しぶりのイベントらしく、外様に至るまで多くの武士が動員されて数十万の軍勢(と言う体)を引き連れての事だからもっと時間が欲しいとの声すら聞こえた。ただ、都と言うのはやはり憧れがあるようで多少面倒くさがる声が聞こえはしても嫌がる人間が誰一人いないというのは面白かった。

 そんな中ではやはり色々と産まれる娯楽もあるようで、花札遊びが隠れてはやり、ルールが色々と新しいものが整備されたりした。やはり人間が暇を持て余すとこういう創意工夫が産まれて面白いと思う。本来はこういうことは取り締まられないと言えけないらしいが、ヘタに取り締まって逆に面倒になるのが嫌だから今は見逃しているのだと将軍お付の人に教えてもらってちょっとだけ笑ってしまった。俺も参加できないか考えたが、参加するには流石に身分が高すぎるから無理と言われて少しへこんでしまったのはご愛敬だろう。


  〇


 ちょっとしたイベントを積み重ねつつ問題なく上洛は行われた。と、言いたいところだがちょっとだけアクシデントがあったのは印象深い、と言うのも俺の良く聞く京都の人とはやはり京都だけのマイナールールで生きており、やはりこう優雅に悪口を言う、と言うのが所謂テンプレと言うかお国柄として聞いていたことがあるからだが、これがすさまじいことに仙術を得た反動とでも言うべきか、それともまた何か別の要因か、先祖返りで蛮族化…と言うとちょっとアレだが、暴力的な下っ端公家とでも言うべきか、ミヤビとは程遠いような振る舞いの人間が多く驚いてしまった。これがただの田舎から出てきた、といったのであればまぁそう言うものか、となるべきところなのだが率先して公家がヒャッハーかまして武士に突っかかってきたのである。手下をけしかけて下級武士を脅し金品を分捕ろうとしたのである…と、言うのは俺が武士側から聞いた話、公家側から聞けばまた別の話になる可能性はあるが、それは今はいい、重要なのは口先三寸で丸め込むとかではなく直接的武力で仕掛けてきたと言うことだ。この時代の人間は総じてプライドが高い、と言うよりは時代的にまだまだそう言う傾向に無いと生き残れないというのがあるのだが、その極まった人種である公家ならば武士は所詮暴力的とでも言うべき態度をとると思っていたのでちょっと驚いたわけである。それとも俺が知らないだけで元々公家とはこういう暴力的な部分を持ち合わせていたのだろうか、聞きそびれてしまったがゆえにそれを今確かめるすべはない。これを解決したのは高位の公家、いわゆる摂関家と呼ばれるような高位の公家で、そのとりなしのお陰で全面戦争を免れたため、その場はうやむやになったのだが将軍は公家に貸しを作ってしまったと地団太を踏んでいて、何がどう貸しなのかは分からないし勝手に向こうがやっただけなのではないのだろうか、と問えば。

「そう言ったのを察知し、速やかに収めて見せ、そしてこちらに危害を加えぬように誘導した、と言うのが本質よ」

 うん、全く分からない。やっぱり政治の世界は凡人のいるべき場所では無いようだった。幼少からそう言った教育を受けるという事は大事なのだ、と言うことがある意味理解出来た事である。

 将軍に言われた、絶対に確約するな、と。とにかく愛想笑いと礼を言って、話は全て受け流せ、だそうだ。これは帝に会う直前に言われた言葉だ。俺はそれがどう言う意味の言葉か理解できなかった…顔を合わせるまでは。

 将軍や高位の武士と一緒に御所のなんちゃらの間…要は面会する部屋に通され平伏…しない。いや、武士はするが俺はしてはいけないと言われてしまったので仕方なくしなかった。公家もする、武士もする、俺はしない。仲間外れではないが一人ハブにされた感じがして心地が悪いのだがこれにはどうにもちゃんと理由があるらしい。結局どこもではあるのだが、俺の扱いを決めあぐねているということを後で知ることになる。えせ導師ではない、本物の術を使える導師に頭を下げさせるというのは許されるのは、帝がそもそも日本のある種頂点であっても、それを強要すれば罰が当たるのではないか、と言うことになるのだと。勿論罰を与えたりはしないのだがまだ迷信がまかり通る時代に更に術と異界と敵をプレゼントしたせいで迷信と言うものが更に補強されてしまったということがこの原因なのだろう。

 声を掛けられる。

「〇×◆▼※」

 ……え、何て?いや、発音が日本語であるのは分かるのだがこの時代特有のすさまじい訛りと皇室と言う閉じた場所で使われる言語の組み合わせのお陰で何を言っているか分からない。これ本当に日本か?と思えるほどだった。仕方ないのでチートを久しぶりに発動し、翻訳させる。

「よく、来てくださいました、導師殿」

 うわ、すげぇ俺時代が時代だったら崇め奉られる存在に敬語使われてる。

「あ、いえ」

「そう謙遜せずとも構いませんよ」

 無理デース。やはり教育って言うものはすごい、今だに相手が未来に名を遺した皇室の御先祖様だと思うとつい背筋が経って震えそうになる。声がそうならないだけ褒めて欲しいものだ。

 少しの談笑(帝だけ)をしながら時間が過ぎるのを待つ。

 だが、そう簡単に行けば苦労はない。話を持ち掛けられた、

「時に導師殿」

「あ、え、なんでしょ」

「われらが使うのは言わば導師殿から授けられた術の一端に過ぎないわけだが、本物の導師殿の術と言うものを見てみたくあるのだが出来るだろうか?」

「あ、それくらいなら」

 小さく、あ、バカ、とでも聞こえそうになり、ハと思い出す。受け流す約束なのだが肯定の反応をしてしまった以上俺はそれを行う以外はない。

「そ、それじゃそうですね」

 少しだけ考えそうだ、と。派手ではあるが周囲に被害を及ぼさないやり方を思いつきそれを実行する。まずは日本の神話、古事記、日本書紀を中核に話を作り、それをチートで固めて脳内に映像を流せるようにする。演出は派手に割増しで、痛快娯楽映像作品に近いような構成とでも言うべきか。それを構築してから、うなずいて、

「それなら、えっと、俺が見たことのある日本の神話の時代の記録を見せるってのはどうでしょう?」

「そ、そのような事が可能なのか…?」

「勿論…折角ならこの場にいる皆さんにも見せてあげましょうか?」

「出来るのであれば…良い」

 向こうもやや半信半疑の心持なのが言葉から洩れているのだが、こちらは正真正銘チート技に未来の映像作品の演出を少しばかり知っている身だ、ちょっとしたイタズラが効けばいいのだが。

 そう思いながらその場で言う。

「えぇ、いいって言われたので皆さんにも見せますね」

 そう言ってチートを起動する。


   〇


 結果から言えば効果覿面だった。もはやその場がすさまじいことになったと言っていい。喜悦の涙やら、興奮の声やら、収まりがつかないほどの熱気が場を満たしている。

 自分でやっておいて何だが、こう思わざるを得ない。

 これ、どうしよ?

 

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