江戸が変わり、日本が変わり、時代が変わるその様

第16話・仙都江戸の広がり

 俺が江戸に術を広げてそこそこの時間が経つ。数字にすれば2年程度だろうか、厳密に決まっていない一週間が俺の中の感覚を狂わせるがそれはそれとして時間自体は経つものだから、見えていく景色は目まぐるしく変わっていった。この時代はまだ保存するという概念が薄い…ない訳ではないが、それはそれとして新しいものにすることに躊躇が無いから、時間が経てば国宝になりそうなものも多くが塗り替えられたりしたが、それ以上に江戸の街の移り変わりは見ていて面白かった。

 まずインフラの発達はそれこそ江戸に限れば江戸に近いほどの快適さを誇る。長屋は数階建てのアパートのような様相になり、部屋は快適に大きく、家具に冷蔵庫のような物、現代的コンロのような物、霊力で電灯…霊灯?が出来、ついでにそれは街道をも照らし、町には、浮遊して動く車代わりの移動手段がはやり交通事故をある意味名物になりながらも受け入れられている。

 食事も変わった、俺がある程度稚拙ではあるが栄養的な知識を教えたのだがそれのお陰でコメだけではなく副菜を多く食べることを理解したのだ、他にも下賤な食べ物、と食べられないものも理由さえつけば食べる気になるのか安価な魚がこれでもかと食べられるようになったし、もっと面白かったのはこの時代ではまだ下も下の魚の代表とされたマグロが今は江戸の人々の腹をこれでもかと満たしている。漁師が術を覚えた結果、冷凍しての鮮度の向上によりマグロが美味しく食べれるようになったからである。それ以外にも足の速い魚が冷凍して運ばれることとなった。更に薬食いとなどと微妙な立ち位置にあった肉食もまた受け入れ…直している、とでも言うべきか。仏教の広まりと共に少しばかり薄れていた肉玉が堂々と行われ、同時に畜産が始まり肉が市場に売られるようになった。なんでも肉を食べるのが穢れなら、自分の肉も穢れてるのか?などと言った頓智で納得…とまでは行かなくても思考に新しい考え方を生み出していたと聞いた。

 そういった面もあれば、生産能力の拡大は人々のライフスタイルを大きく変えた。特に未来ではリサイクル都市の江戸と呼ばれるほどだった循環は消え、大量消費が当然になった。貧富の差は拡大し、大資本が大手を振ってそこにありつけない人々は更に貧しくなり、法の整備が追い付いてないからそれをいいことに食い物にするものもあらわれ、それに対応するための互助会だったものがヤクザ化し、それが抗争を呼び込んで治安の悪化を招いた。

 職業も時代に合わせて色々と増えたがその中でも特に目を引くのは異界で狩りをする婆沙羅者…要は狩りゲーにおけるハンターの役目が増えたことだ。本来なら手に入らないような金を手に入れるチャンスが出来ると言うことで爆発的に広まっていき、今では血気盛んならとりあえずこれになるというほどまで市民権を得た。

 俺のやったことは確かに江戸を変え、それどころか日ノ本を変えたのだな、と感じる。江戸城の天守閣から街を眺めて思う。

「導師殿…感慨に耽っておるではないか」

 そう言って声をかけてきたのは将軍様であった。

 俺の扱いは特別というか、格別というか、VIP待遇とでも言うべきもので将軍様と同等クラスの対応をされていて、数少ない将軍様に対して対等に話しかけても怒られない立場に落ち着いたのでこうして友達付き合いのような事をしている。と、言うのも仙術を広めた実績もあるし、それこそ本来はいないはずの、おとぎ話の術を使う導師という存在をあまり無碍にも出来ないわけであったからだ。

 ん、と、俺は答えた、

「いやはや時間と景色が変わるのはすごいな、と思って」

 遊郭周りだけが明かりに満ちていた時代とは違い、今は天守閣から眺めれば江戸のどこにでも明かりがついている。それがたったの2年程度で起きた事と考えるのはまさに驚きと言えるだろう。

「民と言うものはそう言うものであるからなぁ」

 静かに将軍がそう言う。少しばかり声に疲れを含ませながら。

「大変そうですね」

「まぁな」

 今江戸城の内部は混沌とした政治模様を描き出していた。そもそも江戸幕府における将軍とは何か、象徴とでも言うべき立場だった。一応政治を行う立場ではあるものの、その判断はやはり幕臣のような立場が取り仕切るものであったのが今は将軍が強く口出しすることも多くなった、というのも俺が半分くらい後ろ盾にいるという状況もあるからだ。そもそも俺を積極的に友達扱いしてきたのは将軍様からであった。つまり『将軍の俺と対等な俺の友達の導師に勝手に頼みごとしようとか不遜な事考えてねぇよな?』と周りに示しているわけである。俺がフリーの存在あれば恐らくではあるがあっちにふらふらこっちにふらふらと権力が定まらない可能性があっただろう。そもそも俺に政治信条などと言ったものは存在しないから、言われればそこそこ手を貸したりしたと確信できる。そこにいち早く手を付けた手腕は何だかんだ幕府の長とでも言うべきものだったのだろう、しかしそう言った状況は幕臣…政治を司る人々にとっては面白い物ではない。あれやこれやと俺を引き込もうと画策する。一番分かりやすいのは婚姻による結びつきでの取り込みの画策だ、そのなりふり構わなさはすごい。特例で俺が大奥に入ることを許されるくらいで、その大奥でこの女を抱かないか、と打診が来たこともある。ちなみに幕臣の娘だった。それは複数回あり、それが示すものが何かと言えば主導権を取り合ってる複数派閥が積極的に攻勢をかけて来てるということだった。マジ怖い話である。女が好きと適当に吹かした以上、俺は女好きというレッテルを貼られてるからしょうがないとはいえ、やり方が露骨すぎて割と引いてしまう。

 と、これはその表層のやり取りに過ぎないが、これを皮切りに将軍派閥と幕臣派閥、またその内部で複数に分かれて目まぐるしい権力闘争が行われていた。巻き込まれている俺はたまったものじゃないが、まさか好き勝手やってる以上逃げるって言う選択肢は許されないのだ。

「くくっ…余に大変と申すがお主も大変であろう?」

「まぁ、否定はしませんとも………飲みます?」

 瓢箪を振って中の液体を鳴らした、入っているのは酒だ。

「馳走になろう」

 そう言って俺が持っていた杯を受け取り、汲まれた酒を飲みほした。

「うむ……これは下り物ではない……ここらで作られた酒だな?」

「ええ、江戸のドコだったかの酒蔵で買ってきたやつ」

「もう上方に劣らぬものになってるとはな、試行錯誤とは言ったものだ」

「そうですねぇ…今は色々作られてるそうですよ」

「らしいな…焼酎の出来もよくなっているというし、果実の酒も増えたというな」

「出島から持ち帰られたエールを真似したものも出来たって言いますね」

「麦酒の事か、流石にまだ完成度は低かったな」

「もう飲んだんですね」

「将軍たるものが率先して味を見ねば」

「飲みたいだけじゃないですか」

「そうだ……いいだろう?将軍なのだ」

「流石、生まれながらに支配者」

「だろう?そう言えば肴がある。マグロ喰うか?」

「食べます…って言うか、すっかり下魚でも食べられるようになったんですね」

「くく…お主のお陰よ、面白い理屈でな、武士たるもの食べれる時にどんなものでも食べれるようでなければ、だそうだ!少し前までは武士たるもの粗食でなければというのが主流だったのだが…掌を返すさまは面白かったぞ」

「性格悪ーい」

「いい性格はしておるよ、そも、善人に政治など務まらん」

「ま、そこは分かりますから俺は関わらないのですけどね」

「そうもいかんぞ?」

 将軍様が盃を煽って、

「都のな、帝が合いたがっておるぞ」

 は?と俺の間抜けな声が天守閣に響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る