第7話・江戸城と武士と仙術

 江戸城は思った以上に豪華絢爛と言うわけではなかった。どちらかと言えば質素とも言える様な感覚を感じる。勿論俺のような素人でも細工が凝っている部分があるのはわかるし、作りなどは見る人が見れば感動できるのだろう。俺はそこらへん鈍感で理解ができないだけなのだろう。だがそれでもわかるのは木の匂い……歴史が現実になった匂いは俺の鈍い鼻でもわかる。この香りは嫌いじゃない。人が積み上げてきたものをわずかながらに感じられるからだろう。

 そうして大きな広間につく。ここに諸大名たちがそろい徳川将軍を待つことになるのだという。え、何それ俺知らない。……と、文句を言いたかったが、そもそも登城する日程は厳格に決まっており、例外的に合う機会を作ることができなかったのだと言う事らしい。しかしそれでも今回はかなり異例で、本来は身分の高い武士から将軍にお目見えし、外様の諸藩こそがまとめて挨拶される、と言う話だ。こうやって身分の上下がまとまってなんて言うのは幕府始まっての異例の話なのだという。だったらそれこそさっさと俺を合わせればよかったと思うのだが、融通が利いてるのか聞いていないのか、実際戦がなくなり武士の官僚化が進んでいるとのことだからこれはしょうがないことだろう。緊急時はともかく平時は上の命令を下が聞くようにしなければそれは規律が乱れると言う事だからだ。それにしたってもうちょっとアドリブがきいてもいいと思うのだが、それは自由になれた元現代人だからこその思想と言えるのだろう。まだ、かりそめの平和が……それもまだギリギリ戦国末期の人物が生きてあるだろう(隠居をしているだろうとしても)ならば何時また乱世に戻るのか、と思っていても不思議ではない。そう言った意味で言うのなら、平和ボケしてるのは俺のほうなのであろう。

 太郎さんはどちらかと言えどちらかと言えばギリ譜代に近い外様と言う微妙な立ち位置らしいが、今回は異例に将軍の席に近い。正しく言えば俺のおまけに太郎さんがいるということになる。紹介をしなければならないのだから、確かに仕方ない。まだおとぎ話がどこかで信じられていた時代だから俺の、導師と身分を詐称している、ほうが優先されるのはそう言うものか、と思った。堅苦しいしきたりだとも思うしある種の合理性でもある。

 そんな益体もないことを考えていると、とうとう来た。徳川家光、実質的な今の日本を支配する将軍が。

 恭しく頭を下げる前を通っていく。曰くこのような流れをするために結構な練習をしたのだと得意げに聞かされた。太郎さんは譜代や親藩など身分の高い大名が妬まし気に視線を、今回のことで出世されるのだろうとされるがゆえに向けられる嫉妬の視線はたまらなかったという。

 声がかかる。誰も返事をしない。してはならないのだ。お目見えとはいう言葉であっても、実際は頭を下げてその顔を見ることがないのだ。

 しかしその本来のやり方を無視して、誰もが顔を上げた。ありえない光景なのだろう。しかし今回の登城は将軍へのお目見えすらかすむ。

 俺だ。誰もが、俺の顔を、俺の話を覚えようとするためにここにいる。今この場の雰囲気の支配者は俺だ。妙な感覚。そして、声、それは将軍の物ではない。その隣に控えていた老中の声。

「導師殿こちらへ」

 言われるがままに俺が席を立ち、将軍の前に行く。そして固まった。この後俺は何をすればいいのだろう……。

「導師殿……頭を下げ……」

 あぁ、頭を下げればいいのね、

「よい」

 しかしその行動を制止したのはほかならぬ将軍だった。老中が目を見開いた。

「殿!!何を……」

「よい、この方はどうしだと言う……なれば本来平伏するのは余のほうが筋よ」

「しかし」

「余がいらぬと言った、武家の棟梁が直接導師殿に話を聞きたいというのは……不遜か?それとも、導師殿が何かすると疑っているのか?」

 そう言われれば黙らないわけにはいかないのが老中だった。今の質問は、言外に俺が将軍に何か害をなすのか、と言ったようなものだ。勿論そんなことをするつもりはない。

 後で知ったがこの将軍様は家臣から、というよりは家臣に対して権限を任せるように教育されていたらしい。そうせいこう、だとかそう言ったあだ名がつくほどに自主的な発言をできないように。その将軍が意見し、俺の話を気ことしたことは寝耳に水だったのだという。

 将軍が俺に向き直る。

「其方が、導師殿か……」

「ええ、そうですね」

「無礼ながら……そうは見えんな」

「ははは、生臭ゆえにご勘弁を、酒と飯と女が好きな男のまま、たまたま仙人の才があっただけですとも」

「あけすけに物を言うではないか」

「遠慮する必要がないでしょう」

 俺のやり取りを顔を赤く、青く目まぐるしく顔色を変える老中とかその傍に控えている他の家来を見るのは少しだけ面白いし、それを同じように将軍は考えているらしく、どこか朗らかだった。

「……なるほどな、しからば一つ問いたい」

「なんでしょう?」

「余に導師の術を見せてもらいたい」

「はぁ、構いませんが」

「合点のいかぬ顔をしてるな……まぁ、あれだ、導師殿の術を見なければ信じぬものも多いのだ」

「あぁ、なるほど」

「われらを謀ったわけではないのなら、見せれるのであろう?」

「そりゃ勿論」

 なら、と、将軍を見る。そして決めた、

「ちょっと服を脱いでもらっていいですか?」

「は……?」

 と言う声が少しあってから老中が声を上げた。

「導師殿例えあなたが導師と言えど――」

「よい」

 そう言ってまた将軍が静止しする。

「導師殿は何か考えがあるのだろう?」

「なければこんなこと言いません」

 なれば、と言って肌をさらした。殿、と言う悲鳴が聞こえた。

「んじゃ、見せますね」

 こういう時は直に本人に感じてもらうのが一番だから、もっともわかりやすいように、

「ちょっと触ります……」

 手を将軍の体につけて……押し込んだ。俺の手が将軍の中に吸い込まれていく。周りから声ならぬ悲鳴が聞こえて、俺はそれを無視して作業を続ける。実を言えばこんなことをする必要性は一切ないが、わかりやすいデモンストレーションとして昔見た映画のことを思い浮かべたのだ。

「よし……よし……それじゃ引っこ抜いちゃいますよ……と」

 鈍くちぎれる音がして、俺の手にはべったりとヘドロのようなものが取りついた。

「と、殿ッ!?」

「はっ……はぁ……はぁ……なんとっ……」

「お、お身体はっ!?」

 そう言われた将軍が笑みを見せた。

「なんともない……どころかすこぶる調子が良いのだ!体に生気がみなぎっておる!……何をしたのだ、導師殿?」

「将軍の体の中に入ってた病気を全部抜き取りました、これでかなり健康になったと思いますよ?」

「ふっ……ははっ……つまり導師殿の手が汚れてるのは」

「ええ、あなたの中にあった病気とか穢れとか、ですね」

「くっ、ははっ……これはこれは……」

 将軍はどこまでも面白そうだから、俺は言う。

「将軍様はちょっと栄養が足りてないですねぇ」

「ふむ?」

「もっとたくさんお肉とか魚を食べた方がいいですね、肉は体を作る大事な要素ですから」

「ほう?」

「家畜を作って豚とかいつでも食べれるようにした方がいいかもしれないですねー、野菜は足りてますけど圧倒的に肉足りてないですよ肉」

「導師殿が言うならそうであるのだろうなぁ」

「ええ、保証します。んで、たっぷり運動して体を作るともっと体が良くなります」

「なるほどなぁ……」

「あ、生の肉とかにするのが怖いならちゃんと火を通せば大体どうにかなりますし、鮮度が怖いなら仙術で冷蔵……常に冷気をまとった部屋作りましょうか?」

「ほう、そのような氷室が作れると!」

「できますよ……って、俺がやりすぎるとだめなら家臣の人に教えて作ってもらいます?」

「いやいや、よい、後で願おうか」

「はーい、あとそうだ、毒見しなくていいように毒除けのお守りとかも作りましょうか?」

「それはよい!実によいなぁ!」

 楽しそうに将軍が笑い、気が気でないように家臣たちが表情を変えていく。

「導師殿は誠に導師であるのだなぁ」

「まぁ、そうですね」

「詐称するようなものは多いのだ」

「なるほどねぇ」

「くくっ……これは褒美を遣わさねばな」

 褒美か、と俺は小さく口にした、

「そうだ、これほどのならば褒美を与えねばならぬ」

 なら、と俺は声を上げた。

「それなら、ですけど……仙術をちゃんと全員に伝えていいですか?」

 俺のその言葉に、今度はだれもが絶句した。

 俺と将軍以外が。

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