第6話・江戸に凱旋と、人々と

 熊との激闘を制して一休みし、熊の毛皮をはいで肉を切り取った。狩りゲーだったら剥ぎ取り、などと呼ばれるそれである。

「ははは、これを見せれば我が武勇は江戸中にとどろくな!」

 そう言って満足気に自分が倒した熊の毛皮を持ち上げて喜んでいる。

「毛皮ならば扱う河原者に伝手がありますゆえ加工させましょうか?」

「ふむ、確かにこれをどうするか考える前に鞣してやらねば腐れるか、うむ、後でその河原者を連れて来い、盗まれたらかなわんからな」

「わかりました……見られてはことですので」

「うむ、内密に連れて来い」

 後で知ったが河原者とはいわゆるあまり現代では言った瞬間に色々とアレな反応が多くなる身分の人たちらしい。これは歴史の授業で覚えてたがそんな言い方ものあったのか、と俺は思った。

 かしこまり申した、と言って家臣の一人が頭を下げる。話し終わったところで太郎さんに声をかけた。

「どうでしたか、初めての異界は」

「うむ……まさかわれらの住む隣にかくも面妖な世界が広がってたとは思わなかった……しかし、あぁ、おのれの武勇を試す場があるというのは存外心地よいものよ……話に聞く戦国の猛者たちのような武を俺は試せぬままに死ぬのかと思っていたところぞ」

 俺の及ばない考え方だと思った。どうもこの時代の人は戦うことに命を懸け過ぎではないだろうか、しかし同時になんとなくわかる感覚もある。そもそも常識とは時代によって変わっていくものでありこの時代はそう言った勇猛果敢であることを暗黙の了解であるということなのだろう。それに江戸時代は確かいじめられてる側が悪い、を地で言ったと教師が言っていた。やり返さない方が悪い、というらしく身分さがあれば徹底的に我慢を強いられる。現代最高だな、と最後に締めくくっていた。そうなると俺の考え方は根本的に江戸の時代に比べても異物なのがわかる。まさに迷い込んだ、とでもいうべきが正しい。俺が作った異界よりよっぽど異界だ。

「そうですか……よかったですね……あ、それじゃコレも渡します」

 そう言って宝石のようなものを渡す。大きさは手のひらに収まる程度の球で、水晶に近い輝きをたたえている。

「これは?」

「ヌシの核です」

 こう言ったファンタジー素材もまた必要だろうと用意はしておいた。

「核……?」

「ええ、異界を作るだけの人の思念をため込んだ霊力の塊……今はまだ難しいでしょうけど研究などが進めばもっと色々活用できるようになるかと」

 と、言うよりもなんとなく用意しただけで俺自身は何の考えも持っていなかった。こう言った玉系のアイテムあれば格好いいよね、という浅はかな考えでそれっぽく出るようにしただけなのだから。

「なるほどな……」

「これは小さい異界のですけど、大きい異界だともっと……熊じゃなくて竜とか、そう言ったヌシもいて、そう言うヌシの核はそれ相応に大きいですね」

「竜だと……すさまじいな……この分だとまだまだ見たことのない獣も多いのだろうな」

「多いでしょうねぇ……」

「なんだ、導師殿もそうみるわけではないのか」

「見てないですねぇ」

 そもそも俺が作ってるわけではないのでそうとしか言えない、正しくは俺がMODで配備したジェネレーターでオートデザインし、それを規模ごとに配置してるだけなのだから。

「そうか……まぁ、よい」

「はい?」

「とりあえず皆の物……帰るぞ!意気軒高、威風堂々にわれらが倒した獲物を見せつけながらな!」


   〇


 江戸の町が騒然とする。それは立った数人の男に向けられる視線だ、とう言うのもまず男たちが傷だらけであった、切り傷擦り傷打撲痕、まだ乾いた血が服にこびりついている。しかし顔は明るい、それがどうしてかは聞かずともわかった。毛皮を持っている、熊の毛皮、と言うにはあまりにも大きい、それに毛皮からなぜか火の粉が舞っているのだ、摩訶不思議と言うほかない。道行く誰もがそれに目を寄せる、そして口々に噂をする。

 あれはなんだ、

 熊、熊なのか、

 化け物であろう……

 誰もが口々に言葉を紡ぎ、好奇と畏怖と多くの感情がないまぜになった視線を向けてくる。誰もがそれに夢中になる、その視線を太郎さんは受け止めてあまりにも輝いた笑顔を浮かべていた。

「嬉しそうですね」

「ははは、武功をもって民の視線を己に向かわせるは男の本懐よな」

 小市民の俺には無理、と言うか謙虚な日本人ドコ行った。それとも大名だと精神性が違うのだろうか……偉い人って、凄い。

「ふふふっ……こいつを鞣したら将軍に献上し……そうだ、導師殿も将軍に繋がねばな」

「え?」

「当然だ……まさか俺のところだけでお前を独占など謀反を疑われて取り潰しよ」

「そうなんですか?」

「当然だ、今日はあの力を使ったが……あれを俺だけで持っていても……持っていても……と言う事だ」

 悔しそうに歯噛みする太郎さんを見る。どこか苛立ちを隠せない歯ぎしり、本当は自分の中だけに隠しておきたいという意志がこれでもかと見える。野心だろうか、しかしその野心の心を押しつぶしているのだろう。

「あー、俺出ていきましょうか?」

「導師殿は出ていってどこに行くつもりだ?」

「えっと……」

「いいか、身分を証明してくれぬようなものを受け入れてくることなどそうそうあるものか、まして一人で導師殿が歩いていたらそれはもう鴨よ」

 酷い、そこまで言われちゃうとか俺は泣いてしまいそうだ……なんてことにはならない。言われればそうと納得するしかないからだ。戸籍だってないのに俺は何をしようとしてるのだろう。本当に…俺はまだどこかこの時代にいるというじかくが足りていないのだろう。だからこうやって無知をさらしてしまうのだ。

「何、将軍様にお目見えすればおぬしとて城に勤めることになるだろうよ……ちと寂しくはあるが」

「あれ、太郎さんとこに住め……なくなる理由があるんでしょうねぇ」

「当然であろう、その能力があれば導師殿は少々……その、人が良くあるが、手元に置きたくなるだろう」

「窮屈なのはやだなぁ……」

「ははは……生臭だものな……しかし……」

「しかし?」

「……お前は……あ、いや、何でもない……忘れてくれ」

 歯切れの悪い言葉を残して太郎さんが黙った。気になってしまうが、言いたくないというのならば聞かない方がいいのだろう、それくらいの機微も俺にはある。そうですか、と言って押し黙る。屋敷に帰るまで、言葉は途切れた。


    


「ちょっ、これもつけるんですか!?」

「そうだ、まったく……着流しで行こうとか阿呆か!?」

「俺導師!常識不要!」

「馬鹿たれっ!導師殿だからこそ規範を見せんかっ!!」

 熊の毛皮を持ち帰りしばらく時間がたった。熊の毛皮が加工され、革布として使えるようになり、それを献上するために江戸城に行くのだ。思い出せばいろんなところに驚かれた気がする。特に革職人の人はこんなの見たことがないと唸っていた。それでも仕事をして正しく加工したのだからそれは職人仕事と言うのが正しいのだろう。出来上がったものは見事なものだった。流石に火の粉が待ったりはしないが、それでも革そのものが熱を帯びているというありえない代物だ。太郎さんは満足げにうなずき、これならば将軍様もお喜びになるだろう、と笑顔だった。

 俺はそれに対して緊張がとれることはない、歴史だ。今日の途上で名前は知っている徳川の将軍と謁見するのだ。あり得るはずのない邂逅だが……だが、都合はいい。緊張しつつも頭が回る。

 俺はこの時代を……日本をひっかきまわすと決めたのだ。

 この世界の日本を和ファンタジー的にすると。そうなれば権力者の力を借りるのは当然必要になるのだから、早く会うに越したことはない。ただ、わかっていることと覚悟がつくことは別の話なだけで。

「導師殿、いい加減腹をくくらんか」

 俺がぶつぶつと言葉を吐いてるのを、太郎さんが呆れたように言う。

「そろそろ時間ぞ、引くことができるなら進むだけよ、さ、準備はできているな……行くぞ」

 そう言って、俺の精神状態は顧みられず、しかし状況は動く。

 俺は……今日将軍に合う。

 そして……真の意味でこれが日本を明後日の方向に変革させる……一歩だ。

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