第5話・この世にない技術を覚えた人々

 太郎さんがガンガンとした足取りで前に進んでいく。だんだんと慣れてきたのか、家来の人たちも足取りは軽い、というのもやはり主君の太郎さんが前線で戦ったから当てられた、というのは想像に難くない。

 この時代は主君がやったのなら家来も続かないと、というのが常識……と思われる。勿論本来は危ないことから遠ざけるのも家来の役目なのだろうけれど。

 そんな様子だからみんな軽い足取りで進み、時折出てくる生成された獣……結局なんと呼ぶかも決まっていない敵を狩りとっていく。

「ははは!嫁にいい土産話ができましたわい!」

「なじみの女郎に見せてやりたいくらいよ!」

「これを肴に酒を飲めばさぞ美味いことでしょうなぁ!」

 ワイワイと言うのは家来の人々だが、それをいさめるのは太郎さんだ、

「これ!皆の物!」

 お、風紀の引き締めか?

「我らの討つべきは主とやら!そんな雑魚で満足するでないわ!」

 その言葉に家来の人々は一瞬呆けてから、その通りだと頷いた。

「然り!敵の親玉を討たねば意味がござらん!」

「殿の慧眼、まさしく!」

 口々にかけられた言葉にまさしくと太郎さんもうなずいた。戦国の世を過ぎたとはいえ、まだまだその荒々しい気風が残っていると言う事だろう。そう言えば、今の時代は江戸の何年と言うか、将軍は誰なのだろうか。

「太郎さん太郎さん」

「うむ?」

「今の将軍様ってどなたなんです?」

「ん?あぁ、家光公よ、それが?」

「あ、いえ、考えてみたら世間知らずもいいところなので」

「ものを知ろうとするのは殊勝な心掛けだが、流石にここでなくともよいのでは」

「ごもっともですわ」

 太郎さんが嘘をつく必要もない、と仮定すれば徳川家光の時代らしい。そう言えば徳川の将軍3代で荒くれ物の牙をぽきぽきやっていったらしいが、実際はその次の徳川綱吉の時代だっただろうか、完全に武士が官僚化したのは。そこらへんはよく覚えていないが、生類憐みの令の新しい説がそんなだった気がする。荒くれ物がそこらへんの獣をうんぬん……そしてこれを教えてくれたのは友達だったか歴史の教師だったか……もっとちゃんと話を聞いておくべきだった、と今日何度目かの悔恨を心に浮かべた。

「どうした、導師殿……浮かぬ顔をしているが」

「あ、いえなんでもないですよ……と、それより」

 俺の顔色にそんなに出ていただろうか……気を付けねばならない。話を逸らすように話題を振った。

「ヌシはあれですよ、さっき倒したような奴とは比較にならないんで気を付けてくださいね?」

「何、この剛力あらばたかが獣、すぐに討伐して見せるわ!」

 導師殿はいささか小心よの、という言葉で周りが笑う。ごもっとも、だが、いわゆる狩りゲーで言うところのメイン討伐対象は少し強めに設定しているのだから、彼らもこの調子では苦労しそうではある。

「と……結構追い掛け回したのでそろそろ来るはずですが……」

「むっ、そろそろか……腕が鳴るわい」

 太郎さんが刀を掲げた、

「先ほどは己の体に霊力を流すだけだったが、歩きながら少し修練していたのだ……覚えておるぞ、己だけでなく武器にも纏わすことができるのだとな!」

「流石殿でいらっしゃる!」

 褒めるな、と言いつつ極めて自慢げに胸を張る太郎さんはどこか子供のようだが、同じ立場だったら俺も無邪気にはしゃいでいたような気がする。考えるだけ無意味……と、言わずとも詮無き事ではあるが。

「……物音がしました、構えて」

 だが、そんな緩んだ雰囲気でも即座に戦う姿勢に持っていけるのは流石にまだ江戸初期と言ったところだろう、武器を構えた瞬間に引き締まった空気がその場を支配した。戦いにて油断は死を招く、とそれをわかっているのだろう。本能だろうか、俺のような現代人……元現代人が失ってしまった戦いへの嗅覚。声を上げたのは家来の誰かだった。

「来るぞっ!!」

 その言葉と共に、主はきた。

 熊だ。現代でも生半可な銃で殺せない、人を殺す自然に生きる暴力の化身。その大きさは人の2倍はあるだろう。だが、それだけではない。異形だ。血走った目、体は体毛が逆立ち……炎だ、火の粉が背中の毛の束からあふれるように噴出している。怒ればその火の粉は炎となってこちらを飲み込むのではないか、と思わせる。まさに自然の暴力、まさに化外、人間の思惑をすべて吹き飛ばす現象が肉の形をもってそこに顕現したかのようだった。

 息をのんだ。俺がこれを作った。正確にはオートで生成されるようにした。だがそれが現実になったのを見ると、おのれのやったはずのことでありながら現実味がない。そんなマッチポンプの俺ですら息をのむのだから、これをただ見ることになった太郎さんたちは……、

「は、ははは……よきっ!殺すによきっ!この獣!まさに討つべき!」

「然りっ!」

「然り!」

「然りぃっ!!」

 あれぇ?むしろ戦闘意欲が増しているのを見て逆に俺が圧倒されてしまう。

「武家に産まれともこの部をふるうこともなく朽ちるかと思うたが、鍛えし技は持のためよっ!皆の物!ゆくぞぉっ!!」

「応っ!!」

 どちらが嵐かわからない勢いで太郎さんたちが熊(仮)にとびかかっていく。

 先陣を切ったのは太郎さんだった、最初から戦うことを意識してついてきた人は最初から相手を叩き潰すことだけを脳に詰め込んでいたから動きも機敏だ。それに合わせていつの間にか習得した刀に気をまとわせる技で切りかかる。とは言え雑魚相手とは流石にいかない。熊の肉厚な体に硬い体毛を何とか刀で切り落とそうとして何度も阻まれていた。それをうっとおしいとばかりに剛腕をふるって熊が太郎さんを叩き潰そうとし、それをさせないとばかりに家来の一人が体当たりで熊をよろめかす。まだ、武器にまとわせることができないから肉体を使ってサポートをすることに徹しているのはまさに家来の鑑と言ったところか。そう言えば俺は何もしていない、参戦しなければ、と、前に出て待ったがかかった。

「導師殿は待てっ!」

「え!?」

「導師殿が来れば簡単かもしれぬが……これは我らが試練!導師殿はこの雄姿を見ておいてくれ!」

 そうだ、と家来も続いた。そう言われたら俺も参戦するわけにはいかない、ヤバいところで助け出すことにして後ろで見るだけにとどめる。

 そうしてる間にも戦いは進む。

 メインアタッカーは太郎さんだが訓練された動きで家来もそれを補助しているのはまさに一団で立ち向かう、というのが正しい。太郎さんの刀が切りつけ、家来が撹乱する。そうなって来れば熊とてただでは済まない。だんだんと血が噴き出てきて、が最大になったのか……吠えた。山を劈く咆哮が怒りをたたえて殺意をたぎらせている。それを聞いて太郎さんがさらにやる気になる。これを必ず殺すという意志に満ちた気合いで叫び返した。殺意と殺意の純粋なぶつかり合いが展開される。もはやそこに技術らしい技術など存在しなかった。戦いが意志を持って行われるというのであれば、それはまさに人間の意志と、疑似とは言え自然の意志、その両者が本能のっママに暴れまわっているということになる。

 自然の暴虐が自然に疵をつけながら、太郎さんとその家来を叩き潰さんとする。

 それを防ぐどころか討ち伏せてやるという確固たる意志で迎え撃つ。

 それを見て心が熱くなり、ただの傍観者にしかなれない俺は自分がむなしくなる。そうだ、どれだけ太郎さんたちがこの戦いに命を懸けていても俺は目の前の熊の上位者とか管理者に当たる存在。加減しなければ腕の一薙ぎで消滅するだろう。まさに俺は罰を受けている、チートという異能を持ってきてしまったがゆえに、どこまでもただの傍観者であり続けなければならないという罰。

 罪には裁きを、そして罰がくだらなければならないから仕方のない話なのだ。

 羨ましいと思ってしまう。混ざることができないゆえに。

 目の前では命を懸けながら太郎さんたちが死力を振り絞って熊と戦っている。傷がついている、血を流している、家来の一人は腕があらん方向に曲がっている……だと言うのにそこには笑みだ、殺意がこもっていながらもどこか楽しそうにしている。

「墳っぬぅうううううっ!!」

 太郎さんが飛ぶ、炎が吹き荒れた。熊の背中の炎が人一人を消し炭にできそうな炎を舞い上げて太郎さんを飲み込む。しかし纏った霊力がそれを防ぐ。しかし霊力だって無限ではない、体の中にある霊力が尽きれば炎を防げないし、あくまで防いでるだけだから焼ける程の業火を太郎さんは感じているはずなのに、笑う、まさに狂ったかのごとき笑み、それらはまさに戦士のそれ。

 振り上げた。

「ここならば防げんだろうがっ!!」

 火が漏れ出している背中は、他より刃を防ぐ力が欠けているという予想を持って、そこに刀を突きたてようとし、その考えはまさに正しかった。

 肉の引きちぎれる音と共に刀がねじ込まれていく。本来の背は背筋と毛で守られているはずだが、本来あってはならない炎が噴き出るという異形、そここそが弱点だった。

 絶叫だ。熊の絶叫が響く。もともと激闘をしていたから、体力がつきかけていたところに刃物をねじ込まれればただでは済まなかったのだろう。絶叫は次第に弱くなり、最後に弱弱しい吐息をし、血を流して倒れ伏す。

「はっ……はっはあ……!!!」

 太郎さんは手を掲げ!

「この秋田太郎!熊の化け物ぉっ!討ち取ったりぃっ!!!」

 その言葉に家来たちが歓声を上げた。

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