第4話・お江戸な時代をOEDOにしよう

「山林だ……」

 誰かがそうつぶやいた声が聞こえた。

「え……山林なんてどこにでも……」

 俺の言葉を違う、と男がかき消した。

「導師殿……こんな木々にあふれた山などそうそうないのだぞ」

「え……?」

 男が言う。

「人間が生きるには火を使う……われらの前の前……まだ戦があったとされる時には城や武器のために木々をこれでもかと切っていたのだ……さすれば使ったものは消えるが定め、後に残るははげ山よ」

「然り、今度見に行きたいのであれば連れて行って差し上げようぞ」

 不勉強さに顔が赤くなりそうな気がした。俺の思う山、というのは木々にあふれてるもので、田舎に行けばすぐに見えるものだった。それに自然の保護をうたっていた現代より古い時代が自然にあふれていない、というのが想像できなかったのだ。

 しかし考えてみればそうだろう、かつてのエネルギーの主力は何かと問われればそれは当然薪…すなわち木々なわけでそれを人間が使わなくなるまでにどれだけの時間を有したか改めて考えさせられる。

 俺はバツを悪く感じ頬を指でかく、導師という設定にしておいてよかった。世間知らずと言うか知識不足を誤魔化せるからだ。

 咳払いをして、言う。

「ま、まぁ、自分の世間知らずさはわかりましたから、そろそろ行きましょうか?」

「いいのか?まだまだ色々教授できるぞ導師殿?」

 にやにやとした野郎どもの笑顔はどこか腹が立つのだが、気にせず、

「一応言いますけど、気を抜いたら死んじまいますよ?」

「ふん、死ぬことがなんだという!ここで恐れて進まぬ方が家名に瑕が入るわ!!」

 この時代のメンツはすさまじいものがあるな、と感じた。歴史に詳しい友達が確か行っていた気がする、昭和初期まではなんて日本国民全員ヤクザみたいなものだった、と。メンツをコケにされたら上から下まで殺し合いが始まってもおかしくなかったのだ、と。もっとこの友人から話を聞いておけばよかった、と後悔する。もう少し色々と聞いておけばもっと色々理解できたのだろうに。しかし後悔は先に立たず、だ、俺は歩くことを促した。

「それじゃ、そろそろ行きましょ、武器を構えた方がいいですよ」

「それはいいが…刀しか持っておらんぞ?」

「構いません、この程度なら刀でも対処できます」

「そうは言うがわれらは武士ぞ、獣を借る武器等持っておらん」

「どっちかって言うと、仙術のほうが大事なので」

「まぁ、そう言うのならば信じるが……」

 話ながら歩く。木々の合間にあるわずかばかりの平地を踏みしめながら。自然の音はどこか不自然なまでに自然だった。MODチートを使いAI的なものを生み出し、この疑似的な自然を管理させているが精巧だ、人が作った自然な不自然はゆっくりと奥に俺たちを連れ込んでいく、それこそが役割と言わんばかりに。

 音がした。何かが飛び出してくる。

「んなっ……」

 太郎さんの部下が思わずといった声を出した。飛び出してきたのは獣だ。しかしそれがただの獣だったならば何も言わなかっただろう。姿は狼、しかし異様なまでに大きく発達している上に紋様が体毛を奔っている。その上額からは角、殺意にあふれた狼のようななにかは…この時代に合わせて言うのならばなんと言えばいいだろう、魔獣、化生、妖怪、魑魅魍魎……なんにせよ化け物であることには変わりない。チートは仕事をし過ぎである。

 そんな獣はこちらを向いて唸り声をあげている、まさにうってつけのチュートリアル、とでもいうべきだろう、チートさんは仕事しすぎである、いいことだが。

「丁度雑魚が出て来てくれたので、一つ教練と行きましょう」

「教練だと?」

「そうです、そもそもここに来たのは何のためです?」

「……仙術を使うため」

「ですよね、でもここで何にも使わないで終わったら?」

「意味がないな」

「その通りです、でも最初からやれ、なんて言いませんよ、まずは手本から見せますので」

「お、おい、導師殿……」

 俺が一歩前に出るのを太郎さんが声をかけた、しょうがない、俺はひ弱な(元)現代人、戦いなんてもともと無理筋なのだが、

「ま、見ててくださいって」

 喜ぶべきか嘆くべきか、ここは俺が『作った』世界である以上、主導権はこちらにあるのだ、

「それじゃ、まずは簡単なところから…太郎さんに教えたところで言えば霊力を人間的な力にするやり方です、多分武術やってるなら簡単に納められますので……それじゃ、よいしょと」

 そう言って獣(仮)の前に無造作に歩き、俺は一つ拳を打ち付けた。硬いものがひしゃげる音と主に獣が倒れ伏す。

 唖然とするのは俺の後ろにいた太郎さんとそのおつきだ、目の前で起きた現実に現実味を感じられないのがよくわかる。この時代だったら誰だってそうだろう、基準で言えばヒョロガリよりもなよなよした男もどきが一発の拳骨でいかにも魔物とでもいうべき獣を打ち伏せたのだから。

「何ぼーっとしてるんですか、これくらい仙術を使えば簡単にできるようになるんですよ」

「お……お、おお」

「信じられません?だったら実際に使ってみましょうか、誰かこっちに」

「俺がいく!」

「太郎さん?」

 立候補者は太郎さんだった。悲鳴が上がる。

「殿っ!?」

「家臣の前で勇を見せてこその主であろうが!怖気など!」

 そう切り出して俺の隣に太郎さんが来る、

「では教授願うぞ、導師殿」

「任せてください……と、まだ死んじゃいないみたいですし、あれと戦ってみましょう……じゃ、ちょっと背を拝借」

「う、うむ?」

 俺はそう言って太郎さんの背に触れてチートを発動し……改めて用意しておいた仙術という名のMODを起動する。

「う……ぉ!?」

 声にならない声、とでもいうべきだろう、普通だったらそうなる。俺だってもしこんなチートがなかったらそうなってたかもしれない。本来ありえない、存在しない霊力が体をほとばしるなんて感覚は。

「どうですか?これが体を霊力が巡る感覚です……俺がやって見せたようなやり方の基礎って奴です」

「すさまじい……まさに万夫不当の猛者になったが感覚よ!!」

「それは良かった……じゃ、あの獣倒してみます?」

「任せい!!」

 獰猛な笑みを浮かべて太郎さんは前に出た、そして叫ぶ、

「やぁやぁ我こそは三春藩が主、祖にはナガスネヒコが兄アビヒコの血流れたる男秋田太郎輝季!そこが獣、この俺が退治してくれる!!」

 殿ぉっ!?という叫びを無視して太郎さんは獣にとびかかる、まさに鉄になったからだとでもいうべきか、それを思い切り振りかざして打ち付ける。

「はははは!!俺は坂田金時になったがごときよ!!」

 獣をこれでもかとたたき、獣の血にまみれる姿はどちらが獣というかわからないくらいだ。しかし相手も黙ってはいない、角を使い、牙を使い果敢に反撃する、しかし、

「ふぅんっ!!!」

 歯は通らず、角は肌を通らない、俺が仙術設定したとはいえ凄いね、人間って。

「たまらん!この力!これこそがっ!!男のっ!!本懐よ!!」

 殴打が続く。殴りすぎて骨が出てくるのではないかというくらい、そんな激しい暴力の雨にとうとう耐えきれなくなった獣は、うめき声と共に音を立てて倒れた。

「はぁはぁはぁ……鬼狼っ…討ち取ったりっ!!」

「お見事……オニオオカミ?」

「うむ!この見事な角はまさに鬼の角よな!ははは!」

 太郎さん豪快に笑い、鬼狼(太郎さん命名)の首根っこをつかんで持ち上げて高笑いを上げた。

「と、殿っ……お見事にお御座いまするっ!!」

「うむ!」

「しかして軽率に前に出るのはおやめなされっ!!」

「阿呆!果敢に出ぬ主君に尽くす忠などあるものか!先に申したろうが」

「しかし……」

「黙れいっ!興がそげるであろうが!……導師殿!」

「なんでしょう?」

「俺はこの力、気に入った……早くヌシとやらと戦って見たくあるぞ、先に進もうではないか!」

 嬉しそうに笑いながら太郎さんは前に進んでいく。俺はゆっくりと、家来の人たちは悲鳴を上げてその後ろをついていく。

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