第16話 ツンデレ幼馴染とカフェ①




「………………」

「………………はぁ」



 一体、この状況はなんなのだろう。


 目の前のテーブルの先に座る華恋を見つめて俺はそっと溜息をつく。ふと洩れてしまった声が届いたのか、彼女は形の良い耳を少しだけ動かすとじとっとした視線で俺を射抜いた。



「……何よ正也、文句があるなら言いなさいよ」

「いや別に、ただこうして華恋からご飯に誘われるだなんて珍しいこともあるもんだって思ってな」



 本日高校は休みで土曜日。天気が良かったので日中は晴れ晴れとした気分で気持ちよく勉強していたのだが、突如スマホに華恋から『昼食食べに行くわよ。アンタの家の近くで待ってるから五分以内に準備してきなさい』と連絡が入った。


 相変わらずのツンツンした物言いだが、今日は勉強以外に特に用事はない。以前だったら意地を張って断っていたのだろうが、一緒にご飯を食べるなんて久しぶりだし、幼馴染とも歩み寄って向き合うと決めたのだ。すぐさま了承の旨を伝え支度を済ませた俺は、その文章通り外で待っていた可憐と合流して二駅ほど離れたカフェへ向かったのだった。


 あとひと月程で夏休みに突入する訳だが、向かう途中に雨に降られてしまった。ガラス張りの窓へ視線を向けるとぱらぱらと雨が降っている。現在はこうして注文した料理がテーブルに届くのを待っている最中であるのだが、そんな俺の言葉に何故か頬を染めながら渋い表情を浮かべた華恋は可愛らしく口を尖らせて言葉を紡いだ。



「別に、たまにはいいじゃない」

「さいですか」



 たまにも何も、華恋と疎遠になって以来こうして一緒に食事するのは久しい。今日も今日とて素直ではないので中々彼女の心情がわからないが、ぷいっと顔を背けたその端正な横顔は、どこかもどかしそうで。


 そんな華恋の様子に再びそっと吐息を洩らした俺だったが、改めて目の前の彼女を眺める。



(……にしても、なんだかすごい気合入ってるな)



 服装は女の子らしいフリルのついた白のブラウスにピンク色のふわふわしたプリーツスカートといったガーリースタイル。艶やかなツインテールはそのままなのだが、普段は全く化粧をしていない華恋がうっすらとナチュラルメイクを施しているようだ。学校の時は制服で、休みの日にたまにすれ違う時があってもラフな格好が多い華恋だが、今日に限ってはとても女の子らしい格好である。


 まるでアニメなどにいるかのような外見の美少女だが、まさかその中身が歴戦の猛者も逃げ出す程の黒帯有段の空手少女だとは誰も想像出来まい。そんな彼女が突然俺を昼食に誘ってきたのだ。もしかして何か目的でもあるのだろうか。



(やっぱり俺のことを心配してくれているのか……?)



 以前そのことを華恋に訊ねたらツンツンしながらすぐ否定されたし、されるので敢えて聞かないが、これまでの言動から察するにきっと彼女なりの優しさなのだろう。


 身なりを整えた幼馴染に誘われて自宅から離れた場所へ出掛けて昼食を一緒に食べる。まるでラブコメのラノベや漫画でよく見掛けるデートみたいだが、華恋は男子からの告白を断り続けている。好きな人がいるという話も聞こえてこないので、きっと俺にもそういうつもりはないのだろう。



(……まぁ、だとしても華恋にしてみれば俺なんてただの幼馴染だろうしな。今日のこれも気まぐれか、元気のない俺への施しくらいにしか思ってなさそうだし)



 因みにまだ相変わらず華恋の態度はしおらしい。時折俺の顔を見て顔を赤らめているので、どうやらまだ腕を組んだ時のことを気にしているようだ。なんだか調子が狂うが、素直じゃない幼馴染らしいといえば幼馴染らしい。


 そんな華恋の微笑ましい様子に思わずこちらまで恥ずかしくなってしまうも、ふと俺はあることを思い出す。グラスに入った氷の浮かぶミックスジュースをストローで飲んでいる華恋に視線を向けると口を開いた。



「なぁ華恋」

「何よ?」

「今更だけど、さ……その格好、似合ってるぞ」

「——————ふぇっ!?」



 驚いた表情を浮かべた華恋は戸惑いの声を洩らすと、ジュースの液体が気道に入ったのかゲホゲホとむせて咳き込んだ。そんな華恋の様子に俺は紙ナプキンを差し出しながら咄嗟に声を掛ける。



「お、おい、大丈夫か!?」

「ゴホッ、ゴホッ……! だ、大丈夫……っ!」



 僅かに涙目になった華恋を見守る俺だったが、次第に落ち着きを取り戻したようだ。紙ナプキンで口を抑えた彼女は綺麗な切れ長の瞳でキッと俺を睨みつけるとようやく口を開いた。



「い、いきなり褒めてくるなんてどういうつもりよっ。びっくりして飲み物ヘンなとこに入っちゃったじゃない!?」

「ご、ごめん。そういえば言ってなかったと思ってな。でもその、本当だぞ? 決してお世辞とかそんなんじゃないから」

「……そんなの知ってるわよ」



 華恋は顔を真っ赤にさせて顔を逸らしながらぽつりと呟くが、余程自分の容姿に自信があるのだろうか。


 その言葉の意味にそっと首を傾げる俺だったが、彼女は開き直ったように言葉を紡いだ。



「あ、あーあっ。正也がそんな気遣いを見せてくるだなんて明日は槍でも降るのかしらっ。朴念仁の癖に生意気よナ・マ・イ・キッ! ホントなら待ち合わせた時にすぐ言って欲しかったけど……まぁ及第点ね。んふふっ」

「なんでそんな嬉しそうなんだよ……」

「さぁ、気の所為じゃなーい?」



 言葉では否定しているが、感情の機微に疎い俺が察することが出来るくらい嬉しそうだ。瞳を細めながらこちらへ視線を向ける華恋の口元は明らかに緩んでいた。


 まだ言葉はツンツンしているが、取り敢えず機嫌を悪くしていないようなのでほっと一安心だ。



(……そういえば昨日高槻さんと話し合ったことを華恋に言ってなかったな)



 昨日は空き教室で高槻さんと話し合いの末和解し、無事友達としての関係に落ち着いた。華恋もあの場に呼ぶか迷ったが、一度は喧嘩腰に突っ掛かった相手。逆に話がややこしくなりそうだったし用事があると言って先に帰ったみたいなので結局呼ばなかったのだ。


 とはいえ一応心配して貰ったので、丁度良い機会である。今ここで高槻さんと和解したことは伝えるべきだろう。


 によによと笑みを浮かべた可愛らしい目の前の幼馴染に対し、俺は口を開いた。



「なぁ華恋、そういえば昨日なんだけどさ」

「んー? 昨日がどうしたのよ正也?」

「放課後高槻さんと話し合ってなんとか和解出来たよ。色々と心配してくれてありがとな」

「——————え゛」



 そのように呟くと、何故か華恋はピシリと固まったのだった。















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