第11話 悪友からの指摘




「しかし、まさかお前と『戦女神アテナ』様が幼馴染だったなんてなぁ。どうして教えてくれなかったんだよ」

「別に聞かれてないからな。それに、華恋だって俺が幼馴染だって周囲に知られるのを望んでいなかった」

「ほーん、昨日の光景を見る限りそうは思えなかったがなぁ」



 幼馴染である華恋と元カノである高槻さんとの間で何かと慌ただしい日常を送った次の日。体育の授業で体育館にいた俺と智樹は半袖ジャージの格好になりながらコートの端っこの方でぺらぺらと得点板をめくっていた。


 現在は男女に分かれてバスケの試合中。クラスメイトらが試合している仲間に熱心な声援を送っており、点数を決めれば嬉しそうにハイタッチを交わしている。


 季節は夏真っ盛り直前の初夏。外は日差しが強く、体育館内も鉄格子付きの窓を開けて空気の通気性を良くしている筈なのだが、全く無風の所為か非常に蒸し蒸しとしていた。


 じとり、と額に滲んだ汗を半袖の短い袖で拭いながら、俺は再び点数をめくった。



「……そう見えたか?」

「あぁ、なんていうかアレは俺たちに見せつけてる感じだったな。正也は私の幼馴染なんだぞー、ってさ。最後に腕を組んで教室を出てったのは決定的だろ。まったく、羨ましいこった」

「……そうか」



 俺の方からしてみれば、苦手意識があった華恋が突然教室に乱入して幼馴染だと暴露した挙句、元カノである高槻さんに表面上にこやかなフリをして喧嘩を売りに行ったのだ。その所為で最初から最後までずっと緊張と不安で吐きそうになっていたのだが、周りからはそのように見えていたのか。


 そして昨日の帰り道。華恋は俺の質問にちゃんと返事を返してくれなかったが、智樹から見た華恋の反応を聞くに、やはり俺を心配してくれたのだろう。となると、華恋が遠回しに言っていた『励ますのもやぶさかじゃない』『心配しないでもない』という言葉は正しいということになる。


 ———そして、あの最後に見せた笑みも。



(ハッ、周りからの言葉がなければ幼馴染の言葉を信じることが出来ないだなんて、俺はどれだけ臆病で卑屈なんだろうな)



 そんな自分にやや自己嫌悪していると、そのまま智樹は言葉を続ける。



「疎遠だったっていう割には、今日だって藤宮さんと一緒に登校して来るんだもんな。何度も告白を断って男の影を一切見せない『戦女神』様に男が出来た。学年問わず学校中その噂で持ちきりだぞー?」

「昨日の今日で早すぎんだろ……。ただの幼馴染だっつーの」

「おやおや、満更でもなさそうだな」

「うっさい」



 眉間に皺を寄せながら瞳を細める俺だったが、智樹はどこ吹く風といった感じの表情である。


 昨日の約束通り、俺は今日華恋と一緒に登校してきた。遠慮してか今回は自宅の中ではなく、玄関の近くで待っていた制服姿の幼馴染。猫のような切れ長の瞳で俺を見るなりほんのり赤らめて「……おはよ」と挨拶を交わすと、高校へ歩みを進めたのだった。



(そういえば、いつも華恋の方から突っ掛かってくるのに口数が少なかったんだよな)



 口数こそ少なかったが、いつもの華恋の澄ました顔がどこか照れているような、恥ずかしそうな表情になっていたのは、きっと昨日の出来事が尾を引いていたからなのだろう。


 教室でクラスメイトから注目を浴びた所為なのか、それとも俺と腕を組んだ羞恥心からくるものなのかはわからない。が、普段のツンツンした様子とは違い、俺と目が合ってもすぐさまパッと視線を外してしまう華恋のしおらしい姿にどぎまぎしてしまったのは確かだ。


 高校の校門前で華恋とは別れたが、教室に入った途端クラスメイトから質問攻めにあったのはいうまでもない。



「ま、昨日あれからお前に電話して色々事情を聞いたから、藤宮さんとの関係や因縁は把握した。———嘘をつく人間は馬に蹴られて死ねば良いと思う、だっけ? その口癖をよく言う理由やどうして正也がそんなに嘘を嫌うのかっていうのも合点がいったよ」

「そうか」

「それを訊いた上で俺から言えることは、そうだなぁ……」



 少しの間だけ思案していた智樹だったが、やがて口を開いた。



「堅い木は折れやすく、壊れやすい」

「は?」

「正也は真面目だが、その分意地っ張りで強情な部分がある。芯が硬くて真っ直ぐなのは良いことだけど、少しは臨機応変に柔くならないと相手のことを深く知ることは出来ないと思うぞ」

「……つまりなんだ? これまでの全てを水に流して華恋と仲良くしろってか?」

「そうは言ってない。たとえ相手が傷付くような嘘を言ったとしても、その心の中はわからないだろ? お前の方から歩み寄ることも大事だってことだ」



 智樹の視線はコートの方に向いているが、その言葉は俺の為を思って言ってくれている。そんな温かみがあった。


 普段この悪友はへらへらとしているのだが、その性格は真っ直ぐである。だからこそ彼は下手になぁなぁにして言葉を濁すことなく、本音で自分の言いたいことを伝えてくれているのだろう。



「……そういうもんか」

「あぁ、そういうもんだ。特に女性関係なんて尚更、な?」



 確かに、俺には融通が効かなかったり感情の機微に疎かったり様々な性格上の欠点がある。おそらく相手への気持ちが冷めやすい点もだ。


 これまで貫いてきた性格を簡単に変えられる訳ではないが、きっとここが俺の分岐点。この性格のまま見切りをつけて切り捨てるか、一歩を踏み出して相手の心に歩み寄ってみるか。


 もしかしたら、これを機に幼馴染との溝だって埋めることが出来るかもしれない。そう考えると、不思議と心の中が温かくなった。


 そのまま智樹は言葉を続ける。



「いずれにせよ、問題は山積みだな。例えば———とか」

「ん?」



 俺は智樹の視線につられながら隣のコートを見ると、一際目立つ美少女が華麗にレイアップシュートを決めていた。その艶やかな長い金髪はポニーテールに纏められており、にこやかな笑顔を浮かべながらチームのメンバーにハイタッチを交わしていた。


 そう、彼女は『百年に一度の美少女』と呼ばれておりそのキラキラとした輝きを放っているギャル美少女、高槻蘭だった。



「高槻ちゃんともなんかあったんだろ? 彼女ともちゃんと向かわなきゃな」

「…………そうだな」



 あの時、高槻さんを冷たい言葉で突き放してしまったことを思い出してしまうが、相手の気持ちに歩み寄ってみると決めた。そう覚悟した以上、華恋だけではなく、高槻さんともこれから向き合う必要があるだろう。


 彼女をぼんやりと見ながらそんなことを考えていると、ふと高槻さんと視線が合う。



「——————!」



 彼女は一瞬だけ瞳を見開くも、ぎこちない笑みで口元を緩めこちらに遠慮がちに手を振った。


 あれだけ冷たい言葉を言い放ったというのに、事情も聞かずに強引に言葉を遮ったのに、それでも尚こちらに笑顔を見せてくれる高槻さんがなんだかとても健気に見えて。


 複雑な感情が綯い交ぜになりながらも俺は小さく手を振り返す。


 その光景を見た高槻さんは驚きに目をまんまるとさせながら息を呑むが、次の瞬間ふわりと本来の可愛い笑みを浮かべたのが印象的だった。



「うーん、流石高槻ちゃん。これは乙女ポイント高いっすわ」

「前向きに検討してみるよ。……ありがとな」

「うい」



 その美少女っぷりに胸がどきりとしたのは内緒である。



















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