第10話 ツンデレ幼馴染との帰り道




「……おい、おいって!」

「んふふ、なぁに正也?」

「なんでそんなにニヤニヤしてんだよ……つーか手ぇ離せよ」

「い、や、よ。…………こんな絶好のチャンス、滅多にくるものじゃないしね」

「? なんだって?」

「うっさいわねこのニブチン。アンタは黙って歩いてれば良いのよっ」



 その帰り道、教室を出てからもずっと腕を組みながらそのように言い放つ華恋。下から覗き込むようにしてじとーっと瞳を細めている我が幼馴染であるが、表情や言葉の端々から嬉々とした感情が読み取れる通り、どこか浮かれているようだ。


 その姿に俺は思わず幼い頃の華恋を思い出してしまうも、幻想だと淡い考えを振り払った。



「なぁ、歩きづらいんだけど」

「我慢しなさい。こーんな超絶美少女が腕を組んであげてるんだから」

「ふん、自分で言うな」



 確かに幼馴染である華恋の容姿は俺の目から見ても整っていて可愛い。生意気で高飛車なところがあるが、逆にそれが愛嬌として引き立つ魅力的な存在である。だがしかし中身はそうではない。他の人と話すときは普通だというのに、俺に限っては常に棘があるのだ。


 普段は卑怯なことや曲がったことが嫌いな華恋だが、俺にだけは嘘つきで、自分勝手で、傷つける。そんな彼女がたまらなく苦手で———時々、ひどく悲しくなる時がある。


 だからこそ、たまに期待してしまうのだ。



「……なぁ華恋」

「ん、なによ正也?」

「もしかして、教室に来てくれたのって……俺の為なのか?」

「へ……っ!?」



 ギョッとした表情を浮かべる華恋だが、ふとこれまでの行動を振り返ると色々と腑に落ちる点が多い。一度はそれ認めるのが怖くて幼馴染である華恋ばかりを悪く言ってしまったが、立ち止まった俺は勇気を出してそのまま言葉を続ける。



「さっきのことだけじゃない。今日の朝だっていきなり俺の家に来たり、一緒に登校したり……俺のこと、その、心配してくれたのか……?」

「あ……う…………っ」

「華恋、正直に答えてほしい」



 だって、これまでの全てが俺を心配してくれていた故の行動だと考えると辻妻が合うのだ。教室でわざわざ高槻さんに話し掛けたのもきっと俺への嫌がらせなんかではなく、その逆。俺のことを思っているが故の行動だとしたら。


 隣にいる幼馴染へ真剣な視線を向けると、彼女はいつもの堂々とした表情を崩して口元をあわあわさせながら瞳を彷徨わせていた。俺の腕を絡ませている手がほんの僅かに震えていることから、動揺しているのだろうか。



「そ、その…………っ」

「………………」



 ふと華恋と目線が合う。彼女は途端に顔をぶわぁっと真っ赤にさせると、思い切り顔を背けた。艶やかなツインテールの長髪が揺れてふわりと女の子特有の甘い香りが鼻腔に届くとともに、その先端の毛先が俺の頬を掠める。


 なんだかそれが、少しだけくすぐったくて。



(もし華恋が肯定したとしても、きっと俺の苦手意識は変わらないままだろう。一度も謝られてないし、勝ち気だし、意地っ張りだし、素直じゃない…………それでも、俺は)



 ———この気持ちに再び熱が帯びることへ、どうしようもなく期待してしまっている。


 やがて華恋はぐっと唇に力を入れると、大きな声で言葉を紡いだ。



「かっ、勘違いしないでよね!!」

「あ?」

「ア、アンタが元気ないとイマイチ調子が狂うってゆーか……そ、そう! 別に正也の為なんかじゃなくて、私自身の為なんだから!!」

「……さいですか」

「ま、まぁ? たまには情けない顔をしたアンタを励ますのもやぶさかじゃないし? 多少は心配しないでもなかったけど? そ、それに……」



 ごにょごにょと次第に声が小さくなっていく華恋だったが、俺と組んだ腕を離す気はないようで、更にぎゅっと力を入れる。相変わらず素直じゃない、それでいて恥ずかしそうにそのように言う華恋が生意気ながらも可愛らしく見えるのは俺の未練の所為か。


 はぁ、と俺は溜息を吐くと、歩みを再開させながら顔を真っ赤に染めた華恋に視線を向ける。



「一応、礼は言っとく。ありがとな」

「……何よ、気持ち悪いわね」

「俺は華恋と違って猫は被んないし、言いたいことははっきり言う性格だからな」

「ふん、悪かったわね。素直で可愛げのある性格じゃなくて」

「まったくだ」



 俺たちはそのように軽口を言い合いながら歩みを進めていく。やがて二人の間には無言の空気が流れ、夕暮れの空にはカラスの鳴き声が響いた。


 すると、隣の幼馴染からぽつりと小さな声が聞こえた。



「…………ねぇ。明日も、一緒に登校して良い?」

「…………あぁ」



 華恋からの思いがけない提案に、俺はただ一言そのように返事を返してしまう。



「———んふふ、やったっ」



 そんな嬉しそうな声を洩らした華恋の顔を、俺はどうしても直視出来なかった。


















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