第9話 ツンデレ幼馴染と少しの修羅場?



 華恋はそんな俺の顔をきょとんしたような表情で見つめて呆れたような声を出した。



「ねぇ、なに呆けた顔してんのよ?」

「ど、どうしてここに……っ」

「だーかーらっ、アンタと一緒に帰るってさっき言ったばかりじゃない。ほら、さっさと行くわよ」

「うおっ」



 華恋は華奢ながらも椅子に座った俺の手を引っ張ってあっさりと立ち上がらせる。黒帯有段者なだけあって力の使い方も見事なものである。まぁ未だこの状況の整理が上手く出来ないままなのだが。


 突然教室にやってきたと思ったらやや強引に俺の手を引く華恋。クラスメイト———勿論高槻さんからの視線も浴びるが、そんな様子をぽかんとした表情で見つめていた智樹が慌てて声を掛ける。



「———ちょ、ちょっと待ってくれないか藤宮さんっ!?」

「? どうしたの木岐くん?」

「あ、俺の名前知ってるんすか……?」

「当たり前じゃない。いつも正也と……こほん、同じ学年なんだから名前くらい自然に覚えるわよ」

「あ、あざっす……!」



 高校の有名人である華恋にそう言われて途端にでれでれした表情になった智樹。確かに華恋はその可愛い容姿とフラれた逆恨みから襲い掛かってきた複数の男子を千切っては投げを繰り返した。その一件があって以来、女子からは尊敬を、男子からは畏敬の念を込められて『戦女神アテナ』様と呼ばれるようになったのだが、そこまでかしこまる必要はないだろうに。


 名前を呼ばれて嬉しかったのかあからさまに鼻の下を伸ばしている智樹だったが、ハッと表情を変える。



「あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけどよろしいっすかねー……?」

「何かしら?」

「そちらの正也くんとは、一体どういうお関係なんでしょうか……?」

「幼馴染だけど?」

「—————————」



 何気なく言い放った華恋の言葉にシンと静まる教室。これだけクラスメイトがいるのに一切の音がないというのは些か不気味に感じるが、とにかく早く帰りたい。


 きっと信じられないのだろう。智樹は指で眉間を押さえると再び口を開いた。



「えっと、聞き間違えかな。もう一度……」

「幼馴染、って言ったのよ。私と正也は小さい頃から一緒に育ってきたの。家も近くで、よく出入りするような仲だったわ」

「えぇ!?」

「今日はたまたま……そう、たまたま一緒に正也と帰りたい気分だったからこうして呼びに来たのよ。そういう訳だから木岐くん、いいかしら?」

「あーもうどうぞどうぞ。これからもいつでもどうぞ」

「おい」



 当人を差し置いて勝手に話を進める智樹と華恋に思わず抵抗の声をあげる俺。まるで人身御供である。俺と華恋が幼馴染と今度こそ認識したのかクラスメイトにざわめきが広まるも、華恋はそれに構わず言葉を続けた。



「ありがとう。———それに、もう一つ用事があったのよね」

「え?」



 そう言うや否や、俺の手をパッと離した華恋はクラスメイトの視線を浴びながら、とある人物の元へと近づいていく。


 まるでモーゼが海を割るように華恋からクラスメイトが離れていくが、そんなことは気にせずに歩き続け———やがてクラス一の美少女の前に立つと、華恋は鈴を転がすような楽しげな声で言葉を紡いだのだった。



「高槻蘭さん、よね? こうして話すのは初めてかしら?」

「え、えっと……そう、なるかな?」

「隣のクラスに『百年に一度の美少女』って呼ばれている女子がいるって聞いてたから、一度は挨拶しておきたかったのよね。ちょうど良い機会だったわ」

「こ、こちらこそ『戦女神アテナ』様の噂はかねがね……!」



 立っている華恋に合わせて高槻さんも椅子から立ち上がる。表面上はにこやかに会話している筈なのだが、雰囲気が凍えるように寒いのは気の所為だろうか?


 華恋はじろじろと舐め回すようにして高槻さんを見つめると、再び口を開く。



「ふーん、大層な二つ名で呼ばれている通り随分美意識が高いのねー? 流石美少女、モテモテなもの納得だわ」

「褒めてくれてありがとう! 藤宮さんの方はだいぶ動きやすそうな身体をしてて羨ましいな。肩が凝るなんて悩みもないだろうし、ね? あ、藤宮さんじゃなくて、藤宮ちゃんって呼んだほうがいいかな?」

「お好きにどうぞ。『百年に一度の美少女』さん?」



 現在進行形でバチバチに火花を散らしている二人。互いに満面の笑みで歩み寄って自然な会話をしている筈だが、何故か一切の友情は感じられなかった。俺の幻覚なのか、華恋と高槻さんの背後には龍と虎が浮かんで見える。きっと疲れているのだろう。


 思わず俺は頭を抱えた。



(まったく、どうして華恋はよりにもよって高槻さんに話し掛けるんだ……! 嫌がらせか……!?)



 百歩譲って教室に来て幼馴染だとクラスメイトの前で言い放ったのはよしとしよう。せめて昼休みに会ったのだから一言くらい欲しかったが、まぁそこは良い。いや、決して良くはないがここはまぁ取り敢えず目を瞑ろう。


 問題はどうして高槻さんに声を掛けたのかだ。当然だが、華恋は俺が彼女と別れたことは知っている。ついでに今日の話の流れで嘘コクされていたこともつい話してしまったのだ。先程華恋は挨拶しておきたかったと口にしていたが、あの口ぶりからすると絶対に本音ではないだろう。


 とすると、わざわざ声を掛けた理由はただ一つ。



(か、華恋のやつ……もしかして自分が楽しむ為に俺を揶揄ったのか……!?)



 だって他に理由がないのだ。きっと俺のことが嫌いだからこそ、こうして修羅場を作って俺の苦痛に歪む顔を鑑賞して楽しもうと思ったに違いない。


 思わず憎々しげな表情になる俺だったが、いつの間にか俺のそばに移動していた我が憎き幼馴染は口を開いた。


 



「ほら正也、一緒に帰りましょ」

「なっ、華恋……!?」

「じゃあね、『百年に一度の美少女』さん?」

「ぐぅっ……!」



 華恋は高槻さんに向けてパチリと可愛らしくウインクすると、何故か彼女はその綺麗な表情を悔しそうに歪めながら小さく言葉を洩らした。


 そうして俺は華恋に引っ張られるような形で教室を出たのだった。



















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