第6話 ツンデレ幼馴染といちごみるく




「何飲もうかな」



 そうして昼休み。なんとか午前中の授業を乗り切った俺は一階にある購買の自販機で何のジュースを飲もうか悩んでいた。ここのは抽選が当たるともう一本貰えるのでよく利用している。普段の授業よりもやや疲労感を感じるのだが、それは主に一人のクラスメイトが原因だろう。



「それにしても高槻さん、事あるごとに俺の方を何度もちらちら見てくるとは……。おかげで全く授業に集中出来なかった」



 何せ授業でのグループワークに授業後の小休憩、さらに言えば壇上の黒板にチョークで答えを記載して自分の席に戻るときやプリントを後ろの生徒に配布する瞬間など様々な合間を縫って違和感のないタイミングで俺の方を見てくるのだ。彼女へ視線を向けなかったとしてもそれは授業中ずっと。ずっとである。


 俺としては普段から毎回授業は真面目に受けているので集中力はある方なのだが、流石に今回ばかりは全く授業の内容が頭に入ってこなかった。当然気が休まらない時間も長く続くので、疲労感が溜まってしまうのも仕方がなかった。



「はぁ。あからさまに彼女のこと避けてるよなぁ、俺」



 思わず溜息が出るが、俺は昼休みになった瞬間に母さんが作ってくれた弁当を持ってすぐさま智樹と一緒に逃げるようにして食堂へ向かった。現在は無事弁当を食べ終え、先に教室に戻った智樹を見送ってからどう時間を潰そうかと思い、購買に足を運んでジュースを選んでいる次第だ。


 高槻さんは朝や授業後の小休憩の時と同じようにクラスメイトに囲まれて上手く身動きが取れなかったようだが、今になって思うとあの縋るようにして俺を見つめるその視線はちょっぴり可哀想である。



(なんだろ、この何とも言い難い申し訳なさ)



 いくら俺が嘘コクの被害者とはいえ、形容し難い感情というか、ちくりとした棘が心の中に残る。多少の申し訳なさや罪悪感が芽生える辺り、俺も甘いのだろうか。


 いずれにせよ、もう高槻さんとはただのクラスメイトとはいえ授業に集中出来ない環境が続くのは俺にとって非常にストレスである。彼女からの着信やSNSはブロックしていたが、もしこの状況は長く続くのであれば近いうちに話し合う場を設ける必要があるだろう。


 あまり気が進まないが、やむを得まい。



「気が重いなぁ……」

「———ねぇ、ジュース買うんなら早くしなさいよ」

「華恋……!?」



 なんと俺の背後に立ってツンツンとした声音で話し掛けてきたのは、幼馴染である華恋。普段ならば俺とすれ違っても一瞥する程度で会話をすることは一切なかったのだが、昨日といい今日といい、一体どういう心境の変化なのだろうか。


 幸いにも購買には生徒が誰もいないので今のところ問題はないが、『戦女神』様と呼ばれている華恋と一緒にいるところを目撃されてしまえば注目を浴びてしまう可能性がある。もし万が一のことがあって俺が華恋の幼馴染だということがバレてしまったら色々と面倒だ。


 全くもって偶然のエンカウントな訳だが、我が儘で嘘つきな幼馴染のおっしゃることだ。ジュースを購入して早々に退散するとしよう。



「な、なによっ、そんなに人の顔をじっと見て。私が買いに来て悪いのっ?」

「いや、そんなことはないけど」

「なーんか何か言いたげな顔ね。ハッキリ言いなさいよ」

「……いいのかよ。俺と学校で話しても」



 じーっと俺を見つめる華恋の真っ直ぐな瞳に耐え切れず、そっと視線を外してしまう。てっきり俺と一緒に登校している姿を他の生徒に見られたくないから、朝は俺を置いて行ったと思っていたのだが。



(華恋だって、俺みたいな真面目だけが取り柄の奴が幼馴染だって周りには知られたくないだろうからな)



 だからこそ一年前の入学式の日、高校では話し掛けないでとわざわざ言ってきたのだろう。俺のことが余程嫌いでなければそんなことは言ってこない。


 すると、俺の言葉に何故か顔を赤くした華恋はそのツインテールに結っている黒髪の毛先を弄りながらもじもじと体を揺らし始めた。



「べっ、別に私がいつどこで誰と何を話そうが自由でしょ? 私とアンタは、その……お、幼馴染なんだから……っ」

「……そうか」

「大体、昨日だってアンタが落ち込んでたから———って、何言わせようとしてるのよっ!」

「華恋が勝手に言ったんだろ……」



 恥ずかしそうな表情を浮かべたり俺を睨めつけたり忙しい奴だが、どうやら俺のことが嫌いなりにも幼馴染と思ってくれていたようだ。昨日だっていつもならばスルーする筈なのに、突然話し掛けてきたのも華恋なりの配慮だったに違いない。


 華恋には嘘を吐かれていて傷付いたというのに、ほんの僅かでも暖かさを感じてしまうのは俺が甘いからなのだろうか。


 はぁ、と小さく溜息をつきながら俺は程なくしてメロンソーダを選択。自販機のボタンを押すと、ガコンッと中から商品が落ちてきた。そして抽選の結果は、



(お、当たった)



 ちょうど同じ数字が四つ並んだのでもう一本購入出来る。確率なので当たらないという訳ではないのだが、これまで当たったのは俺でも二、三回程度。こういった自販機でもう一本当たるのは非常に珍しい。現に華恋も俺の背後で「わ……」と驚いたような声をあげている。


 ラッキーというべきか、彼女に嘘コクされていた俺に神様が与えてくれたささやかなお恵みなのかわからないが、ここは喜ぶべきだろう。


 大して考えることなく、俺は点灯している購入ボタンを押す。取り出し口から商品を取り出すと、後ろを振り向いた。



「ほら、これやるよ」

「え……?」

「華恋、昔から好きだったろ?」



 きょとんとした華恋に差し出すのはいちごみるく。昔から自販機で何か飲み物を買うとなると必ず選んでいた商品である。なんの因果か、偶然幼馴染がいる時に偶然飲み物がもう一本当たったのだ。故に俺が華恋にそれを渡すのも気まぐれである。


 俺の言葉に切れ長の瞳を瞬かせていた華恋だったが、途端に顔を林檎のように真っ赤にさせて、か細い声でこくりと頷いた。



「……………………………………うん、好き」

「なんだよその間。イヤだったら別に良いけど」

「い、イヤじゃないから!! ただ……」

「ん?」

「お、覚えていてくれたんだなって、思って」

「——————っ」



 そんな華恋の表情を見た俺は、思わず心拍数が跳ね上がる。俺は咄嗟に口を開いて何かを言いかけるが、ハッとした華恋はそれを遮るようにしてわたわたとさせながら言葉を紡いだ。



「や、やっぱりナシ! 今のナシ! じゃ、じゃあ私教室に戻るからっ!」

「お、おう。そうか」

「…………ありがとっ」



 最後にぽつりと感謝の言葉を洩らした幼馴染の後ろ姿に、不覚にもときめいたのは秘密である。

















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