第7話 ギャル美少女との会話
(……全く、一体何だったんだ)
購買から立ち去る華恋を見送ると、特に用事もないのでそのまま俺も出て行く。いつもの華恋とは違い、頬を赤らめてどこか様子がおかしかったのは気の所為だろうか。
あれじゃあ、まるで———、
(まるで、嬉しかったみたいじゃないか……っ)
ちょっぴり恥ずかしげに、しかし隠しきれない喜びに満ちた声と真っ赤な顔。あの潤んだ瞳なんて特に心に残っている。俺はただ、気まぐれで華恋の好物であるいちごみるくを渡しただけなのだが。
「はぁ、なんだか調子狂うな」
盛大に溜息を吐いた俺は廊下を歩きながら思わず頭をがしがしと掻く。普段のツンツンした性格の華恋がデフォルトの所為で、不意に見せるあの可愛らしい幼馴染の様子を見るとどうにも身体がむず痒い。
今まで高校や近所で華恋とすれ違っても大して気にならなかったのに、今日に限ってどうしてこんなにも彼女のことが気になってしまうのか。
きっかけはおそらく、昨日高槻さんにフラれたことを華恋に伝えたとき。それを聞いた華恋は、涙を浮かべていた。あの酷く悲しそうな表情は今でも忘れられない。
———いや、と俺は頭を振る。
(いやいや、ちょっとあんな可愛らしい姿を見た位で絆されるんじゃない俺……! 華恋は俺のことが嫌いなんだ。きっと心の底では戸惑う俺を見て嘲笑っているに違いない)
なにかと突っ掛かってくる華恋ではあるが、きっと幼馴染だから何を言っても良いと思っているのだろう。どうでも良いからか、または別の思惑があるのかは知らないが……前者に決まっている。そう考え直したお陰か、幾分か冷静になれた。
ひとまず華恋のことを頭の隅に置いた俺はこれからのことを考える。
「さて、教室に戻ったとしても高槻さんがいるからなぁ。テキトーに時間を潰してから戻るか」
いつか話し合う場を設ける必要があるとはいえ、まだ心の準備は出来ていない。
教室には智樹がいるとはいえ、昼休みはまだ十五分ほど残っている。そんな状態で戻ったら、高確率で高槻さんに話し掛けられるに決まっている。何せ午前中はあんなにも俺と話す機会を虎視眈々と狙っていたのだ。彼女の周囲に生徒が絶えないおかげでなんとか回避出来ていたが、強引に話し掛けられでもしたらたまったもんじゃない。
学校中を散策していれば、十五分なんてあっという間。いざとなれば図書室に行けばいい。そう考えていたのだが、突然背後から声が掛けられた。
「———ま、正也くんっ!」
「…………高槻さん」
思わず立ち止まってしまうが、その上擦った声の正体は高槻蘭。朝からちらちらと俺の様子を伺っていたクラスメイトで、昨日のデート終わり際に嘘コクだとカミングアウトしたギャル美少女だった。
急いで走ってきたのか、彼女は綺麗な金髪のロングヘアを乱しながら軽く息を切らしていた。その額にはうっすらと汗が浮かんでいる。普段の彼女ならば陽キャの如く明るいのだが、その表情にはどこか余裕がない。
膝に手を置きながら息を整えている高槻さんだが、やがて落ち着いたのかこちらにそっと瞳を向けた。
「よ、良かった、まだ購買の近くにいて……っ」
「……どうして、ここがわかったんですか?」
「っ!? そ、その、教室に戻った木岐くんから、正也くんがどこに行ったのか訊いたんだ」
「あいつ……」
思わず悪態をつきたくなるが、影響力の大きいギャルに話し掛けられれば答えざるを得ないのも事実。ここで智樹を攻めるのも違うだろう。
俺が敬語で話すと途端に悲しそうな表情になる高槻さんだが、別れてしまえばただのクラスメイト。罰ゲームとはいえ、昨日嘘コクされていたと知った時から彼女への気持ちは途端に冷めてしまった。遊園地に置き去りにしてしまった罪悪感こそあれど、その部分は変わらない。
先程までは高槻さんへの申し訳なさみたいなものがあったのだがこうして彼女を前にすると、それ以上になんだか気分がむかむかしてくる。昨日あった出来事なので当たり前っちゃ当たり前だが、言葉の端々が冷たくなってしまうのも仕方がなかった。
「……それで、一体何の用ですか?」
「そ、その……っ。ここじゃあれだから、どこか二人で話せるような場所に移動しない……?」
そのように固い笑みを浮かべた高槻さんはちらりと周囲へ視線を向ける。……確かに、このような渡り廊下では不特定多数の生徒の視線に晒されやすいし、必要以上の注目も浴びてしまう。
なんといっても彼女は『百年に一度の美少女』と呼称されている程の有名人。同級生だけではなく、他の学年にもその名前と顔が知れ渡っているギャルなのだ。目立ってしまうのも俺の精神衛生上あまりよろしくない。
そのまま高槻さんは言葉を続ける。
「えっと、色々誤解を解きたいことだってあるし———」
「…………誤解?」
「そ、そう! 誤解なの!」
「高槻さんは嘘を吐いていて、俺は嘘を吐く人間が大嫌い。いくら罰ゲームだったとはいえ、それ以上でもそれ以下でもないです。一体その事実のどこに誤解があるというんですか?」
「そ、それは……っ」
目の前の彼女は何か言いたげだったが、ちゃんと言葉にせず言い淀みながらシュンと寂しそうに顔を俯かせる。誤解という言葉が言い訳に聞こえてしまい、少しだけイラッとしてしまった。
(……? 一体なんなんだ、その表情)
思わず眉を顰める俺だったが、言いたいことがあるならはっきり言ってほしい。そもそも彼女は普段から思ったことがあればあまり物怖じせずに率直にズバズバ言うタイプだった筈だ。
———勿論嘘コクだったとはいえ、彼女と付き合っていた時も。
(……まぁ別れた以上、俺には関係のないことだが)
一瞬だけこれまでの高槻さんとの思い出が蘇るが、すぐさま思考を中断させる。さて、時間も時間なので、言いたい事を言って教室に戻るとしよう。
「とにかく、もう俺に話し掛けようとしないでください。誤解だかなんだか知りませんが俺たちはもうただのクラスメイトですし、普通に迷惑です」
「…………っ」
「では失礼します」
そのように淡々と告げた俺は身体を翻しながら教室へ歩き出した。
「………………うぅ、絶対に諦めないもんっ」
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