第3話 トリスティアナ王国・国史編纂室室長ロイドの調査

 ※推奨 ★★★ミリスお嬢様には逆らえない★★★ 第1話までお読み頂けると幸いです。




 私は国史編纂室の室長ロイドである。


 15歳の時より編纂室に入り、早60年を超えこの国の歴史を綴り続けている。厳しい顔のじじいだと自分でも思うが、決して迷惑な老害ではない。


 例えば先日、新たに配属された新人フィリップに対し、私は緊張する彼を慮って世間話に興じる。まだ19歳の青年だ。年齢差のある今時の子であろうと同じ職場の仲間として、和やかに仲良くやりたいものだ。


 そこで心の距離を縮める為に彼との会話の中で私は自信満々に、「それな!」と若者言葉を使った。その瞬間だった。


 突然、フィリップは嫌そうに顔を歪めドン引きした。さらにくそ生意気にも真剣な口調で「あの、そう言うのいいんで、威厳がなくなりますから止めてくれますか? それに古いし、イラっとします」と説教されてしまった。


 はぁああああ、なんだその態度! 緊張をほぐそうと、私がわざわざ話してやってるんだぞ! 歓楽街のエロフさんの店では、私が「それな!」と言うと、みんなが「もう、ロイちゃんたらぁ、わかいーっ!」と喜び、キャキャ言って受けまくるのに! こいつ腹立つわぁあああ、ぶっ飛ばしたい。


 だが、私は老害ではない。高尚なる心で寛容にも許す事にした。


 そうそう、私はとても器の小さな男だ。若者がいばりくさる姿など我慢出来ない。だから速攻で王城メイド達に、「フィリップは仕事をする時に、ズボンを下げて下半身を丸出しにし『ウオンチュー』と時々叫び腰をフリフリする変態だ」、と噂を広めてやった、はっはっは、ざまぁみろ。


 さて、この編纂室は元来かなり広い。だが、書庫よりも多くの棚が整然と並び、この国の歴史が全てここに集約されている。故に作業スペースは僅かしかない。まぁ、狭いが慣れてしまえば寧ろ落ち着くと言うものだ。


 私は長年エルダードワーフ作成の強固で機能的な作業机を使用している。さらに彼らに特注した椅子は、この歳になっても長時間の作業で疲れをあまり感じさせない優れ物だ。


 少しだけ困るのは、この部屋は常設魔道具で管理され、換気以外ではほぼ密閉されている点だ。日光の光や温度変化は資料を痛める為、我々は常時魔光灯を用い、昼夜の感覚が乏しい。


 そんな環境だが、私は正しく歴史を後世に残す事を至上の命題とする。


 決して権力者に都合よく改竄したりはしない。これは初代国王より「過ちであろうと、後世に教訓を残すのは先人の責務だ」と編纂室に言い渡された厳命である。私はこの精神に深い感銘を受け、今日まで日々努力を続けている。


 ちなみに、エロフさんの店でこの話をすると、「すっごーい、ロイちゃん、まじめーっ!」と実にちやほやと褒めてくれるので気分がいい、ふわはっはっは。


 さて、実はつい最近の事だ。王国第2王子レグナ様編纂資料・ご幼少期の記述に、おかしな点を発見した。その内容はこうだ。


「王城にて王家主催の舞踏会開催。5歳になられた第二王子レグナ様は社交界デビューされる。ただし、その会場内においてビスタグス家長女ミリス嬢にぶっ飛ばされる」


 とだけ記されていた。


 はぁああああ、王族をぶっとばす? 有り得ないだろ! しかも、何故かそれ以降どうなったかと言う記述が一切ない。


 今年17歳となられた第二王子レグナ様は、聡明な王子として将来を嘱望されているお方だ。私も何度かお目通りをしたが、実に頭が良く、謙虚で真面目。しかも博識であるが決してひけらかしたりはしない。王子は幼少期この社交界デビュー後から、多くの人々にそう語られる優れた人物であるのだ。


 この行為は、そんな優れた王子にと言うか、そもそも王族に対する不敬を通り越し、通常ならば極刑に値する。幾らビスタグス家が四大貴族筆頭であろうと、臣下に過ぎない。そのご息女であるミリス嬢がこの様な暴挙を働き、何故かお咎めなし。子供同士とは言え、これは明らかにおかしい。


 私は国史を正しく編纂しなければならない。誤魔化しは許さない。


 これは王家に対し、ビスタグス家が何らかの政治的かけ引き、下手をすれば恫喝に近い事を行なった可能性すらある陰謀だ。必然、国史に残すべき極めて遺憾な裏工作である。


 私は断固たる意志を持って、この真実を書き記さねばならない。


 まずはこの文献をまとめた我が友、元編纂室副室長であったアリウスに書簡で事情説明を求めた。今は引退し田舎で孫たちに囲まれ暮らしている。恐らく10日もすれば返事が届くはずだ。私は我が友を信じているが、友情と調査は別だ。周辺の情報を洗い直す必要がある。


 私は早速山の様な当時の資料や文献を精査し始めた。莫大な量だが仕方ない、手掛かりは何処に潜んでいるかわからないからだ。そして気が付けば、すっかり夕刻であるが、当然まだ終わらない。


 ふと私が机から顔をあげると、仕事に精を出すフィリップの姿があった。


 これはいけない、もうすぐ退室時間だ。しかるに上司である私が仕事をしていると、新人であるフィリップが帰れないじゃないか。私はこのまま徹夜で籠る予定だ。そこでフィリップにもう帰っていい、と声をかけようとした瞬間だった。


「あっ、こんな時間だ。室長、お疲れ様です。定時ですので私は帰りますね。じゃあ」


 そのままさっさと荷物をまとめ帰ってしまった。


 はぁああああ、なんだその態度! 上司である私がまだ仕事しているんだぞ。せめて「すいません、今日は恋人と二週間ぶりのデートなんですよ、本当に申し訳ないですが、帰っていいですか? えへへ」とか、なんか、こう、ふわっとした可愛げのある用事を言えないのか! こいつ腹立つわぁあああ、ぶっ飛ばしたい。


 唖然と奴を見送った私は、早速お茶を持って来たメイドに「フィリップは下半身丸出しで腰を振りながら『ウオンチュー」と叫ぶが、歩いている時は童謡をエロく替え歌してファルセットボイスで口ずさみ、終始ニマニマするキショい変態だ」と新たな情報を上乗せしてやった、ふわはっはっは、ざまぁみろ。


 さて翌日の事だ。


 結局、当時のあらゆる資料にはその痕跡が一切残されていなかった。


 それで諦める私ではない。


 すぐに、王とビスタグス家家長へ面会の予約を入れた。さらに部屋を出て私は第二王子専属・王族親衛隊隊長ドッズ殿に話しを聞く為に、詰め所を目指した。


 こういう直接の聞き込みも重要だ。王族親衛隊は騎士団の中から、選りすぐりの忠誠心厚き者達が集められている。ドッズ殿は王子が幼少時からの生粋の親衛隊だ。間違いなく何かを知っているだろう。私は真実を知る必要があるのだ。


 だが詰め所にて、彼は真面目な表情でこう語った。


「ロイド様には申し訳ありませんが、何もございません。お帰り下さい」


 取り付くしまもない、けんもほろろな回答だった。


 尚も食い下がりしつこく聞いても、「何もございません」の一点張りだ。これは間違いない。私は彼の頑なな態度に却って確信を深めた。絶対に何かある。


 彼に対し時間を取らせた事の礼を述べ、私は詰め所を出た。恐らく上層部は全て無駄足になるだろう。全員に何らかの絶対的な箝口令が敷かれ、事実が隠蔽されている。だが私は編纂室室長だ。あらゆる身分の人間に調査の手を伸ばす権利を所有している。


 そこで当時を知るメイド、召使、侍従長、調理師などの使用人全般、更に騎士、魔術師、近衛兵、貴族などの関係者、延いては暗部にまで手を伸ばし様々に聞いてみたが、皆「何も知りません」しか答えない。


 これはどういう事だ? 流石に全員と言うのはおかしい。金だって掴ませたが一切情報が出て来ない。こんな事は初めてだ。


 そうして困惑する私は編纂室で資料を睨みつつ考え込み、気が付けば退室時間を迎えてしまった。ふと見るとフィリップが帰り支度をしている。


 そうだ、ここは若者に気を遣うふりをして、行き詰った気分をリフレッシュさせてもらい、ついでに若い彼にも協力を仰ぐか。


「フィリップ、どうだ、今夜飲みに行くか? 色々慣れない仕事で気苦労もあるだろうし、今日は私が奢ってやる。いい所に連れて行ってやろう」


 私がこれ以上ない満面の笑顔で誘うと、フィリップは不快そうに眉をひそめた。


「あの、自分はプライベートに仕事は持ち込みたくないんでお断りします。それと室長、こういうのってパワハラなんで、もう2度と誘わないで下さいね」


 そうさらっと宣言し、「お疲れ様です」と何事も無かった様に帰ってしまった。


 はぁあああああ、なんだ、あの態度は! パワハラだと! これは飲みュニケーションと言う社会人マナーだぞ、こいつ腹立つわぁああ、ぶっ飛ばしたい。


 怒りに打ち震える私は、再びお茶を運んで来たメイドに、「フィリップはトイレをする時に全裸になり、しかもドアを開けたまま両手をあげて『ゆぅえ~い』と歓喜の声をあげて用を足す変態だ」と新たな噂を提供してやった、ざまぁみろ、ふわはっはっは。


 さて、数日後の事だ。私は遂に王と所用で来ていたビスタグス家家長殿に同時謁見し、あらゆる話術を駆使し、様々な質問を根掘り葉掘りぶつけてみた。すると二人は口を揃えてこう言った。


「子供の致した事だ、我々は目くじらを立てずに笑って許したのだ」


 そう判で押した様に流暢に言われ、「ロイド室長、ご苦労ではあるがこれ以上は詮索しないように」と釘を刺されてしまった。




 私は己の無力さに失望した。


 60年を超える編纂室での日々が、全て無駄だった様な気がした。国史に携わる者として、真実を記す事が出来なければ、私の存在意義はない。


 この国最大の権力者二人に、ああ言われればもうおしまいだ。最早私に出来る事は何一つなく、生涯を賭けたこの仕事に対する自負心は、あっけなくも瞬く間に砕け散った。


 そうか、ここらが潮時なのかもしれない。私は長く働き過ぎた。もう引退をし、我が友アリウスの様に田舎で余生を送るのも悪くない。役立たずの老兵は去るのみだ。


 だが、私は奴みたいに子供達や多くの孫がいるわけではない。編纂にこの身を捧げ、結婚もせず、想えば随分と寂しい人生だった。私という存在は一体なんだったのだろう。情けない自嘲以外の感情がまるで湧いて来ない。もはや、自己を奮い立たせる矜持すらも虚しい。


 今日この瞬間、私という編纂者は終わったのだ。


 そんな事を謁見の間から帰りながら自覚し、私が編纂室に戻った時だ。


「室長、元副室長のアリウスさんと言う方から手紙が届いてますよ」


 フィリップが一通の書簡を渡してくれた。


 そうだった、だがもう手遅れだ。アリウスの答えもわかっている、皆と同じで箝口令が敷かれているのだ。私に言えるはずがない。ため息と同時に私は書簡を開いてみた。




 我が友ロイドへ


 挨拶は省略するよ。君が発見し疑問に思い至った第二王子とビスタグス家ミリス嬢の件だが、きっと君の事だ、既に独自調査を行ったのだろう? そして何も答えに出会えない事で、さぞ君の自尊心はズタズタになっているだろうと思う。


 僕も皆と同じくこの件に関しては箝口令を敷かれているが、聡明な君になら喜んで真実を話そう。僕はどんなに離れていようとも、君の親友だからね。

 おっと、泣くなのはまだ早い。では真実はこうだ。


 国王とビスタグス家家長殿は親友だ。これは知っているね。実はその舞踏会での事件があってすぐに、ビスタグス家家長殿は王家に怒鳴り込んだんだ。「うちの可愛いミリスにウザ絡みした貴様の息子をどうする気だ」ってね。国王相手に無茶苦茶だよね。でも元々の非は、幼いとは言えとても紳士らしからぬ態度で、第二王子がミリス嬢にウザ絡みしたのが原因だからね。


 家長殿はミリス嬢を溺愛している。最早臣下である立場など関係なくね。そして趣味で花好きの国王は、同じく花好きで親友の娘でもあるミリス嬢とは既に大変仲が良く、とても可愛がっておられた。


 彼女はとても聡明で利発だったから、国王も王妃も大好きだったんだ。家長殿に迫られた国王も実は同じく怒っていて、「私も報告を受けている。これはレグナが圧倒的に悪い、私の馬鹿息子は断罪に処す必要がある」とカンカンだった。


 そして大人げない二人は、泣き叫ぶ幼い第二王子を王族親衛隊に捕縛させて、地下牢に食事も碌に与えずニ週間ぶち込んだんだ。王子の悲痛な叫び声が響き続けていたらしいよ。


 でもね、当時の第二王子は頭はいいのだけど、それを鼻にかけて威張りまくる生意気な子だったんだ。だけど、二週間後に地下牢から出て来ると、すっかり人が変わったみたいに謙虚になってね、当時の関係者全員が驚いたものだ。頭のいい子が変わるいいきっかけになったんだと思う。


 それを見て流石に国王もビスタグス家家長殿も、自分達がやり過ぎたと反省して、王子の名誉の為にこの件は一切口外するなと、下働きの者も含め箝口令が敷かれたんだ。だから、僕も書かなかった。


 だけどね、僕は元々書く気はなかったよ。


 これは子供の喧嘩だ。大騒ぎする事ではない。第二王子の幼少時の笑える武勇伝のひとつとして簡単に片づけていいと思う。


 さあ、真実は話した。我が友はどう判断するかな? 年に一度の王都行きで、次に君に会うのが楽しみだ。


                           君が親友 アリウス



 私は彼の手紙をそっと置いた。


 私は自分の愚かな馬鹿加減をすっかり自覚し、急に恥ずかしくなってしまった。


 私は単に自分の思い通りの結果が出ないだけで、あんなにも激しく落ち込み、引退まで思い詰めてしまっていた。やっぱり私は小さな男だ。


 歴史とは人が作るものだ。その人の心を忘れてただ全てをほじくり返すだけなど、愚者の行う事だ。書かぬ事により伝えられる真実、そして教訓もあるのだ。


 私は長い年月を経た今、自分勝手な矜持に奢り昂り傲慢となり、その目を、その心を、すっかり曇らせていた様だ。


 だが、今の気分は爽快だ。我が友はやはり我が友だった。


 アリウス、勿論私の判断は君と同じだ。これは子供の喧嘩だ。これ以上でもこれ以下でもない。あの記述で十分だったのだ。


 まだまだ、学びが足りぬみたいだ、君がいたら私をそっと注意し微笑むのだろうな。次に会った時は是非このこの愚かな私で笑わせてやろう。


 そうしてすっかり反省し、満足した私はアリウスの編纂した第二王子の資料集をそっと閉じた。


 すると、少し遠慮気味に珍しくフィリップが私に声をかけて来た。


「あの、室長、実は相談があるんですけど、今日飲みに行きませんか? 実は僕、結婚を考えている子がいるんです。室長にぜひ紹介させて下さい」


 私は正直驚いた。


 あのフィリップがこんな誘いをしてくるなんて、どういう事なんだ? 部下から誘われるのは、何ハラと言うのだ? 


 そうして私が戸惑っていると、フィリップはさらに続けた。


「多分、室長はそのコネを使って、僕と彼女の事を知っていたんでしょう? それで王城内にいる色々な男を誘って金をせびる没落貴族出身の性悪メイド達に対し、変な噂を影で流して僕を守ってくれていたんじゃないですか? 僕は彼女と話し合って、二人で改めて一度お礼を言わせてもらおうかなって思ったんです」


 へっ? なにそれ? そんな解釈になってんの?


 唖然とする私だったがふと思い至り、フィリップに対し深い親しみを込めてこう答えてやった。


「フィリップ、私に仕事だけの関係を越えた随分若い友人が出来たみたいだな、嬉しいよ」


 そう伝えニコリと笑ってやると、フィリップも照れ臭そうに笑った。


 さて、これからはこの仕事仲間であり、そして素直な年若い友人を大事にせねばならないな。


 私は自分の今までの彼に対する行いを、そっと心の棚に押し上げた。


 私はこういう調子のいい自分が大好きだ、ふわはっはっは。







 






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