#11 ヒーローのジレンマ



 ヒーローとしてクラスメイトの願いに協力することは、やぶさかではない。

 だから、ランちゃんやミヤビちゃんの話を聞き、それに応じて友達となった。 これもヒーローの役目としては当然だろう。


 だが本心では、「友達」と言われた事が嬉しかった。

 「一緒に帰ろう」と誘って貰えたことが嬉しかった。

 自転車に突っ込まれた時、ケガの心配をしてもらえて嬉しかった。

 食べ掛けのソフトクリームを貰えて嬉しかった。

 「また明日」と言われた事が嬉しかった。


 ヒーローとしての役目と俺個人の感情は、二人の友達になることを受け入れている。


 しかし、俺は『孤独と戦うヒーロー』だ。

 仲間は不要。


 なので、そのことが今の俺にとって新たな悩みとなっている。


 友達は欲しい。

 しかし仲間は不要。


 矛盾した感情が、俺の心をさいなむ。

 人生で初めて友達が出来て嬉しいはずなのに、人間関係で悩んだことなど無い俺は、ゲボ吐きそうなほど悩んだ。

 この悩みのせいで、いつもは3枚食べるLサイズのピザが1枚しか食べられなかったくらいだ。



 悩みに悩んでいたが、俺にはすべきことが有り、時間は待ってくれない。 だから俺は、日課のジョギング中に考えて考えて考え抜いて結論を導き出した。


 友達と、共に戦う仲間は、別腹だと。


 つまり、友達とは一緒に戦わなければ良いのだ。

 もっと言えば、友達の前ではヒーローであることを隠し、俺はその辺にゴロゴロしているただの男子高校生だと認識させたままでいれば良いのだ。

 実際にテレビや映画に出て来るヒーローは、普段は一般人に紛れてヒーローであることを隠したりしてるしな。


 本当は、クラスメイト達の前で華々しく活躍して人気者になりたかったが、既に友達が二人も出来た俺にはもうその必要も無いだろう。



 漸く自分の中で落としどころを見つけた俺は、ジョギングから帰るとシャワーを浴びて、寝る為に直ぐにベッドに横になった。

 だが、友達が初めて出来た興奮で中々寝付けずに、二人と交わした会話を思い出してはニヤニヤが止まらなかった。


 因みに、自転車に突っ込まれたおケツの痛みがしばらく残っていた為、寝る時はうつ伏せだ。





 ◇





 翌朝、登校する為にいつもの時間に家を出て駅に向かうと、駅の改札前にミヤビちゃんが居た。


 ランちゃんと登校する為に待ち合わせでもしてるのだろうか。

 恐らくそうだろうな。

 と考えつつも、顔を会わせたからには友達として挨拶はしなくては失礼にあたると思い、ミヤビちゃんの傍まで寄ってから「おはようございます。ミヤビちゃん」と丁寧に挨拶をした。


「おはよ、あんみつくん待ってた。一緒に行こう」


「むむ?ランちゃんを待っていたのでは?」


「ランコはどうせギリギリ」


 ミヤビちゃんはそれだけ答えると、さっさと改札を通ってしまった。


 ミヤビちゃんが改札の向こうで立ち止まっているせいで通行人の邪魔になっていたので、待たせては不味いと俺も速やかに改札を通った。


 再び俺が傍に寄るとミヤビちゃんが歩き出したので、遅れない様に横に並んで俺も歩いた。


 歩いている間もホームで並んでいる時も電車の中でもミヤビちゃんとは会話は無く、昨日の学校帰りもそうだったが、ミヤビちゃんが相当マイペースな人物であることが分かった。


 電車を降りてからも会話が無いまま学校へ向かった。

 駅からは同じ制服の群衆に紛れて学校まで歩く訳だが、いつもなら俺になど誰も興味を示さないし見向きもされないのに、この日はミヤビちゃんと一緒に居る為か、他の生徒たちからチラチラと見られていた。

 自意識過剰と言われそうだが、普段から誰にも相手にされてこなかったからこそ、他人からの視線には敏感な訳で、俺のこれまでの学校生活の中でこのように注目を浴びることは今まで無かった。


 これは、「ぼっちで大人しい二人がなぜ一緒に?」という疑問を持たれているのだろうか?

 それとも、「真面目で清楚で大人しかった女子がクラスメイトのブタをペットにして飼い始めた」とか思われているのだろうか?


 1つ分かったことは、ミヤビちゃんは注目を浴びてても我関せずといった感じで、気にしてる様子が全く見られない。

 察するに、普段から注目を浴びることに馴れているのかもしれない。

 何せ試合中だろうと気に入らない相手が居れば、退場になるのも構わず潰そうとするくらいデンジャラスでバイオレンスな人だからな。

 そういうスキャンダルには事欠かないのだろうし、何よりも見た目とのギャップもあるのだろう。

 俺だって昨日、乱闘の末に退場になった武勇伝を聞いた時は、「こんなに小さくて清楚な子が!?」とビックリした物だ。


 慣れない視線を感じつつ、黙って考え事をしながら歩いていると、学校に到着した。



 下駄箱で靴から上履きに履き替えながら新たな疑問が浮かぶ。

 ココからどうすれば良いのだろうか?

 誰かと一緒に登校したことが無い俺には、判断が付かなかった。


 一緒に登校すると言うのは、教室まで?

 それとも校門を通ったら、あとは自由行動?


 夏場は毎朝途中でトイレに寄ってファブリーズを全身塗布をしているのだが、一緒に教室まで行くと、それが出来なくて教室では汗臭いと言われてしまうことが懸念された。


 やはり、ココからは別行動がベターであろうな。

 そう結論づけた俺は速やかに上履きに履き替えると、ミヤビちゃんに「トイレに寄りたいから、先に行くね」と声を掛けた。


「待って、私も行く」


「むむ?トイレにはファブリーズをしに行くから、結構時間が掛かってしまうが」


「大丈夫。待ってるから」


「そうか、では一緒に行くか」


 どうやら、ミヤビちゃんは俺と一緒の登校に一方ひとかどならぬ拘りを持っている様だ。 何故そこまで拘るのかは不明だが、友達とはそういう物なのかもしれないな。



 トイレに入り個室でファブリーズを噴霧していると、尿意を催した。

 なので、そのまま用を足していると、今度は便意を催した。

 なので、そのまま用を足していると、気づけば5分以上経過していた。


 不味い!

 ミヤビちゃんをトイレの前で待たせっぱなしじゃないか!

 自分のペースを乱されることを何よりも嫌うミヤビちゃんを待たせてしまうなんて、とんだ失態だ!

 その事を思い出した俺は、「ヌルヌルしてる」と言われない様にしっかりと手を洗ってから慌てて廊下に出ると、ミヤビちゃんは待ってくれていた。


「すまない。尿意と便意を時間差で催してしまい、想定よりも時間が掛かってしまった」


「大丈夫。そういうことは良くあるから。行こう」


 どうやらミヤビちゃんは、急な尿意と便意に理解あるお嬢さんで、全然怒っていない様子だ。







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