#10 ランコの思惑




 ランちゃんの家は本当に俺の自宅の近くで、徒歩なら3分以内の距離だった。 そして、ミヤっちさんの家も俺やランちゃんの家から近く、同じく徒歩3分圏内だった。


 つまり、二人とも俺と小学校も中学校も同じだった。

 マジで今まで全然知らなかった。

 というか、小学校時代の同級生で、名前と顔が思い出せる人が一人もいないので、当たり前のことではあるのだが。




 駅からの帰り道で言うと、ミヤっちさんち、ランちゃんち、俺んちの順番で、俺はいつもの道から少しだけ外れて二人の家の前を通って帰ることになった。


「春川」と表札のある家の前まで来ると、ミヤっちさんに「あんみつくん、また明日」と声を掛けられた。


 ミヤっちさんに初めて名前(アダ名だけど)を呼ばれ、「また明日」と言って貰えた俺は、なんだか俺という異物をミヤっちさんにも受け入れて貰えたみたいで、嬉しかった。


「ああ、ミヤっちさん、ありがとう」


「えっと・・・」


 そのことで俺がお礼を言うと、ミヤっちさんは少し戸惑った表情をした。

 その顔を見て、クラスメイトとしてミヤっちさんの事をもう少し知りたいと思った。そうすれば、明日は今日よりももう少し多くの話が出来て、こんな風に困った顔をさせずに済むんじゃないかって。

 クラスメイトに対して、こんな思いを抱いたのは初めてのことだった。


 だから、改めて挨拶をした。


「俺は安藤ミツオ。 キミの名は?」


「あんみつ、また自己紹介?あんみつの名前くらい私もミヤっちも知ってるって」


 俺の自己紹介に、ランちゃんが呆れた表情で指摘してきたが、ミヤっちさんは笑顔で答えてくれた。


「春川ミヤビ。小学校と中学校でも同じクラスだったことある。中2で同じ美化委員。高校でも同じクラスで嬉しい」


「そうか、それは知らなかった。別に悪気があった訳ではないんだが、気を悪くさせたならすまない」


「っていうか、あんみつホントに憶えてないの?こんだけ一緒のクラスになってたら名前くらい知ってるでしょ?」


「すまん・・・」


「大丈夫。今日から友達だから」


「まぁ私も憶えてもらえて無かったし、ミヤっちがそれで良いならいいけどさ」


「ミヤっちさんが、俺と友達・・・」


「そうなんだし!私もミヤっちもあんみつの友達だし、今度はちゃんと名前覚えてよ!」


「ああ、分かってる。 ランちゃんが犬山ランコで、ミヤっちさんが春川ミヤビ」


「ミヤビでいい。さん、いらない」


「そうか。では、呼び捨てはハードルが高いのでミヤビちゃんと呼ばせてもらおう。改めてよろしく、ミヤビちゃん」


 俺がそう言って右手を差し出して握手を求めると、ミヤビちゃんは笑顔でそれに応じようと俺の右手を取ってくれたが「ヌルヌルする」と言って、先ほど俺が貸したタオルで自分の手と俺の手をごしごししてから改めて握手に応じてくれた。


 ミヤビちゃんの手は小さかったがとても力強くて、その小さな体でジャイアントスイングをしてしまうというのも納得するほどだった。



 ミヤビちゃんと別れたあと、ランちゃんの家もすぐ傍だというのでその場でランちゃんとも別れて自分の家に向かおうとすると、ランちゃんに「公園寄ってこう」と強引に目の前にある公園に連れて行かれた。

 この公園は俺の家からも近いのでよく知る公園だが、幼少期から友達がいない俺は利用したことはほとんど無かった。


 公園に入ってみるとブランコと滑り台とベンチが1つあるだけで、雲梯が無いことに若干気落ちしつつも、ランちゃんがベンチに座ったので、俺はランちゃんの向かいに立った。


「そんなとこに突っ立ってないで、あんみつも座りなよ」


 一緒のベンチに座らないのは、早く帰ってピザが食べたかったので、一度隣に座ってしまうとすぐには解放されなくなるのではと警戒していたのが理由だ。


「いや、早く帰ってピザ食べたいから、俺はココでいい」


「ピザ?ピザ食べたいなら明日学校帰りにシャイゼに一緒に行ってあげるから、とりあえず今日は座りなよ」


「シャイゼとは?そこに行くと美味しいピザが食べられるのか?」


「美味しいよ。マルゲリータとかキノコのとか生ハムのとか」


「生ハムだと!?ピザに生ハム乗せて焼いたら生じゃなくなるんじゃないのか!?どうやっているんだ!」


「そんなの知らんし。とにかく座りなよ」


「ああ、分かった。生ハムの謎は明日そのシャイゼとやらに行って実際に確かめてみようではないか。因みにそのシャイゼにはコーラはあるのか?俺はピザにはコーラと決めているんだ。こればかりはいくらランちゃんでも譲るつもりは―――」

「わかったわかった。 それでね、あんみつに話しておきたいことがあるの」


「うむ。聞かせてもらおうか」


「ミヤっちのことなんだけど、ミヤっちって見ての通りすっごい人見知りなのね」


「そうなのか?とてもそうは見えなかったが」


 人見知りは、試合中にジャイアントスイングなんてしないだろ。


「学校とかだと、あんみつみたいに誰とも話したりしないでいつも一人で座ってるよ」


「ランちゃんが居るのに?」


「うん。 小学校の頃とか友達の輪に入れるようにって教室とかでも構う様にしてたんだけど、凄くイヤがるんだよね。それで今は教室だとあんまり構わない様にしてるの」


「なるほど。俺とはまた違うタイプのぼっちか」


「そうそうそうなの。 ミヤっちは自分のペースを乱されるのが凄くイヤなんだって。だから気を許せる人以外が関わるのがイヤみたい」


「じゃあ今までランちゃんとしか仲良くしてないのか?」


「野球チームだとまぁまぁなんだけど、学校では私だけだね。 でも高校入ってからミヤっちが珍しくクラスメイトに興味持ったみたいで、それがあんみつだったの」


「なるほど。つまり、今日いきなり俺にフレンドリーに話しかけたのは、ミヤビちゃんの為に俺をミヤビちゃんの友達にするのが目的だったと? しかし、俺だって今まで友達が一人も居なかった生粋のぼっちくんだ。そんなヤツを大切な友達に近づけて良いのか?」


「前からあんみつが悪い奴じゃないことは分ってたし、今日初めて喋ったのに面白くてお人好しなのも分かったから」


「そうでも無いぞ?ちぃたんのパパからは、変態豚野郎と罵られて危うく警察に突き出されそうになったくらいだからな」


「とにかく! あんみつのこと利用してるみたいで悪いけど、マジ頼りにしてるし、ミヤっちもあんみつのこと気に入ったみたいだから、これからよろしくって言いたかったの!ミヤっちが「くん付け」するのなんてあんみつだけだからね?ちゃんと頼むよ?」


「ああ、そのオーダー、確かに承った。 ミヤビちゃんとは良い友で有り続ける事をココに誓おう」


「もうナニそれ。 でも、今日のあんみつ、マジ格好良かったよ。ミヤっちのこと体張って守ってマジで見直したし、ミヤっちもアレで完全に心許したみたい。 ミヤっち、私にさえ滅多に笑顔見せないのに、あんみつには今日だけでも何回も笑顔見せてたよね?まじレアだから」


「そうか、喜んでもらえたのならなによりだ。 って、そんなに俺を褒めるとは、まさかランちゃん、貴様、俺のことを、す、すきになったのか!?」


「それだけはぜってーにねーし」





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