第41話 もう一人の転生者・下

 ロンドは飲み物を取りに行くと言って席を外した。


「やはり知り合いかい?」


 カイエンが聞いてくる。


「ああ」


 しかし俺達の関係性はあらゆる点で説明しにくい。

 ミッドガルドのRTAのトッププレイヤーと言っても、この世界では意味不明だろうし。


 それに俺はあいつの記録を破ったが、あいつとの接点は殆どなかった。

 俺は無名のRTA走者、あいつは世界のトップランカーだったし。


「まあいいさ」


 答えにくさを察してくれたのか、カイエンが肩をすくめて言った。


「彼女は先月突然ギルドに現れてね。ダンジョンのMAPとかを教えてくれている。

最初は何者か分からなかったが、MAPの把握があまりにも完璧すぎたからね、素性はどうあれ稀有な人材と言うことで受け入れられた」


 なるほどな。俺は水没都市フレグレイ・ヴァイアであいつ……ロンドの記録を破ったが、トッププレイヤーである彼女は他のダンジョンでも記録を持っている。

 当然MAPの把握も俺と同程度にはしているだろう。


「もうアタックをしたのか?」


 正直言ってさっき話した感じ、あまりにも緊張感が無い。

 失敗したときは命に係わるはずだが、その辺を分かっているんだろうか。


 それに、王都ヴァルメイロでの配信は有名パーティでアルフェリズの酒場と契約している奴じゃなければアルフェリズでは見れない。

 だからあいつのアタックがあっても恐らく見る機会が無い。

 

「まだアタックは3回程度だな。全部ソロでやっている。

……ただ、万が一の場合はトップアタッカーが死ぬことになってしまうからギルドは止めているんだがな……スピードランをしていたかつてのアタッカーもソロでやって死んだらしいからね」


 そう言ってカイエンが言葉を切った。

 さっきの様子では聞きはしなさそうだな。


「とはいえ、今のところは記録とか配信のためというより練習と言う感じだよ。最初のアタックがエフタル砂丘の古代風車だったのは驚いたが」


 エフタル砂丘の古代風車はSランクダンジョン。

 序盤は砂だらけの長い遺跡の迷路を進んで、木組みの風車塔を上るタイプのダンジョンだ。

 前半はMAPが広くルートの選択肢が多い、後半は敵が多くそれをどう裁くかがタイム短縮のカギとなる。

 

 確かここの世界記録も持ってたはずだから、彼女にとっては準備運動程度なのかもしれない。

 ただ、この世界の感覚では一回目に行くところじゃないだろうな。


「しかし、なぜあんなに気前よく教えるのかは分からないな」

「なんですか?私の悪口ですか?」


 カイエンが言っているところで、ロンドがグラスを片手に戻ってきた。


「いや、そう言うわけじゃない」

「みんなのレベルが上がる方が楽しいでしょう。あなたのアタックだって皆に多大な影響を与えていますよ」


 途中から話を聞いていたらしい。

 そう言えばこいつの実況配信は割と自分のプレースタイルを説明する感じだったな。

 RTA走者に限らず、自分の技術やコツを教えない奴もいるが、こいつは割とバラすタイプだ。


「ただ……教え方をもう少しどうにかしてくれないか」


 カイエンが抗議するように言うが。


「敵が来ることくらい分かるでしょう。肌にピリピリ来るというか、見られている感じがしますからね。ゲームの中でさえ分かるんですよ。リアルでやるなら殺気の一つくらいは感じて貰わなくて話になりません」


 ロンドが当たり前だろって感じで言うが、カイエンが意味不明って感じで首を振った。


「まあ、接敵が避けられなくても問題はありません。一歩目をふわっと抜いて敵の間を外す、二歩目でグッと加速して横を抜ける。3歩目で敵を振り切る。これだけです」

「それが出来れば苦労しないんだよ」


 カイエンがまた困ったように言う。

 なんか、ギュッと溜めてズバッと振る、みたいな感じの教え方らしい。


 天才肌は教えるのは苦手なのか。教えても真似できないと思っているのか。

 一体どっちなんだろうか。平然とした表情からは伺い知れなかったが、どうも真面目にこれでいいと思ってるんじゃないかという感じはした。

 


 暫く話してカイエンとロンドは帰って行った。

 何となく微妙な沈黙が流れる。


「ねえアトリ……あの人だれ?」


 マリーが聞いてくるが……この質問はいろんな意味で説明しにくい。

 現代日本から異世界転移してきました、なんて言っても通じるとは思えない。


「……昔の古い知り合いだよ。故郷の」

「恋人は……ボクだけだよね」

「それは間違いない」


 マリーが小声で言う。疑っている……というより本当に心配してるって感じだな。


「大丈夫だ。嘘はつかないさ」


 手を握ってやると握り返してきてマリーが頷いた


「なあ、アニキ……俺達はもしかして邪魔になってるんじゃないか?」


 オードリーがアストンの横で気まずそうに俯いていた。

 さっきのロンドの言ったことを気にしてるんだろうな


「そんなことはない」


 確かに単純に記録を狙うだけなら一人の方がいいかもしれない。

 だが皆で走るのは1人でタイムを削っているのとは全く違う達成感がある。


「ありがとう。アトリ……俺達を拾ってくれて」

「そんなんじゃないさ。拾われたのは俺だろ、どっちかと言うと」


 と言ってみたが、まだアストンたちは不安げだ。


「それにさ……俺はお前らと上に行きたい」


 恐らくあの時、金もなく、どうすればいいかの展望もなく、メンバーも揃わないなかで、何の得もないのにこいつらは俺を助けてくれた。

 あの時は分からなかったが、この世界に暫くいた今ならその切羽つまった状況が分かる。


 一人でやる方が記録は出るとしても、その記録は一人では無くてこいつらと出したい。

 勝ったときの喜びも、その時につかむ栄光もこいつらと分かちあいたい。


「ありがとうございます、アトリさん」

「アニキの仲間として恥ずかしくない様にしっかりやるぜ」

「ボクも頑張るからね。アトリに置いていかれないように」




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