第40話 もう一人の転生者・上

 彼女が言うが……理解が追いつくのに5秒ほどの時間が掛かった。

 俺の記憶に間違いが無ければ、AROD13はアメリカ人。ミッドガルドのRTAのトッププレイヤーだ。


「……マジで?」

「まったく。私たちはライバルですよね。なら、こういう時にはお前は……まさか、と言う感じで察するのが定番でしょうに。日本人なのにその辺の機微に疎いとは、まったく嘆かわしい」

「無茶言うな」

 

 そんな漫画みたいに相手が誰だか察するなんて無理に決まってる。

 ましてや今は異世界にいるわけで、こいつが此処にいるなんて想像の埒外だ


「そういえば貴方は名前を変えていないのですね。私はロンドと名乗っていますが。プレイヤーネームで呼ばれて恥ずかしくないのですか?」

「ほっとけ……それよりなぜここに?」

「……それですよ。直接言えることはとても喜ばしい。水没都市フレグレイ・ヴァイア、1時間9分52秒」


 質問に答えてないだろ、とは思ったが、其れよりその数値が衝撃だ


「マジかよ?」


 9分台だと?


「まあ非常に運が良かったです。ラストの攻撃が一秒遅れてたらダメだったでしょう。でも3秒差でも記録は記録ですよね。9分52秒」


 52秒の部分を強調するようにAROD13というかロンドが言う。


「なのにあなたは知らないうちにネットから消えているじゃないですか。突然現れて私の記録を破ったうえに9分台を出してそのまま消えるとは、一体どういうつもりですかと思いましたよ。

記録を更新したら自慢して煽り倒してやろうと思ってたんですよ。あなたの悔しがる様を見たかった。あなたの9分台を見た時の私の悔しさを体験させたかったのです」


 ……しゃべりが丁寧なだけで、地味に毒舌だな


「なんでここにいる?」

「さあ?わかりません。9分台が出まして、我が人生に悔い無しと思ったらここにいたので」

 

 その辺は俺と同じか……全く深刻さが感じられないが。

 しかしミッドガルドはいったいどうなってるんだ。悪魔召喚プログラムでも仕込んであるんじゃないだろうな


「まあこれって、get isekai'd ですよね。別にいいのでは?」


「なんだそりゃ」

「異世界転移した、と言う意味ですよ」

 

 ロンドが言うが……そんな英語あるのかよ。


「ところでアトリ。私と一緒にアタックしませんか?二人で組めば前人未到の記録が出ると思うのですが」

「いや、すまん。俺には仲間がいる」


 そう言い返すとロンドが軽く肩を竦めた。


「そうですか。あなたは良い人ですね。記録を出すという観点からは甘いといえば甘いですけどね」


 そう言ってロンドがオードリーを見た。

 

 4人の中で純粋な足の速さだけだとアストン、次が俺だがコース取りで速度差はカバーできる。

 マリーは俺より少し遅い。そしてオードリーが一番足が遅い。

 ソロでやるRTAは自分のペースで走ればいいだけだが、集団でやるとどうしても一番遅い奴に合わせないといけない。


「それに、ダンジョンマスター倒してクリアしないのはかなり問題がありますよ。

ダンジョンマスターを攻略してのクリアタイムを競ってこそのミッドガルドのRTAでしょう。周りにRTA走者がいないからと言って舐めプは如何なものかと思います、やる気はあるんですか?」

「そういうつもりじゃない」


 クリアしてナンボなのはまあ分かるんだが。

 今のところの配信スタイルでそこそこ稼げているからな。とはいえ、甘えと言われれば返す言葉もない


「お前はどうするんだ?」

「私は1人でやります。RTAならその方がいいですからね」


「だが……多分再出撃リスポーンなんてないぞ」

「でしょうね。でも問題ありません。死んだらその時です。それに私に当てられる奴が居るとも思えませんが」


 ロンドがこともなげに言う。

 ミッドガルドのRTAは如何に戦闘を長引かせないかが記録のカギになる。

 攻撃を受ければダウンして5秒から10秒はロスする。それはタイムの削り合いでは致命的だ。


 そして、こいつの攻撃を避ける技術は化物じみている。

 独特の緩急をつけた走り方の回避技術と、未来が見えているようにカンが異様に鋭い。

 こいつこそ未来視のスキルとか持ってそうだ。


「そんなことより感謝しなさい」

「なぜ?」


「ライバルがいるほうが界隈が盛り上がるのは常識でしょう?」


 これは間違いない。RTAの面白さは記録の破り合いという部分はある。

 相対評価する相手がいないと記録の凄さは伝わりにくい。俺達だけでやってるといずれは飽きられてしまう。


 RTAスタイルで配信してるアタッカーは少しづつ増えてきた。

 ただライバルと言える相手は当分出てこないだろうしな


「ではまずはあなたたちの記録を塗り替えていきますからね。私の記録を見ていなさい」

「あの……」


 マリーが立ち上がってロンドに声を掛けた。ロンドが怪訝そうにマリーを見る。


「なんですか?」

「あなたはアトリと……あの」


 マリーチカがテーブルの上の俺の手を強く握る。

 ロンドが分かってるよって顔で小さく笑った。


「なんにもありませんよ、かわいい修道僧モンクさん。彼と私はライバル。恋人とかでは全くありません。

むしろ、あなた。私と付き合いませんか?あなたみたいなかわいい子は好きですよ。私は女の子でもOKです」


 彼女が笑ってマリーチカがブンブンと首を振る。

 何処まで本気なんだかわからん


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