第32話 マリーチカの故郷・上

 アストンとオードリーが二人でラポルテ村に里帰りしてしまって、一週間暇が出来た。

 火曜日は普段は早起きしてアタックに備えるんだが、今日は何もない。

 何もないのもそれはそれで手持無沙汰だな。 


 少し遅めに朝起きて食堂のホールに降りたらマリーチカがお茶を飲んでいた。

 柱時計は10時を指している。少し寝すぎたか。

 風の行方亭の広いホールは朝食の時間は終わって誰もいなかった。


「おはよう」

「おはよう、アトリ!」


 いつも通り明るくマリーチカが言って手を振ってくれた。


「今日はどうするんだ?」

「今日はね、うちに帰ろうかと思うんだ」

 

 マリーチカが言う。

 遊びに行くとかじゃないのか。

 

「うちがあるのか?」


 そう言えばマリーチカの生い立ちは聞いたことが無かったな。


「暇ならさ……ねえ、アトリ、一緒に行かない?」



 マリーチカと一緒にアルフェリズの街を歩く。

 道案内するように少し先を行くマリーチカの長い三つ編みが尻尾のように揺れていた。

 

 改めて見ると結構栄えた街だ……もちろん東京のようにはいかないが。

 中央には広場と駅。蒸気機関車が止まっている……といってもなぜか煤の煙さとかはあまりない。


 放射状の広い通りの左右には色鮮やかな煉瓦で組まれた建物が並び、路面汽車が行きかう。

 ガラス張りのお店やカフェが立ち並んでいて活気が感じられる。


 かと思えば、俺達みたいにファンタジー風の鎧を着てるアタッカーがいるわけで。

 この辺は文明レベルがちぐはぐな気もするが……まあ気にしないでおこう。


 しかし、ミッドガルドのプレーをしていた時は単なる背景としてしか見ていなかったが、改めて見ると異国情緒の溢れるいい街だ。

 ……東京と行き来できれば最高なんだがな。

 

 よく考えればアストンたちと会ってから、初回のアタックの準備を整え、その後は毎週のようにRTAスタイルのアタックをしていた。

 街並みに目を向ける余裕が無かった。


「行こう、アトリ。あの汽車に乗ろう」


 そう言ってマリーチカが路面を走る汽車に向かって駆けだしていった。

 ゆっくり進む汽車の手すりにつかまって軽やかに飛び乗る。


「ほら、早く早く!」


 そう言ってマリーチカが手を伸ばしてくる。手を取って俺も乗り込んだ……というか、駅とかは無いのか。

 汽車が進むにつれて次第に人が降りて行って、建物の高さも低くなっていった。



 ゴトゴトと揺れる路面汽車を終点まで乗った。

 その後はマリーチカが連れて行ってくれたのはアルフェリズの町はずれだった。

 

 小さな教会のような赤レンガで作られた建物だ。

 飾り気のない鉄格子のような塀に囲まれていて、中には子供たちが何人か走り回っていた。

 5歳くらいの小さい子から中学生位かっていうくらいの子もいる


「ここ、ボクが育った場所なんだよ」


 学校かと思ったが……なんとなくわかった。ここは孤児院か。

 マリーチカは孤児院出身なのか。

 

「ボクは修道僧モンクのクラスがあってアタッカーになれるからここを出たんだ」

 

 そう言ってマリーチカが塀に取り付けられた小さな扉を開けて中に入る。

 白黒のシスターのような衣装を着た女の人がこっちを見て歩み寄ってきた。 

  

「先生。お久しぶりです」

「おかえりなさい、マリーチカ。活躍は見ていますよ」


 ちょっと太めのシスターが言う。

 マリーチカが懐から小さめの布袋を取り出して、シスターに渡した。


「これ……みんなのために使って下さい」

「ありがとう。いつも助かるわ」


「マリーお姉ちゃん!」

「元気だった?」


 何人かの子供たちが駆け寄ってきて、マリーチカが子供たちに取り囲まれる。

 

「この人誰?」

「ボクの……仲間だよ」


 マリーチカがちょっと言い淀んで答える。

 

「お兄さんもアタッカー?」

「マリーお姉ちゃんより強いの?」

「クラスは何?」

「アタックは怖くない?」

「マリーお姉ちゃんを宜しくお願いしますね、お兄さん」


 口々にその子たちが質問を投げかけてくる

 どうやらこの子たちは俺達のアタックの配信は見たことが無いらしいな。



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